この恋が叶うとは思わなかった #8 文化祭
文化祭についての長々しい説明が終わり、ついに文化祭が始まった。
知弘は後半なので、前半は軽く宣伝をしながら見回ることにした。
「俺は前半かー、じゃ、また後でな。」
頼翔はそう言って担当場所に向かっていった。
「おーい。」
その時、そんな声が後ろから聞こえてきた。
振り返ってみると、声の主は琴葉だった。
「そっか、お前も後半か。」
「うん、どうせなら一緒にまわろ。」
「いいけど。」
悲しいことに、他の友達はみんな前半らしい。
別に誰とまわってもいいか、と知弘は思っていたのだが、
「次あっち行こー。」
「え、ちょま…」
「ここ寄ろう。」
などと、ずっと琴葉に振り回されっぱなしであった。
ひとりでまわればよかった、なんて後悔しても時すでに遅し。
「えぇと、カフェやってまーす。是非ご来店ください。」
こんな感じで知弘は宣伝活動をしていたが、琴葉にダメ出しされた。
「だめだよ!ちゃんとクラスぐらい言わなきゃ。あとそんな棒読みじゃ誰もこないって!」
なぜそこまでこだわるのかわからないが指示に従う。
「2ーAはただいまカフェをしております!!興味のある方は是非どうぞ!」
「場所も言って。」
「えーと、ば、場所?クラスの?」
「そう。」
場所まで案内するというアドリブ要請が急に来たのでびっくりした。
「えぇと、クラスの場所は北館3Fの1番端の辺りです!」
知弘にしてはまだ出来た方である。
「ふぅーん、ま、いくら知弘でもさすがに来るっしょ。」
「いくら知弘でも、は余計だ。」
いくら自分でもさすがに誰か来るだろ、と知弘は思った。
何人かは知弘の方を向いていたので、聞いてる人は一応いるのだ。
「もし全然来なかったら知弘のせいだってみんなに言うからね。」
琴葉から厳しい声が飛んでくる。
「えー、人選を考えてくれよ。頼翔とかにすりゃ良かったのに。」
「私に言われてもしょうがないじゃない。」
知弘じゃ客が来ないと言われ、宣伝は琴葉がやる事になった。
「え!琴葉ちゃんのクラス、カフェやってるの?」
「うん、そうよかったら来て、私あと30分くらいで交代するから。」
「OK、じゃそれくらいに行く。」
人気者の琴葉の周りには、人だかりが出来始めた。
いつの間にか知弘は琴葉から離れていた。
「人気者はいいなぁ。」
そんなことを思うのも仕方がない。
気づけば琴葉の周りはちょっとしたクラスができるような人数になっている。
「そういえば、雫も後半だったような。」
「やべ、こんな時でも雫を思い浮かべるって、完全に惚れてんな。」
自分でも呆れるほどの惚れっぷりだ。
「独り者は辛いな…」
文化祭を1人で回るとは中々哀れだ。
『友達つくんねぇとなぁ。』
友達はたった2人だけだ。
そうして様々な出し物を見て回っていた。
すると、
「あれ、『金魚すくい』なんて無茶苦茶子供じゃねぇか。」
今更金魚すくいなんて祭りで少し見るくらいだ。
ましてや文化祭でやるとは珍しいものだ。
「一回くらいやるか。」
列(そこまで列ではないのだが)に並んだ時だった。
「あれ、知弘君?」
「うん?」
後ろを向いた時だ、後ろに並んだ雫とバッチリ目が合った。
「よ、よう。」
「こんな所で会うなんて奇遇ですね。」
「そうだな。」
本当に奇遇だ、絶対雫は来なさそうなのだが。
「運命だったらどうします?」
「!?」
あまりの言葉にビックリする。
ビックリして雫の方を見るも、どう見ても人をからかうような目をしている。
これを雫がどんな感情で言ったのかは分からないが、心臓に悪い。
そういう恋愛的なもので言った訳ではない、顔からしてただ言ってみただけだろう。
知弘の心臓が激しくなってしまうのでやめてほしい。
「珍しいよな、こんあとこ…こんな所に金魚すくいなんて。」
少し噛むのはしょうがない。
緊張しているのだ。
「祭りとかでしか見たことないし…」
何よりも雫が敬語を喋らないのが1番ドキドキする。
今までより距離が縮まった感覚がして落ち着かない。
少し経つと、順番がまわってきた。
「よーし、ガンバロ!」
雫が言う。
知弘は逃げて行く金魚に網をまわり込ませて、すくった。
破れないように、そーっと網を動かす。
そして持っていた皿に入れ込む。
「1匹ゲットだ。」
「早くない?私全然取れない〜」
だが、知弘も調子が良かったのはそこまでだった。
そこから網が破れまくり、結局1匹だけだった。
鮮やかな朱色の金魚がビニール袋の中で泳いでいる。
「いいな、知弘君だけ。」
取れたのはよかった。
だが、金魚すくいというのは、取れてよかったね、で終わりではないのだ。
金魚を持って帰らなければいけないのだが、知弘家は生憎ペットNGである。
ペットNGとは言ったが、知弘が住んでいるのはマンションや団地ではない、普通の一軒家だ。
「これあげる。」
知弘は金魚の入った袋を雫に差し出して言った。