自作小説『差し伸べられた君の手は』(写真は夜明けと蛍)
◆episode1 偶然と進展
ぽつり、と波紋が広がる。俺は学校からの帰り道、強い雨に襲われた。運よく折り畳み傘を鞄の中に突っ込んでいたからそれを取り出すために近くのバス停に身を投げ込んだ。
そこには先客がいた。腰のあたりまで伸ばされた長い黒髪。濡れたそれを煩わしそうにしている可憐な少女。そんな少女が、そこにいた・
俺は、可愛い、と直感で思った。別にここでどうこうするわけでもないのだが。また、その顔に少し見覚えがあった。多分最近近くに引っ越してきた子だっただろうか。そういえば挨拶してないな、と思うと何故だか少々そこにいたたまれなくなった気がした。
だからそそくさと俺は傘を取り出そうとすると――。
(あれ、折り畳み傘なんか二つある)
最近失くしていた少し使い古した折り畳み傘がそこにあった。失くしたと思っていたが、鞄の中に突っ込みっぱなしだったとは……。俺はそれの留め具を外して、傘を開いてみる。うん、まだ使えそうだな。
それを確認して、もう一つを俺は――。
「あ、あの」
「……なんでしょう、私に何か用です?」
「いや……傘、持ってないの?」
「はい。小雨なら濡れてもいいのですが……この大雨でそれは風邪をひきますし」
「そうか……じゃ、これ使う?」
俺は新品の方の傘を差しだす。こういう場面で傘が二つある。どうせ何かの縁だ。別に渡しておいていいだろう。
「え……いいんですか」
「ま、別にいいよ。返したいっていうんだったら、また出会ったときにでも返してよ」
「あ、ありがとうございます……」
彼女に傘を渡すと、俺は足早にその場から立ち去って行った――。
翌日。今日もまた学校だった。昨夜の大雨は嘘かの如く、雲一つない快晴だった。ただ、そんな中俺の心情と言うと……。
(学校行きたくねぇ……)
俺は人ごみが嫌いだ。だからどうしても教室にいると窮屈に感じてしまう。それのせいかクラスメイトとの関わりを築かなかったため、もう夏も終わりというこの時期、友達と呼べる友達は誰もいなかった。
正直それの方が過ごしやすい、と思っていたのだが、それが原因で最近はいじめにあうようになっていた。俺が何かしでかした記憶はない。相手側が何か不服なのかもしれないが、少なくとも俺に他意はないし、いじめられるきっかけを作った覚えはないのだが……。
そう憂鬱な気分で、学校に向かった――。
――学校について早々、俺に向けられる視線に気づく。いったい誰だろうか。と考えつつどうせ中にないであろう上履きを取るためにロッカーの戸の一つを開ける。すると、ぱらっ、と一つの便箋が入れられていた。
何だろう、俺へのパシリかと思いつつそれを開いてみる。そこには、こう書いてあった。
『放課後、文化棟4Fの天文部に来てください』
たった、その一文だった。どうせまたいじめられるのだろう。そう思いつつ行かないわけにもいかないから結局行くことにした。
授業はいつもと変わらず滞りなく順調に進み、放課後を迎えた。各々の用事で帰る道は変わっていた。部活に通う者、そのまま帰宅する者もいれば、談笑してから帰る人もいた。そんななか、俺は一人文化棟に足を向けていた。
文化棟。それは文系を選択した生徒が使う教室がそこに多く存在し、また文化部の使う教室がその棟に集まっているからだ。ちなみに俺は面倒で部活はしていない。階段を所々一段飛ばしで登る。
指定された教室の前に立つ。そこは天文部の部室だった。活動内容が殆ど明かされていない結構謎の多い部だ。一時期はそこに入ろうかとも思っていたこともある。
その教室の扉を開けると――、
(ん、誰もいないのか?)
ただの暗闇だった。まだ到着してないらしい。
「デートとかならともかく、呼び出しなら呼び出した側が先着いとけよ……」
そう愚痴を漏らした途端だった。ガチャ、っという音がした。反射的に後ろを向く。すると扉はしまっていた。鍵を閉められたらしい。
「やっぱ、いじめだよな……」
どうやら教師の誰かが見回りに来るまでこのままらしい。
普通、扉は内側から開けられるものなのだが、ここは内側も鍵がないと開けられない設計になっていた。つまり出られないということだ。本当に迷惑極まりない。
(とりあえず、電灯は点けたいな……)
とりあえず立ち上がって、それを探す。すると、何かしらの凹凸があった。
「ん、これか?」
と思い、それをかちっ、とする。途端に眩い光が俺を照らした。
「「まぶしっ」」
……今、俺以外の声聞こえなかったか?
そう感じ、明るくなった周囲を見渡すと、そこには――。