日本語と英語はどっちがすぐれている?
>>791
訂正内容がオカシイ。多言語を扱えても、やはり日本語はそれほど扱えないらしいのが、丸見えになっているぞ。
貴方自身の書いた文章の大意を読み解くに、「多くの言語」を「他の言語」に置き換える必要は特に無いし、本来伝えたいニュアンスとしては、その方が正確だろうと思われる。
多言語を使える自分をイタズラにひけらかすより前に、もっと日本語への理解を深める事をお奨めする。
辞書や学術論文、有名文学や雑学を丸覚えして、一見尤もらしい理屈を唱えたからと言って、その言い分で貴方が知的で賢い人間であるとは、誰も認めないだろう。
必要以上に知識を振り翳して、賢いフリをしているだけに見られる可能性を、自覚すべきでは?
>>812
私が賢いかどうかはどうでもいいので,日本語が英語よりすぐれているのはなぜかを論じてちょうだい。そのためには英語を深く知らないとだめだよ。英語の語彙や表現の多彩さを知らずに「日本語は感情表現が豊か」とか書いてる痛い人がいたよね。
>>819
日本語さえ上辺の知識だけで、深く知らないのに論じられるとでも?
多言語を扱えることが自慢らしいが、貴方の言動を省みるに、どれか一つでも徹底的に極めた、と言えるほどのモノがあるのか、甚だ疑問だ。
当然、ごく普通に聞いて話して読めて書けるだけでは、その言語を極めたとは、到底言えないワケだが(モチロン学術的に詳しければ良いという意味でもない)。
そうである以上、貴方が前提する議論自体が、成立し得ない矛盾に気付いているか?
周囲に自身の知性の高さが、思うほど評価されない理由を、やはり真剣に自覚するべきでは?
多言語を操れる事を誇る前に、自身の知識の偏狭ぶりと人としての在るべき姿勢や、多種多様な価値観の広大無辺さ、異なる他者を受け入れる寛容さや、一つの視点だけに捕らわれない柔軟な思考法を知るべきだと思う。
言語や机上の空論だけに捕らわれ過ぎて、極端に視野が狭窄している様にしか見えない。
>>830
呆れるほどの理解力の無さだな。
理解する気の無い人間に、説明するのもバカバカしい。
相手が何を伝えようとしているのか、解るまでスレッドを何百回でも何千回でも、読み込んでみたらどうだ?
>>830
かくしてバベルは崩壊せり、だろ。
旧約聖書の倣いに曰く だが、英語圏を筆頭に大陸言語圏には、割と知られた逸話じゃないのか?
元々日本人の発想じゃない言語の基幹概念を、言語能力に自惚れて思い上がり日本語を扱き下ろす多言語自慢の相手に、ワザワザ門外漢の日本人こそが説いて聞かせる事の滑稽さ。
言語論を論じているつもりの君達は、何の為に言語能力を自慢しているんだ?
>>790
ああ、なるほど。それ故のここでのコメントだったか。
上辺だけの業績を自慢したいだけの、下心が丸見えになっている自覚はあるかな?
本当に評価されたい場所では、思ったような評価が得られないから、匿名のネット上で一般人を相手取って知ったかぶり、本来自身が得るべき正当な評価を得たいという訳だ。
参加している複数名の内、確実に数名以上は其方関係の人間だろうし、狙いも薄々そうだろうとは思っていたが、案の定。どれだけ自惚れているかがよく解る。
君達の日頃の言動が透けて見える様な、頭でっかちで身の無いコメントの数々も、無辺なるかな。
大勢からどうでもいいモノの様に軽く扱われ、自らが誇る業績に対して同類の身内以外からは理解を得られず、不当に低い評価を囲っている事実が不満か?
何故自分達の正しいハズの言動が、煙たがられるどころか大多数の一般人に嫌がられるのか、本当に解らないのか?
