小説 紅影③
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「草薙・ハルだ。よろしくな」
さっき、ハルにそう言われ、ラカールは握手をした。
そして今。
ハルは地面に座り込んでいた。
目の前には、二つの小さな祠。
母と、カルの墓だ。
ラカールは機械人間の胴体の破片を引きずりながら、しばらくハルを黙って見ていた。
やがて声をかける。
「おい、まだ泣いて――」
「語彙が捻り出せなイ!!」
「……は?」
ラカールは一瞬、本気で困惑した。
ハルは泣いているのだと思った。
だが、どうやら違うらしい。
「あ、ラカールか」
気づいたハルが立ち上がる。
「墓に一言書きたいんだけどさ。何書けばいいか分かんなくて」
「……もう吹っ切れてるのか?」
ラカールは墓を覗き込んだ。
そこには、筆で書かれた文字。
「我が唯一の良心、ここに眠る」
「我が一人の親友、ただ安らかなれ」
ラカールは小さく息を吐いた。
「気にするな」
ハルの肩を軽く叩く。
「この辺は風が強い。どうせすぐ風化する。笑って送るだけで十分だ」
そして、後ろに引きずっていた物を指した。
「それより、これを見ろ」
機械人間の胴体。
「昨日の機械人間か……」
ハルが覗き込む。
胴体にはラベルが貼られていた。
ラカールはそれを剥がす。
「見ろ」
文字が現れた。
No.34号。
「34号?」
「ああ。鋼天機構の34号型機械人間だ」
ラカールは淡々と言った。
「鋼天機構ってなんだ」
ラカールは少し考えてから答えた。
「機械人間の集団だ」
「それで?」
「正確に言えば、旧文明の軍事機構の残骸だ」
ハルは眉をひそめる。
「軍?」
「そうだ。核戦争を起こした連中の一部だ」
風が吹いた。
「俺が知っているのはその程度だ」
ラカールは続ける。
「確かなのは一つ。奴らは今、天哭紅剣を探している」
ハルは腰の剣を見る。
「なんで?」
「分からん」
ラカールは肩をすくめた。
「だが、奴らは探査能力が低い」
「低い?」
「ああ。だから村を襲う」
ハルの目がわずかに動く。
「暴力で、一つずつ調べているんだ」
静かな声だった。
ハルはぽつりと言う。
「つまりバカってことか」
ラカールは苦笑する。
「まあ、そうとも言える」
少し歩きながら、ラカールは続けた。
「機械人間に襲われて死んだ人間はな、埋葬すらされないことが多い」
瓦礫の中に、頭蓋骨が転がっている。
「風化できればまだマシだ。
動物に食われてバラバラになることもある。
骨さえ残らず、生きていた痕跡さえ消えることもある」
少し間を置く。
「まあ、この辺の貧村の話だがな」
急に声の調子を変えた。
「西の方には都市がある」
ラカールは言った。
「京都だ。そこはかなり栄えている」
そこでは
軍
議会
都市防衛
すべて揃っているという。
「機械人間も、あまり手出しはできない」
ラカールは軽く笑った。
「まあ、天哭紅剣を持っていなければ、だが」
しばらく歩く。
ラカールが振り返った。
「さっき言っていたな。鞘を探すと」
ハルは肩をすくめる。
「言った」
ラカールは立ち止まる。
「もしかして」
少し沈黙。
「場所を知っているのか?」
「知らん」
即答だった。
ラカールは数秒黙り込む。
そして深くため息を吐いた。
「……お前はな」
「なんだよ」
「計画という言葉を知っているか?」
ハルは無表情で答える。
「知らない場所にあるんだろ。だから探す」
ラカールは額を押さえた。
「理屈としては間違ってないのが腹立つ」
「どうせどこも貧乏なんだ。世界は案外狭いだろ」
ラカールは頷かなかった。
「どうだろうな」
しばらく歩く。
ラカールが別の話を振る。
「ところで。理式は知っているか?」
「知らない」
「だろうな」
ラカールは笑う。
「簡単に言えば技術だ」
「技術?」
「世界を動かす式だ」
ハルは怪訝な顔をする。
ラカールは続けた。
「カスでも強くなれる」
「それが理式だ」
ハルは少し興味を持った。
「お前のあれも?」
「歪算か」
ラカールは指を鳴らす。
「歪算は典型的な攻撃型だ」
空中に円を描く。
「敵の理式に歪みを作る」
「歪み?」
「そうだ。式が歪むと余計な力が漏れる」
ラカールは言った。
「その漏れた理式を攻撃に転嫁する」
ハルは少し考える。
「つまり、相手の力で殴る」
ラカールは笑った。
「理解が早いな」
そして真顔になる。
「だが」
ハルを見る。
「鞘を探すということは、鋼天機構と戦うかもしれないということだ」
風が吹く。
「鋼天機構を倒せとは言わない。だが道中で機械人間とは確実に遭遇する。その時に、戦えるか?」
ハルは少しだけ考えた。
「……ああ」
短い答えだった。
「決断が速いな」
ラカールは感心する。
ハルは肩をすくめる。
「決断ってほどじゃない。前から村を出たいとは思ってた」
少し間を置く。
「でも、何をするかは考えてなかった」
そして小さく呟く。
「きっかけを作ったのは、ラカールだ」
ラカールは黙る。
ハルは空を見る。
「それに…」
頭の中に父の姿が浮かんだ。
草原を歩く背中。
「追っかけてみたいんだわ」
ラカールは歩き出す。
「そろそろ出発するぞ」
「え、どこ行くの?」
「闇雲に歩くわけじゃないぞ」
ラカールは言う。
「知り合いに、この件に詳しい連中がいる」
ハルは小さく呟く。
「笑って送る……か」
瓦礫の村。
潰れた家。
割る予定だった薪。
遊び場だったカルの家。
二つの墓。
ハルはそれを目に焼き付けた。
そして歩き出す。
一度、立ち止まる。
振り返りそうになる。
だが、歩き出した。
ーーー
翌朝。東の山の端から昇ったばかりの光が
崩れた道路、錆びた車、骨のような鉄骨を照らしている。
文明の墓場だった。
(これが、世界……)
ハルは思った。
村から一歩も出たことのない少年はー近くの山ではあるがーこのとき初めて世界に出た。
空気は澄み、風はひんやりと頬をかすめる。
遠くに広がる文明の跡と、この壮大な自然。
恐怖と喪失、そしてほんの少しの希望が、胸の奥で渦巻いた。
母の声が蘇る。
「外は、危ないのよ」
二人は森に入っていた。
近くに山が見える。
崩れているが、大きかった。
比叡山だ。
その周辺の森林。
ラカールが言う。
「ここだ」
ハルは周囲を見回す。
普通の森にしか見えなかった。
普通の森にしか見えなかったが、比叡山の存在が、何かを訴えかけるようにそびえていた。

