死後の世界はある?ない?
>>233
ただ現実的な話をすると日本人の中ではあまり宗教の差異は気にしませんね。理論上でいけばキリスト教と仏教は全く異なるものです。しかし普段の慣習の上ではキリスト教の天国と仏教の浄土を使い分けるようなことはあまりしません。それらは日本人の中では「天国」という言葉に収斂されており、もはや同じものです。もちろんお坊さんや神父さんに言わせれば違うものということになりますが、信じている宗教が違うから全く別の世界に行ってしまうという考え方は日本人には受け入れられにくいのでしょう。たとえどんなものを信じていても最後はみんな同じ「安らかなあの世」で肩を寄せ合って暮らす。これが一般的に多い考え方です。
日本人は宗教、宗派にあまりこだわらないという特性がこう言ったところに表れているのでしょう。
成仏させてあげなさいと叱られそうだけど、地上に居る。
ペットに会いたい。
地上に居る。
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無は無かどうかもわからないのではなかった?だって無だからね!
なら霊界がないという結論も出ない。
違う?馬鹿だから不安。
脳に起きる活動に「魂」という名前をつけるから脳から独立できる実体のように錯覚するんだよ。
デカルトもその錯覚に気がつかなかったから二元論という誤った考え方に陥って批判された。
死後の世界は無いと証明できた人は一人もいない
あると証明できた人もいないが、死期が近づくと死んだ人に会えたり、前世の記憶があったりする人もいる
ということは死後の世界はあるという方が正しいといえるだろう
>>274
臨死体験はあくまで生きている人がするものだから死後の世界の存在の根拠にはならない。
それに死にかけた人を迎えに来た人々のなかにまだ生きている人が混じっていることがあるのは知ってるかな?
これだけで臨死体験が夢に類する幻想であることがわかる。
>>274
人間が勝手に妄想してるだけじゃないかな、
前世が人間以外の人見たことないし、
人生ガチャで2回連続人間引く確率なんて
ほとんどないから、もしあったとしても
人間だけしかいないところだと思う。
>>279
もし死後の世界も魂も無いとしたら「私なんて生まれてこなきゃ良かった」って思ってしまうよ。
私は生きてて趣味や好きなことで楽しんでいるけれど、私が生まれて来なければ、その楽しみも無かったことになるけれど、もし魂が無いとすると、生まれる前は意識が無いから「生まれれば良かった」なんて後悔することも無いし、「人間は楽しそうでいいな」と羨ましく思うことも無い。
もちろん生まれなければ苦しみも悲しみを感じなくて済むし、楽しみが無くても「楽しみたい」と思う気持ちすらないから。
私が生まれること無く、何も思うこと無くそのまま時間が過ぎ去って行くほうが良かった。
ある意味そっちのほうが幸せ。
>>280
私は279です、
私は死後の世界がない方が幸せですね、だってあったとしたらまた天国で生きていかないといけなくなってしまうんですよ、人間は時間があるからこそ楽しいことがあったりするんじゃないですかね、永遠に生きていったら時代についていけなくてイラつきます私は、
あとあなた勘違いしてることありますが?