言語論の皮を被った自らの卑しい本音に、自覚が無いのか。
何という浅ましさだ。恥を知れ。
>>1430
現実逃避に必死なのかな?もう一度最初から読み返して、優秀だと言い張っているハズの、英語圏社会全体の惨憺たる在り様を噛み締めてみよう
一部例外の富裕層や全体の半分に遠く届かない中産階級の話なんかじゃなく、世界の大多数を占めている下流階層以下の混沌とした現実と貧困ぶりをね
>>674
さらに付け加えるならば、簡単な契約一つにピサの斜塔になる様な、何百枚~何千枚もの契約書をいちいち必要とし、信用が守られない事前提で、不経済かつ非効率な莫大な量の契約条文を無駄に作成するのは、どっかの英語圏の十八番だったと思うんだが。
口約束なんて守る必要は無いし、信用は踏み倒されて当り前、人が良い正直者が馬鹿を見ても、騙されるやつが悪い、なんて不道徳が当然の様にまかり通るような、民度の低い英語圏を含む大陸社会の不経済極まりないビジネス常識は忘れているのかな?
幾ら効率的とかいう簡易な書類の作成が速くても、たった一つの簡易契約の為だけに、それに付随する雪崩を打つ山脈の様な条項書類を作成しているのは、労働生産性が高い証拠なのか?とんだ矛盾だな。
如何にも底の浅い考え足らずな思考を自慢している暇があるなら、もっと真面目に考えるべき事も、やるべき事も他にあるだろう。
日本語は音素がとぼしいのに,中国から無節操に漢字をとりこんで,音調もガン無視して言葉を増やしたせいで世界に類を見ない同音異義語地獄になった。冷遇と礼遇、不動と浮動のように意味が反対なのに「字で書けばわかるからいいだろ」という考えでひどいことになった。その結果,平均的日本人が書いた日本語の文章は誤字だらけ。ワープロが普及してからは「変換ミス」というのも加わった。
消化器と消火器,確立と確率,死体と肢体,etc。
YouTubeで音声認識の字幕出して見てみ。同音異義語の誤字まみれ。英語の字幕でも認識の誤りはたまにあるが,そこまでひどくない。
言語はまず音声のはずなのに,
要は,日本語は音声だけでは成立できない欠陥言語。
>>683
いや前提がオカシイ。
どうしてよく知りもしない事を、適当な付け焼刃の聞きかじり知識で、無理矢理こじ付けたがるかな。
英語、日本語以前の問題。
言語に対する前提と認識が、間違っているとしか言いようがない。
>>683
私は細菌元寇をを音勢入力しているのだが,英吾だとすらすらやれるのに,二本語だと同音異議語のせいで難義する。
対訳を見るとどちらの言語がすぐれているかわかりやすい。
http://gregoryclark.net/jt/page42/page42.html
日本語のほうが明らかに長い。しかも英語には含まれる単数複数,定不定,時制やモダリティーなどの情報は日本語訳では欠け落ちている。しかもこの日本文を打つのには,漢字変換やら音節の多さやらで英語よりはるかに長くかかる。自分で打ってみればわかる。
>>685
何度も似た様な内容を繰り返してるが、こじ付け過ぎ。
長い・短いってそんなの、TPOによって状況の有利不利は変動するでしょうに。前提に意味が無い。
>>685
大体、単数複数,定不定,時制やモダリティーなどの情報が欠け落ちているとは限らない、と気付きもしないあたり、明らかに考えが足りていない。
思うほど日本語に堪能な訳でもないのに、単純に日本語話者だからと思って、何でも知った心算になるのは止めた方が良い。言葉がある程度出来るから当然、自分はその言語を理解出来るというほど、言語ってヤツはそんなに底が浅くない。
「宗教改革を行ったマルティンルターは何人でしょう。」
という問題に対し、大勢が「一人」と解答。
同音異義語が多いのはよく話題になるが,
同形異音語も言語として欠陥のひとつ。
>>687
個人の間違いや失敗を即、言語の欠陥に結び付ける短絡さ。
ココまで似た様なコメントをしつこく繰り返されると、寧ろ英言語話者に共通する思考的欠陥の存在を疑うレベルなんだが。
>>727
個人じゃなく「大勢」がまちがうんだよ。Can you really read Japanese?
