小説「娘として、母として」#2
この小説はフィクションです。実際の人物とは何も関係ありません。
~旅立ち~
私の故郷は、川がきれいだった。夏になれば、そこで水浴びをして涼んでいた。
私の父は、私が物心ついたころ、すでに他界していたから、母と二人暮らしだった。
といっても、大半は一人で留守番。母は戦時下の国々を訪れては、写真を撮り、本を書いていた。
私は理科が得意だったから、将来は科学者になろうと考えていた。地元の数少ない飲食店でバイトをして、コツコツお金を貯めた。上京して、すごい科学者になろうとして。
「ここな、上京するのはいいけれど、あんたも初めはバイトとかなんでしょ?しっかり周りとコミュニケーションとるんよ?」
母は、いつもこういった。
「ご近所づきあいさえしてないくせにどうしてそんなこと言えんのさ!」
そしてある日、とうとう本音を返してしまったのだ。母は何も言わず、気まずい雰囲気のまま床についた。私が上京する前日のことだった。
翌朝、私は、母が起きる前に、行ってきますと殴り書きした置手紙を残して出発した。
数分、河原までの道のりをたどる。
二分ほどためらって、素足になる。面接等に使う書類の入ったバッグを濡れないところに置いた。
ばしゃ。
ダイヤモンドのような水しぶき。水の冷たさが心地よい。
ふと、母の「いってらっしゃい」が聞きたくなった。
けれど、家には戻らなかった。いや、昨夜の気まずさもあって、戻れなかったのかもしれない。
キャリーケースからタオルを出して、足を拭く。
空港までは、電車とバスを乗り継がなければならない。
そろそろ行こう。
空港へ向かう私の背を、力強い朝日が押した。
いってらっしゃい
そう、聞こえた気がした。
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