カボチャ配達【後編】

3 2024/06/09 09:55

こちらは後編です。

前編からお読みいただくとより一層楽しんでいただけると思います

**

「…じゃあ、ここにカボチャさんを」

暁人は、少女が示した位置に荷カボチャを置いた。

寝床、とは言ったものの、寝室の枕元というわけではなく、寝室の入り口付近で良かったようだ。

荷カボチャは目と口から青白い光を発し、静止した。

「おっけ! これでここの家の仕事は終わり!」

「あと何軒だっけ?」

「あと2だよ。2」

暁人は思わずため息をもらした。その様子に少女はふふっと微笑む。

「疲れるよねー、やっぱ。私はもう慣れちゃったけど…」

二人は1階のカボチャ号の元まで向かっていた。

「見つからないように、って過ごさないとだから、精神的に疲れるし、すごいよ君は」

「そうかなー?」

少女は何かをしながら言った。

 すると、壁からカボチャ号の右半分が覗く。どうやら合図を出していたらしい。

「こんくらいで疲れてちゃあ、この仕事は続けられないよ」

年老いた職人みたいなことを言いながら、少女はカボチャ号に乗り込んだ。暁人も後に続く。

 カボチャ号が大きく飛び上がった。体が持ち上げられる感覚に、暁人は目を回した。

「に、2回目だけど、怖いね。これ」

「怖いかもだけど、落ちたら私にカボチャを届けられる羽目になるよ」

ニコッと笑って言う少女に、暁人はヒイッと声を上げた。2体の荷カボチャが、暁人を慰めるように近付いてくる。

「次は近いからすぐだよ。ちょっと諸事情で急がないといけないかも」

「次の家は子供いない?」

「えーと、大人ゾンビが一人暮らし」

ゾンビ…尚更見つかったらヤバいな、と暁人は思った。

「ゾンビって寝てるときは死んだように眠るから、ほとんど起きないし大丈夫だよ。スケルトンは寝が浅いけど」

「ほんとに…?」

そう言っているうちに、カボチャ号は目的地にたどり着いた。青い屋根の一軒家だ。

 中に入ると、まず強烈な腐敗臭が暁人の鼻を襲った。

「な、なんだ、なんの臭い…?」

「ゾンビに決まってるでしょ。臭いはあっち側も気を遣って慣れやすい臭いになってるから、少し我慢して」

そんなことない、と反論しようとしたが、既に鼻をつくような臭いはなくなっていた。本当だったらしい。

 ゾンビ側が臭いに気を遣うなんておかしな話だが、暁人は気にならなかった。

「起きにくいとは言ったけど、さっきみたいに壁が多いわけじゃないから気は抜かないでね」

少女は忍者の如く、お手本のような忍び足で歩き出した。

「何笑ってるの。早く」少女は怒りというより、不思議という表情で言った。

「あ、ごめん…」

暁人は忍び足で歩きながら、部屋を見回した。カレンダーがある。10月31日の所に丸で何重にも囲まれた文字があった。

"パーティー 夜1時から"

忘れっぽいのだろうか、他にも同じような箇所がいくつも見られた。

 寝床の近くまで行くと、寝ているゾンビの様子がよく見えた。部屋の仕切りがないのだ。

枕元にたくさんの時計が並んでいるのが見える。おそらく、あの中のいくつか、あるいは全てが目覚まし時計だろう。

「ここ…ここにカボチャさんを」少女は床を軽く叩きながら言った。

「オッケー…」

カボチャは再び目と口から青白い光を発して静止した。

「さっ、帰ろ」

少女はカボチャ号の元に戻って合図をした。

そして壁から姿を現したカボチャ号に乗り、外に出た。

早速飛び立とうとした時だった。

「あ、待って」

少女は道路の方を指差した。女性らしきゾンビが家の前をうろついている。

「せっかくだし、話しかけにいかない?」

「ええっ、でも急ぐって…」

「いいの。君、ここの住人とろくに交流してないでしょ?」

少女は暁人を押すようにして半強制的に女性ゾンビの元へ行った。

「こんちわ!」

「…『こんばんは』ね。二人は…アンデッド? こんなところで何をしてるの?」

ゾンビはゾンビでも、暁人が思い描いていたゾンビとは全く違った。臭いもなければ、肌も腐敗したようには見えず、きれいな色をしている。

ほとんど人間と変わらない感じだ。

「なんというか…綺麗ですね」

「…あら、ありがとう」

「まあね」

少女が口を開いた。

「ゾンビとは言っても、ただの死に損ないだから人間の頃とあんまり姿は変わらないよ」

女性ゾンビは『死に損ない』という言葉に反応し少し顔をしかめたが、悟られないようすぐに表情を戻した。

「ところで、そちらは何をされているんですか?」

「…私の愛人がここに住んでるんだけど、忘れっぽいから心配で…。今日、パーティがあるでしょう?」

「なるほど…彼、ですか…」少女がつい言葉をもらした。

「彼を知っているの?」

「え、あ、いやぁあ…なんというか…」

すかさず暁人はフォローに行った。

「僕たち、彼の友人何人かを通じて聞いたんですけど、忘れないように目覚まし時計いっぱいセットしたり、カレンダーに書いて三重丸(さんじゅうまる)で囲ったりしてるらしいです」