何度も「英言語」という存在しない日本語を使われると,むしろこの個人は日本語を尊重していないのではないかと疑うレベルなんだが。
>>1245
存在しない?自分が知らない日本語は無いと思っているらしいが、知ったかぶって無知を晒してるぞ
優劣には直接結びつかないが
「蔘」を
「ちょうせんにんじん」
「歩行虫」を
「ゴミムシ」と読むって
狂いすぎ。
Livedoor ニュースの誤字がひどい。
例
「農耕用の牛を個人が私的に所有、密売、屠畜する行為を徹底敵に管理、統制せよ」
ライターが無能なんだろうけど、根本的原因は日本語の表記法の煩雑さと同音語の多さがひどすぎること。
>>689
理解する気も無いのに、文句だけは一人前。
自分の能力限界を、他に責任転嫁するのは止めなよ。
自分は何でも出来るし、解る気で自惚れていて、謙虚さに欠ける現代人の業病かな。見苦しい。
>>726
誤字が多いという事実を指摘しているだけのコメントに
まったく脈絡のないコメント書くあなた。
国語の成績悪かったの?
>>1251
国語の成績がいくら良くても、この程度の脈絡も汲み取れないなら意味が無いよね、コミュ障なのかな
「鳳梨」「旱芹菜」「陸蓮根」「葱頭」「赤茄子」
「萵苣」「竜髭菜」
こんな漢字に頭がおかしい読み方を決めて,それ知ってると「おれ教養ある」みたいな風潮,もうやめようよ。
中にはこういうのを問題集で必死になっておぼえてる痛いやつもいるが。こんなの実際に使うか?くだらねえ。
もっと有意義に時間使えよ。
まあおれは上の漢字全部読めるけどねww
>>691
良くいるよね。自分は漢字の書き取り読み取りテストが好成績だから、日本語に詳しいとか出来るとか、しょうもない自慢する、勘違いした言動で周りから顰蹙を買ってる自覚が無い人。ほとんど相手にされないか、大体は鼻摘み者扱いでしょ?
止めよう言ってるけど君、それ普段から周りに言われてる方じゃない?
>>740
いやいやいや、逆、逆!
そっちの方がよっぽど汲み取れてないから!
ビックリするくらい、勘違いと思い込みが激しいなぁ。
「たいけいせいせいせいさいぼうしゅ」
これ耳できいてなにかわかる?
退形成性星細胞腫。
声調も無視して漢語をむやみに取り込んだ結果,
音声言語として致命的な,同音語の氾濫をまねいた。
>>1252
本人とその同類だけが捨て台詞ではないと思いたがっているが、それ以外のその他大勢及び無関係の第三者には捨て台詞だと思われがちというだけのこと。
英語が母国語の人にとっては日本語を学ぶためには英語がなければ元の意味が分からない、日本語が母国語の人にとっては英語を学ぶには日本語がなければ元の意味がわからない。これって優劣つけられないと思うんだが。言葉って簡単さが全てか?美しさが全てか?そういう意味で言ったら、日本語も英語もどっこいどっこいだと思うが。
>>737
お臍が曲がっているか、根性が曲がっている人。
どちらにしても、人としてさもしい、としか言えない。
すぐれているかだと、どこで判断するかでもめるよなぁ 分かりやすいかor 美しいかっていう質問の方が良かったかも
私は英語のほうが音的にきれいでなめらかで美しいと思うが,それは主観なのでどうでもいい。
日本語が美しくないところをひとつ言うと,hitobitoとかyamayamaとかshibashibaとかwarewareとかくり返しの言葉が多くて未開っぽいところ。warewareなんて最悪の響きだ。アフリカのスワヒリ語とかハウサ語とかにもこういうの多い。gizogizoとかkonokonoとかkiwabiwabiとか。これも個人的感覚にすぎないが。
①「彼は退屈だった」
He was bored? He was boring?
②「彼は疲れる」
He was tired? He was tiresome?
③「猫は癒される」
Cats are healed? Cats heal you?
正反対の意味が同じ表現。
こんな欠陥言語を寡聞にして知りません。
こんな言語があるなら教えていただきたい。
>>735
この例文の表現を言語の欠陥としか捉えられないのが、寧ろ思考や知性の貧しさだと思うが。
>>759
イヤイヤどっちも大差ないぞ。
ちなみに英語派の具体例ぶった屁理屈は、そもそも言語の特性とか言えるほど客観的じゃないから。
>>762
思考停止した人。
Because of people like yourself, Japanese is in a horrible mess as it is now.