何も残らないことはないですよ、あなたが生まれて生きたことによってわずかですか物質の動きは変わったりしました。
それにバタフライ効果って知ってますか?ちょっとのことでも未来は変わるって言う理論です。あなたが生まれなかったら私はこの発言もしてないしあなたもその発言をしなかった、少しだけだとしてもあなたが生まれたことで変わったことがあるので安心して余生を過ごしてくださいね、
>>280
「もし死後の世界も魂も無いとしたら「私なんて生まれてこなきゃ良かった」って思ってしまうよ。」
だれがそう思ってしまうのですか?主語をちゃんと書いてください。私はそんなふうには思いません。
>>279
私は小1の時に不思議な体験をしたのだが、衝撃すぎて今も覚えてる。
私の通っていた小学校では、給食の牛乳ビンのフタに「あたり」「はずれ」というものがあり、毎回給食の時間に牛乳ビンのフタを開けるのを楽しみにしていた。
あたりが出る確率はだいたい1ヶ月で1回ほどあたりが出るくらいの確率だった。
小1のある日、猫の形をしたお守りを見つけた。
私はお守りに「牛乳で毎回当たりが出ますように」とお願いをした。
不思議なことに、そのお願いをしてから、給食の牛乳であたりしか出ないようになってしまったのだ。給食のたびに毎回あたりが出るようになってしまったのだ。
しばらく、牛乳であたりが続いていると、私はつまらなくなってしまった。「どうせ今日もあたりなんだろう」と思うようになった。
そこで猫のお守りに「牛乳ではずれも出るようにしてほしい」とお願いをしたら、その時からはずれが出るようになりました。
私はこの経験があり、見えない力というものはあると思うようになりました。
これは単なる偶然とは考えにくい、とても不思議な経験でした。
もし死後の世界は無く、この世しかないとするならば、この世は全て見えるものや物質で成り立っているので、見えない力は存在しないことになるのです。
単なる偶然であたりばかりが出たという可能性もゼロとは言えませんが0.00000000…1%くらいのすごい確率でしょう。お願いした途端にお願い通りになったのも、偶然にしては不自然すぎます。
したがって、見えない力はあることから、死後の世界や神様、霊なども存在すると言った方が自然です。
>>281
私は279です、神様がいたとしてもその神様は何が作った?またそれも神様?それも神様?って言う連鎖が起こってしまうんですよねあと本当に神様がいたと仮定しても神様視点からしたらつまんなくないですか、私たちが仮に文明を作るゲームをしたとします、そのときに勝手に私たちのことを神様だと言いたたえらてたら自分は嫌ですね、少なくともいたとしても神様は文明を作って遊ぶために人類を生み出していると私は考えるのでいたとしても神様に失礼ですよ、あと私は天国とかで生きたりするよりも灰になって植物が成長し、やがて森にへとなって動物が住むところになった方が私はいいです、でもものを一つ一つ神様だと言うのは素敵なことだと思います、あと私は神様がいたら許せないですね、戦争とかも争いとかも作ってもっと人類に優しくしてくれよって思うんですよね、なのでもし神様がいたとしてもいいことが起きるとは思いませんね、神様が勝手に遠隔操作してるって考えるより私は人類が勝手に戦争してるって考えた方が私はいいと思いますね、
>>283
もし人間が作ったロボットたちに欠陥があったり、破壊しあったりしたらどう?だれでも「それを作った人間が悪い」って思うよね。製造物責任だね。
神が人間を作ったとして、人間たちが悪いことをしたら罰をあたえるって変じゃない?
おめーが無能だからそんな人間たちができたんだろ?
ゆえに「全知全能の神」は存在しません。Q.E.D.
>>281
あと283だけど付け足しとしてそれはバタフライ効果とかが関係してるんじゃないかな、少しでも進む道が違うとまったく別の未来になるっていうやつですね、多分あなたはそれを拾った以外にもいいことをしたりしたから未来が変わったんだと思います、どちなりせよあなたの行動でそうなったんだと思います。
「僕はね、来世って信じていない。心が弱い人って、今は辛いけど、念仏さえ唱えればあの世に極楽浄土が待っていますよって言われると、それを希望に現世を生きられるわけですよ。でも僕は、来世を信じていないから、今を精一杯生きるんです」(森永卓郎)
死後の世界があるかどうかなんて議論する必要はありません。
われらの意識は肉体に、脳に依存している。
だから脳が劣化すると意識がもうろうとして自分がだれかもわからなくなる。死んで脳がくずれると意識はなくなる。(臨死体験は脳が機能しているあいだにするもの)
これだけでじゅうぶんです。
無いと思う方はそれでよいと思うけどよ…有る証拠もなければ無い証拠も存在しないじゃん、自分は死後云々は現世の人間の理屈じゃ説明できなかったり理解が出来なかったりもんだと思ってるけど。