我ながらいいフォローだと思った。

 女性ゾンビは嬉しそうな表情を浮かべた。

「そう…よかった…!」

女性ゾンビはすたすたと道を歩いて行った。

「…うわー、間違えて『死に損ない』って言っちゃった。ゾンビに向かって」

少女は安堵のあまり地面にへたり込んだ。手を出されなかったことに安心しているのだろう。

「さっ、ラストの家行こうよ。急ぐんだよね?」暁人は手を差し伸べて言った。

「あ、うんうん。行こ」

気がつくとカボチャ号が背後に浮いていた。こいつも早く終わらせて休みたいんだろうな。

「ラストの家、行くよー! 掴まっててー!」

カボチャには掴まる所なんかない、なんて言っている余裕もない程のスピードで、カボチャは高度を上げ始めた。

「次の家なんだけど…覚悟しておいた方がいいかも」

「なんで?」

「死闘…までにはならないと思うけど、一筋縄じゃいかないかな」

「えっ?」

「ここの家、でっかいスケルトンが1人で住んでるんだけど、この人さ、妖精捕まえようとしてるの。だから家中罠だらけになってて…」

少女は「勘弁してほしい」とでも言いたげに眉を寄せた。

「次の家で時間かかりそうだったから、さっきの家は急いだの。一応、タイムリミットあるし」

「それは大変だね…」

向かったのは、辺りの家より一回り、二回りは大きい豪邸だった。

「壁にも変なのがかかってて、カボチャ号で入れないんだよね」

「じゃあ、どこから入れば…」

「煙突だよ」

「え、えんとつ?」

暁人は、もはやサンタじゃないか、という言葉をグッと堪えた。

「さ、サンタじゃないからね。仕方なくだから」

少女は顔を赤らめながらそう言い、煙突を下っていった。

 続いて暁人も下まで降りると、底の灰が巻き上がり、思わず咳き込んだ。

「大丈夫? あんまり飲み込まないようにね…」

暁人は暖炉から一歩足を踏み出した。

「大丈夫、ありがとう」

途端、カチッと音がし、踏んだところの床が沈んだ。

「す、スイッチ…か?」

「あー…妖精なら踏まないんだけどね」

遠くの階段から、ドタドタと何かの足音が聞こえる。逃げる暇もなく、二人はただ音のした方を睨みつけたていた。

 ドアが開き、太ったスケルトンが姿を現した。バスローブのような服を着ている。

「妖精! 発見…!」

スケルトンは何か機械を取り出し、暁人へ向けた。掃除機だった。

掃除機型の、なんでも吸い込むヤバい機械かと身構えたが、空気が吸われているように感じなかったので、ただの掃除機だと分かった。

 しかも、スケルトンは暁人を探してキョロキョロと周りを見回していた。暁人が目の前にいるのにも関わらず。

「そだ! そいつ、目悪いよ!」

ようやく暁人を見つけたのか、スケルトンが掃除機を向け突進してきた。

 暁人が咄嗟に掃除機をかわすと、スケルトンはスピードを落とせぬまま壁に衝突した。

衝撃で全身の骨が飛び散る。

「…死んじゃった?」暁人は床に散らばった骨を見ながら言った。

「二度も死なない。気絶みたいなものよ」

二人は足元の骨を踏まないようにしながら寝室に向かった。

 そして少女が指定する位置にカボチャを置くと、素早く1階まで戻った。

「はやく、起きちゃう前に」

少女は暖炉の中で手招きしていた。

暖炉に入ると、小カボチャが縄のように連なって垂れ下げられており、暁人はそれを使って煙突まで上がることができた。

「あのスケルトンは大丈夫なの?」

「最後の家の? 骨はバラバラになったけど、すぐ復活するから大丈夫。骨が飛ぶと記憶も飛んじゃうみたいだから、実質見られてもないし」

「よかった…」

暁人は胸を撫で下ろした。

「今日はありがとね。おかげで助かった」

「いや、こちらこそ、貴重な経験をさせていただき…」

「固いね」

少女はケラケラと元気に笑った。

 カボチャ号はいつの間にか死者の国を抜け、人間界に戻ってきていた。

街を進み、やがて暁人の家に着いた。出かけた頃と、なんら景色は変わっていない。

少女の言う通り、暁人が出かけてから、まだ2分も経っていなかった。

「バイバイ! また機会があれば」

「さようなら、カボチャさんと…妖精さん」

そう呼びかける頃には、カボチャ号の姿はなかった。

雲ひとつなく晴れ渡った空の下、暁人は帰宅した。

**

翌日11月1日、暁人は学校に登校してきた。

昨日の出来事はかけがえのない物だったが、いざこうして翌日になってみれば、あれは夢だったんじゃないのかと思い始めた。

「あ、あのさっ」

自分の席まで歩いてきたところで、暁人は誰かに呼び止められた。

声の主は、暁人の隣の席の女子、翠里(みどり)だった。肩までのショートヘアが特徴で、暁人とは時々話す程度の仲だ。

翠里は何かを差し出した。

「これ…あげる」

お菓子のようだ。

暁人はお菓子を受け取ると、疑問の表情を浮かべた。

「お菓子…? バレンタインは2月だよ」

「なっ、違うし! ハロウィンよ」

「えっ、ハロウィンって昨日じゃ…」

翠里はそっぽを向いてしまい、暁人はどうも納得いかないまま席に座った。

「暁人ー、ちょっと」

「なに?」

友人から救いの手が伸び、暁人は弾かれたように立ち上がった。

暁人が歩いていく様子を、翠里はじっと見ていたが、やがてぽつりと呟いた。

「昨日はありがと…ハッピーハロウィン」

勿論、席を外した暁人に聞こえるはずがなかった。

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