たとえば次の文は日本語としてはごく普通の文だろう。
「東京都内の一戸建てに住む50代の公務員男性。親と同居していたが、1年前に亡くなり、もともと片付けられない傾向のあった男性宅が、ゴミ屋敷となっていったという。」
これをある翻訳ソフトで英語にすると:
A male civil servant in his 50s who lives in a detached house in Tokyo. He lived with his parents, but died a year ago, and the man's house, which originally tended to be unclean, became a garbage mansion.
He lived with his parents, but died a year ago,のところに注意。50代の公務員男性が死んだことになってるね。でも上の日本の記事全体を読むと,死んだのは男性の親(ひとりか両親かは日本語の欠陥により不明)なんだ。
これ,英語だけじゃないよ。上の日本文を自動翻訳でドイツ語にしてもスペイン語にしてもフランス語にしてもこう解釈される。
日本人でもこの記事を読んでだれが死んだか誤解することがあると思う。
これを欠陥とみなすか,いやそれでいいとみなすかは人それぞれだが,事実関係があいまいにしかわからないような文が容易に生成されてしますのは少なくとも問題だろう。
>>764
いい加減しつこいぞ。
単純に、具体例を出せば誤魔化せると思っているらしいが、言語はそんなに短絡的な物じゃない。
>>769
あんたは「言語が短絡的」でないとなんども書いているが,そもそも「言語が短絡的だ」なんていう名詞と形容動詞の組み合わせは意味をなさないよ。もっと日本語の連語関係を勉強してください。
言語自体の性質(文法や発音)と表記法は別に考えるほうがいいだろう。
私は書くのが仕事で日本語も英語も同じくらい使っている。私は日本語のネイティヴなので英語力は日本語力にはほど遠いが,それでも英語のほうがはるかにタイプしやすい。スムーズに打っても同じ内容の文書作成に日本語は英語の倍はかかる。当然疲労も英語の倍くらいだろう。その上,日本語だとローマ字で打って変換キーを押して,誤変換を直したり,単語の切れ目を変えたり,すぐに出てこない漢字を検索したり,漢字の使い分け(「量る」と「測る」と「計る」など)がわからなくて調べたり,漢字にするかかなにするかで悩んだり,送り仮名をどうするかで考えたりするので,下手をすると3倍くらいかかるかもしれない。
英語だと,単に打ちこんで,スペリングチェックをかけて終わりだ。
最近だとgrammarlyというソフトでかなり高度な文法のエラーもチェックできる。
手書きのときも英語を書くほうが筆圧が小さくて疲れがはるかに少ない。
これは主張や理屈ではなく,認めざるをえない事実です。
>>785
何なのか言われないとわからないの?
文章作成は多くの人の仕事の大きな部分をしめているね。それに倍の時間がかかるということはなにを意味する?
英語使用者が100人いれば1日でやれる仕事に
日本語使用者は200人必要ということだよ。
バカでもわかるようにもっとわかりやすくいってやろうか?
同じ内容の文書作成に日本語の10倍時間がかかる言語があったとして,君はその言語で仕事したいかい?
ぼくはいやだなー。
>>789
いつから言語は「文書作成の便利ツール」に成り下がったのか。少なくとも言語をただの「道具」としてしか捉えられていない時点である程度お察しだな。そもそも「どっちの方が効率が悪いか」なんてのは、その場その人によって簡単に変わってしまうことであって何の価値もない。言語は文化そのものであって、文化は効率の良さで価値が左右されるようなものじゃない。歌舞伎に効率の良さを求めないだろう?英語圏の人間にとっては英語という文化があって、その良さがわかる、日本人には(君みたいなのを除いて)日本語の良さってのがわかるわけだ。つまり「どちらがより優れているか」なんてものは人によりけりで明確な答えがあるわけでもないし、それについて議論してもただ平行線になるだけだから避けておくよ。じゃ、そういうことで。
英語派の奴なんだよ
日本語特有の省略やカナ漢字の表記の揺れが気に食わないとか、お前らが単に発達障害気質の人間だからだろとしか思えねえわ
現に、文脈から主語の補完がなくても分かる場面で一々指摘したり、漢字が覚えられないとか、そんな奴らが傲慢にも日本語が劣等であると唱えているみたいだしな
