紅剣の探索者第2話始まりの狼煙
エリーデは椅子から勢いよく立ち上がった。顔は歪んでいたが、次第に冷静さを取り戻していく。
「ティルゴ」
エリーデは、隣で直立していた男を呼んだ。
「この少年の剣を見せろ」
「はっ」
ティルゴはソラの前へ進み出ると、手を差し出した。
「おとなしくよこせば、乱暴はしねぇよ」
ソラは黙って、布に包まれていた剣を差し出す。剣を受け取ったティルゴはエリーデのもとへ向かい、彼女にそれを手渡した。
エリーデは布を取り払い、剣身に指先で触れる。
「これだ。これが、あの……」
言いかけて、エリーデは口を閉ざした。
「この剣は貰っていく。文句は、ないな?」
エリーデはソラを見据え、そう言った。
「文句はある。人の物を勝手に奪おうとするな!」
ソラは一歩踏み出し、エリーデを指差す。
隣にいたミノグチが反射的にソラを制止した。チュウニは腕を組んだまま、無言で立っている。
「やめとけ。殺されるぞ」
それでもソラは前へ進み、エリーデと正面から向かい合った。
「よし、いいだろう。チャンスをやる」
「え?」
「ティルゴ。こいつに剣を一本やれ」
ティルゴは自身の剣を鞘ごと抜き取り、ソラへ放る。ソラはそれを受け取った。
「私に、その剣を使うに値する力量を認めさせれば、ここは黙って引き下がってやろう」
エリーデはソラの剣を脇へ退け、そのまま悠然と立つ。
「いつでもかかってこい」
ソラは三歩下がり、剣を抜いた。
外から雨音が聞こえる。闇に紛れるように、雨が降り始めていた。
---
ソラたちが幕舎に呼ばれていた頃、他の旅人たちは代表格であるサイショ・ニ・ヤラレルヨンのもとに集まっていた。
彼らは故郷を懐かしみ、未来への抱負を語り合っていた。
異変が起こったのは、そんな時だった。
「巡回に出た小隊が、戻ってきていないぜ」
「ここは地球最大の軍事国家、ヨーロッパ連合国のダキア領だ。盗賊もテロリストもいねぇ。大丈夫だろ」
「事故でもあったのかねぇ」
サイショは宴の輪を抜け、噂話をしていた兵士たちのもとへ駆け寄る。
「小隊が戻ってきていないというのは、本当ですか」
「ああ。数時間前に周囲を巡回する小隊が出ていったんだが、まだ一人も戻ってきていない。いつもなら二時間もすれば帰ってくるんだがな」
その時、雨が降り始めた。小雨はやがて豪雨へと変わり、森は激しく揺れ、風が吹き荒れる。
「あぁ、もう。宴の最中だってのに」
人々は散らかったままのゴミを放置し、宴を解散していく。
人の流れの中で、サイショは森の出口に立つ、見覚えのない人影を見つけた。全身を黒いフードで覆い、顔は確認できない。
気づいた兵士たちが、その人物へ近づく。
「誰だ、お前は。所属と階級を言え」
だが、不審者は答えなかった。兵士たちは銃を構える。
「聞こえなかったか? 所属と階級を——」
次の瞬間、兵士たちの身体から血が噴き出し、次々と倒れていった。
不審者はゆっくりと歩き出す。倒れた兵士たちを踏み越え、サイショへと迫る。
「クソ!」
サイショは身を翻して走り出した。だが直後、視界が揺らぎ、やがて闇に沈んでいった。
---
外が、突然騒がしくなった。
怒号が響き、雨音に紛れて銃声が聞こえる。
「な、なんだ?」
ティルゴの声に、エリーデは一瞬だけ注意を逸らした。
(今だ!)
ソラは一気に間合いを詰め、エリーデへ斬りかかる。
判断が一瞬遅れたエリーデ。ソラは彼女の懐へ踏み込むことに成功する。
(いける! これで!)
しかし——
ソラの剣は、粉々に砕け散った。
エリーデが、布に包んだ剣を瞬時にぶつけたのだ。
次の瞬間、ソラは腰を蹴り飛ばされる。勢いよく吹き飛び、幕舎の幕を破って外へ転がり出た。
肩が悲鳴を上げ、背中に鈍い痛みが走る。
「あちゃー。俺の剣が粉々だ」
ティルゴはソラのもとへ駆け寄り、ため息をついた。
「これでわかったか、坊や。お前じゃ無理だ。諦めろ」
ソラは歯を食いしばり、立ち上がる。
「あの剣は……行方不明の父親の形見なんだ。鞘は父さんが持ってて、それを取り戻すために、はるばるここまで来たんだ……」
その時、轟音が響いた。大地が揺れ、ソラとティルゴは吹き飛ばされる。大砲による攻撃だ。
「なんだ、この騒ぎは?」
エリーデとミノグチが外へ出てきた。
ソラとティルゴもなんとか起き上がり、検問所全体を見渡せる位置へ移動する。
雨の中、森は燃え、銃声は鳴り止まず、怒号と悲鳴が飛び交っていた。
「一体、何が起きているというのだ……?」
エリーデは愕然とした表情を浮かべる。
「ちょっとどきな」
背後から声がした。ミノグチだ。
一同が道を開け、ミノグチが前へ出る。
「どれどれ」
夜と雨が作り出す闇を、ミノグチは覗き込んだ。
「なるほどな。視界不良で現場は混乱しているが……敵は一人だ。そいつが色んな武器を奪って隊長の部下を攻撃している」
そう言い残すと、ミノグチは飛び降り、地面へ着地した。
「おい、ミノグチ。どこへ行くつもりだ?」
エリーデが呼び止める。
「敵は相当速い。俺じゃなきゃ動きを捉えきれないだろうな」
ミノグチはそのまま歩き出し、闇の中へ消えていった。
「まったく、若い連中は血気盛んで困ったもんだ。命は一つしかないってのにな」
ティルゴはやれやれと肩をすくめた。
——テイシン村からの旅立ちは、思わぬ事態によって混乱の渦に巻き込まれる。
ソラの壮大な冒険が、今、幕を開けた。
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