そういった発達障害の奴らは英語使っとけばいいよ
あちらの方が、主述が明確で、文構造も論理的な情報を運用するのに適しているし、敬語などの表現の幅も十分にあるからな
まあ、文要素の省略や平仮名カタカナ漢字の使い分けなどの僅かな表現の差が、日本語に存在することに対して不満を持つ奴のレベルなんて高が知れるけどな
日本語ですら、主語の省略に煩わしさを感じてるのなら、関係詞の省略にもfrastration感じるだろうし、カナ漢字の二通りの表記で文句言っているのなら、どうせwould, shouldのような助動詞もまともに使わないのが目に見える
仮にそうならないのなら、そもそも日本語における上述の要素に対して、嫌悪感を持つはずがない
その場合は、本当は大して苦でもない要素をさも大変のように言って日本語を貶めたいだけの、どうしようもない奴なのだろう
実際に、このトピックの英語派にはそういった奴が散見されるけどな
日本語を叩ける要素があると思ったら、同様の要素が英語にあるかといったことはさておいて、日本語の欠点だと論うような奴だ
数詞がどうのこうのいってる馬鹿や打ち間違いで文句を言ってくる馬鹿が一例
語の不規則変化やtypoにすら目がいかないとかガ●ジにも程がある
なっている。
日本語嫌いのガ●ジでもない限り、日本語の優れた点なんて言われなくても分かると思うので、言う必要はないが。
とりあえず、日本語嫌いの英語イキリガ●ジは、得意の英語だけ使っとけばいいよ。もしかすると、日本語への憎しみをバネニに、日本全体の英語力向上に寄与する英語のパイオニアが生まれるかもしれないからなw
>>779
以上,例によって言語学的に何の価値もない罵詈雑言でした。
「日本語ですら、主語の省略に煩わしさを感じてるのなら、関係詞の省略にもfrastration感じるだろうし、カナ漢字の二通りの表記で文句言っているのなら、どうせwould, shouldのような助動詞もまともに使わないのが目に見える」
この部分をちゃんとした大学の言語系の教授に読ませ感想をきいてみましょう。
「カナ漢字の二通りの表記で文句言っているのなら、どうせwould, shouldのような助動詞もまともに使わないのが目に見える」
Highly illogical. いったいどうやったら前半から後半の結論が導き出せるのだろう。説明をしてほしいなあ。この人の頭の回路がどうなっているのか,ちょっと興味ある。
主語の省略と関係詞の省略を同列に見てしまうレベルの知性!相手にする気にもなりません。関係詞を省略することでどんなあいまい性が生じますか?例をあげてほしいものです。
正書法がない先進国の現代語がどこにあるのかな?それを情けないとも思わない問題意識の欠如。こんな人が多いから日本語はカオスのままなんだね。
ま,英語を批判してるくせに "frastration" なんて英語で書いている時点でこの人のコンプレックスが透けて見えるかも。
ちなみに正しくはfrustrationな。
「ただのタイプミスだろ。揚げ足とるな」っていうつもりかな?
これはタイプミスではない。母音をちゃんとおぼえていればこんなミスはありえないんだよ。英語だめなのに無理しなくていいよ。
すなおに「フラストレーション」て書くほうがこの人にはお似合いだと思われる。
>>787
また、思考の柔軟性と理解力に欠ける自覚の無い、具体例病か。
理解出来ない人間にワザワザ、時間を割いて説明するだけムダ。
あるまとめサイトにこんなやり取りがあった:
787:コアラは肉くえんのか
810:>>787
肉どころかユーカリ以外はまともに何も食べられない
「コアラは肉くえんのか」は欠陥言語ならではの構造的あいまい文だね。
コアラが「くえん」の主語なのか、「肉」が「くえん」の主語なのか、わからない(「は」は主題の副助詞であって格助詞ではないので、これがついた名詞が主語とはかぎらない)。しかも「肉」が動物の肉一般なのか、コアラの肉なのかも、英語のような所有格や限定詞がないので不明。
その結果、Can koalas eat meat?の意味なのか、Can you eat koala's meat?なのか、文脈がないと決定不可能。(こんな全く違う意味を同じ表現にしてしまう言語があるのだろうか?すくなくとも先進国の言語にはないだろう)
したがって810のリプは787が望んでいたものではない可能性がある。さて、787が意図したのはどちらだろうか?
欠陥言語ではこのようなことがしょっちゅう起きているが、みんななんとなくスルーしている。だれも自分たちの言語の欠陥に気づきもしないし、当然それを改善しようともしない。だからいつまでたってもそれは劣等言語のままなのだ。
あるまとめサイトでのとんちんかんなやりとり。
787: 名無しどんぶらこ 2025/04/26(土) 19:55:01.64 ID:4ypWcg080
コアラは肉くえんのか
810: 名無しどんぶらこ 2025/04/26(土) 20:01:07.11 ID:ktpNTEnT0
>>787
肉どころかユーカリ以外はまともに何も食べられない
実は787は「コアラの肉を食えるのかどうか」をたずねたかったのだが、810は「コアラが肉を食べるかどうか」について答えている。
「コアラは肉くえんのか」が構造的に二通りの全く違う意味=(a)Can you eat Koala meat? と(b)Can koala eat meat?にとれるからこんなことになった。
>>784
それは日本語派の人々ですね。
反論できないと「発達障害気質」とか「ガ●ジ」とかいうのね。
日本語の助数詞
「en:Japanese counter word」を参照
日本語の助数詞はバラエティに富んでおり、一説には約500種類もの数が存在するが、助数詞間で使用頻度に差が大きく、「個」、「匹」(動物)、「本」(細長いもの)、「枚」(平たいもの、厚みのないもの)など高頻度で多くの語に用いられる助数詞、「巻」「口」「門」「艘」「合」のような、相当程度使うが対象が限定的な助数詞、「闋」のような、低頻度で日常的にはほぼ現れない助数詞が連続的に存在している。一つの語に対して二・三種の助数詞が可能な場合もあるが、一方で特に助数詞が決まっていない語もあり、雑然とした状態にある。
数詞との組み合わせと語形変化
助数詞には漢語(音読み)のものも和語(訓読み)のものもあるが、原則として数詞もそれに合わせる。つまり、漢語の助数詞の前では漢語の数詞である「いち」「に」「さん」〜を使い、和語の助数詞の前では和語の数詞である「ひと」「ふた」「み」〜を使う。しかし、例外もあり、たとえば鳥を数える「羽(わ)」は和語だが、常に漢語の数詞と組み合わせる。逆に「晩(ばん)・鉢(はち)・幕(まく)・役(やく)・椀(わん)」などは漢語だが和語の数詞と組み合わせる。「1組」は通常「ひとくみ」だが、「3年1組」というときは助数詞ではなく序数詞(一番目の組という意味なので)「いちくみ」になる。
漢語の場合、原則として「4」は「よん」(「よ」もあるが少数)、「7」は「なな」と和語を用いる。また、「9」は漢音の「きゅう」になり、呉音の「く」はごく一部の助数詞との組み合わせでのみ出現する。
現代語では多くの場合和語の数詞が使えるのは1からせいぜい4までで、それ以上は漢語の助数詞を使うか、または漢語の数詞を和語の助数詞に組み合わせる。
助数詞が外来語の場合は漢語の数詞を使うことが多い。原語の数詞を使うこともあるが、この場合も少ない数でしか使えない。「クラス・シーズン」など、和語数詞と組み合わせることのできる助数詞も少数ある。
例:
1枚(いちまい)・2枚(にまい)・3枚(さんまい)
1皿(ひとさら)・2皿(ふたさら)・3皿(みさら)。6皿(ろくさら)は「むさら」とは言わない。
1セット(いちセット/ワンセット)・2セット(にセット/ツーセット)・3セット(さんセット/スリーセット)
漢語においては音便化や連濁も多い(例: 1匹=いっぴき、2匹=にひき、3匹=さんびき)。おおまかな規則としては、
助数詞が無声子音(か行・さ行・た行・は行)で始まるときは、「1・6・8・10・100」が促音便を起こす(「8」は促音便を起こさないこともある)。このとき、助数詞が「は行」で始まっている場合は「ぱ行」に変化する。
数詞が「ん」で終わる漢語の場合(「3・1,000・10,000・半」)、少数の助数詞が連濁を起こす。
と言える。「3回」(さんかい)と「3階」(さんがい・さんかい)、「3杯」(さんばい)と「3敗」(さんぱい)、「4本」(よんほん)と「4発」(よんぱつ・よんはつ)の例のように、規則性を捉えることが難しく、日本語学習者泣かせの点のひとつである。
数が1または2のときだけ、数のかわりに専用の語を用いることがある(長男・次男、初段、初校・再校など)。
とくに不規則なものを以下にあげる。
つ: 1から9までのものに対してつける。10は「とお」で「つ」をつけない。10以上は助数詞「個」などを使う。
日: 1日は、日付の場合は「ついたち」と和語で言うことができるが、日数の場合は漢語を使う。2日から10日までと20日は「か」で終わる専用の和語を用いる。それ以外は漢語のみを使うが、14日は和語の助数詞を使って「じゅうよっか」と言うことがあり、しばしば「正しい日本語かどうか」の議論の種になる。
月: 月名は漢語「がつ」のみを使う。4月・7月・9月はそれぞれ「しがつ・しちがつ・くがつ」になる。月数は和語「つき」か、漢語「箇月」(かげつ)を使うが、慣用表現を除くと前者は四月までしか使えない。
年: 漢語を使うが、4年・7年は「よねん・しちねん」(「よんねん・ななねん」ではない)。9年は「くねん・きゅうねん」の両方がある。
年齢: 漢語の「歳」を使うほか、1から10までは「つ」と同様に言うことができる。また20を「はたち」、30を「みそじ」と言うことがある。
人: 現代語では「ひとり・ふたり」のみを和語でいい、漢語は使わない。それ以外は漢語の「にん」を使う。「4人・7人」は「よにん・しちにん」になる(「よんにん・ななにん」にはならない)。9人は「くにん・きゅうにん」の両方がある。
時(じ)・時間(じかん): 「4時・7時・9時」はそれぞれ「よじ・しちじ・くじ」にな
>>793
る。
羽(わ): 「わ」は和語であるが、漢語の数詞と組み合わせる。3羽・1,000羽は「さんば・せんば」になる。
文法
文法的には通常、数を表す語要素から助数詞までが合わせて統語上1つの語とみなされ、名詞または副詞と同様にあつかわれる。
メートルなどの計量単位を表す語も、文法的には助数詞と同じ働きをする。そのため、助数詞に含めるか、「助数詞・単位」のように一括して論ずることが多い。
『七人の侍』(≠7人の侍)、『二十四の瞳』(≠「24の瞳」)、『三百六十五歩のマーチ』(≠「365歩のマーチ」)のように、「作品名」(漫画、小説などのタイトル)や固有名詞(人名、地名など)で「漢数字」を用いた名詞で修飾することもあり、作品名で装飾されている「漢数字」を「アラビア数字」に直すのは著作権者(原作者)の意に反する表現であり、「漢数字」と「アラビア数字」の取り違えによる表記ゆれが誤植の原因になりうる(例として、『3月のライオン』(漫画・アニメ)と『三月のライオン』(映画)とでは、全く別の作品になる)。
名詞的用法
数詞+助数詞+の+名詞(「3人の男」)または名詞+数詞+助数詞(「男3人」)の形であとに格助詞をともなう。あるいは「3人の男だ」のように、助動詞を伴い述語となる。「3人が来る」のように、修飾する名詞がなくともよい。
「個」は、「3個師団」のようにある種の名詞に前置してかつ「の」なしで修飾できるが、これは中国語の「箇(个)」に由来する用法である。「3ヶ月・3ヶ所・3ヶ国」などの「ヶ」(箇)も成り立ちは同じであるが、現在の日本語では「箇」だけで助数詞であるという意識は失われていてヶ+○で一つの助数詞をなす。
副詞的用法(数量詞の遊離)
「3人いる」のように、格助詞をともわず修飾語となる。被修飾語は原則として動詞だが、「倍」など度合いを表す助数詞に限り、「3倍明るい」のように形容詞、形容動詞を修飾できる。
名詞的用法と副詞的用法は修飾する対象が異なるために、同じ数量でも文意に差が出ることがある。たとえば「腐った3個のみかんを捨てた」は、腐っていたみかんは3個であることを含意するが、「腐ったみかんを3個捨てた」は、捨てた数が3個という意味であって、腐っていたみかんの数は3個以上のこともありうる。また、「3個のみかんをください」は構文としては正しくても不自然であり、
>>794
一覧
以下に名詞に対応する助数詞の一覧を示す(漢字表記は助数詞に「一」を付けたものとし、読みは括弧内に標準的な助数詞の読みのみを記す。必ずしも「一」を付けた時の読みとは一致しない)。なお、外来語が起源の助数詞(単位)には、一般的にアラビア数字を用いて表記する。(例:1バイト)
あ行
灯り - 1灯(とう)
アリ - 1頭(とう)
安打 - 1本(ほん)
行燈 - 1張(はり)
家 - 1戸(こ)、1軒(けん)、1棟(むね、とう)
イカ - 食品の場合は1杯(はい)、生物の場合は1匹(ひき)
筏 - 1枚(まい)
衣桁 - 1架(か)
遺骨 - 1体(たい)、1柱(はしら)
囲碁の対局 - 1局(きょく)、1番(ばん)
椅子 - 1脚(きゃく)
井戸 - 1本(ほん)、1基(き)
衣類 - 1着(ちゃく)
印籠 - 1具(ぐ)
ウサギ - 1羽(わ)
牛 - 1頭(とう)
宴 - 1席(せき)、1献(こん)
団扇 - 1柄(へい)
うどん - 麺を指す場合は1玉(たま)。1杯(はい)
映画 - 1巻(かん)、1齣(こま/シーン)、1本(ほん)
枝 - 1枝(えだ)
エビ - 1頭(かしら)、1尾(び)
烏帽子 - 1頭(かしら)
襟 - 1掛(かけ)
演能 - 1番(ばん)
お年玉 - 1封(ふう)
鬼 - 1匹・疋(ひき)
斧 - 1挺(ちょう)
帯 - 1筋(すじ)、1条(じょう)
か行
蚕 - 1頭(とう)
鏡 - 1面(めん)
掛け軸 - 1幅(ふく)、双幅の場合には1対(つい)
駕籠 - 1挺(ちょう)
傘 - 1本(ほん)、和傘は1張(はり)
蟹 - 1杯(はい)、1匹(ひき)
株式 - 1株(かぶ)
兜 - 1刎(はね)
神 - 1柱(はしら)
(特定の場所に祀られている)神 - 1座(ざ)
蚊帳 - 1張(はり、ちょう)
乾麺 - 1把(わ)、
騎馬・騎兵 - 1騎(き)
(文章の)行 - 1行(ぎょう、くだり)
銀行 - 1行(こう)
薬 - 1錠(じょう)、1カプセル、1服(ふく)、1包(ほう)、薬に包んだ散薬は1貼(ちょう)
果物 - 1果(か)、1菓(か)、果実は1顆(か)
靴 - 1足(そく/左右1組で)
袈裟 - 1領(りょう)
原動機 - 1発(はつ)、1基(き)
航空機 - 1機(き)
こて(アイロン) - 1丁(ちょう)
琴 - 1
>>795
というふうに,日本語では数を表すだけで大変です。しかもこんな区別なんの役にも立たない。
一方,英語は 名詞の前に one, two, three ...を直接つければOKです。 ヨーロッパの言語は全部そう。
能率がいいね。
またか。博学ぶってるだけの中身の無い具体例病が、シツコイな。
一見筋道だって理屈がある様に見せかけているだけで、実際には上辺の情報だけが先行して、頭でっかちな中身がスカスカの決め付け暴論に過ぎないのに気付かず、「こんな区別なんの役にも立たない」って、理論をすっ飛ばして三段論法にさえなっていないんだが、気付いてないんだろうか。
自分が理解出来ない事実は、この世に存在していないとでも思って自惚れているかの様な、物凄く傲慢な上から目線の極論だが、自覚は無いんだろうな。
聞きかじりの情報を勘違いしたまま無闇にひけらかし、知性を持って知識にまで昇華する事も出来ず、悪戯に知ったかぶっているだけの自分にも気付かず、自分は何でも知っていて理解しているつもりで殊勝さを知らず、解る気もない人間には何を言っても無駄だ、と言う悪い意味での見本だな。
何故英語を能率的だと考えているのかが、実によく解る。合理的で機能的・効率的と言えば聞こえがいいが、裏を返せば単純・短絡的で、柔軟性と許容性に著しく欠けた硬直思考とも言える。
>>803
博識ぶりながら認められない知ったかぶりを繰り返し、歯噛みしての屁理屈・御託・揚げ足取りへのご執心、ごくろうさまです。
>>804
言語学的知識もとぼしいのに愛国心だけであくまで日本語優位にしがみつくあなたの執念に頭が下がります。

