【小説】5分で読めるショートショート小説 D.N.A.

2 2023/01/10 16:56

朝の読書時間や、ちょっとしたスキマ時間にどうぞ。小説が苦手な人でもさくっと読めます。

注意:下手

作者(PN):淡井ユウリ

タイトル:D.N.A.

綺麗だ。

彼女を初めて見た時、僕はシンプルにそう思った。

艶やかな黒い髪。透き通るような肌。大きな瞳。ぷっくりとした唇。そして、制服から伸びる、すらりとした手足。丸みを帯びた胸には、「小野」と書かれた名札がついている。

小野小町は美女の代名詞と言われるが、名は体を表すというのはどうやら本当だったようだ。

僕は読んでいた本をぱたんと閉じ、公園の風景を眺めるふりをして、こちらに歩いてくる彼女を横目で追いかけた。僕は毎日、学校が終わる時間に合わせてこの公園に来ている。彼女を見られる場所は少ない。彼女は結構近所に住んでいるので、すれ違う時もあるのだが、確実に彼女を見られる場所はここだけしかなかった。

ふいに、しずかぁ、と甲高い声がした。彼女の後ろから、別の女生徒が駆けてきた。僕は慌てて本をひっつかんだ。彼女を見ていることがバレて不審者扱いされると非常に困る。

女生徒は彼女の肩に手を置き、談笑し始めた。やっぱり、人気者らしい。クラスで権力を持つのは、大抵声の大きい奴と可愛い子だ。僕はちらっと彼女の方を見た。彼女はくすくすと笑っている。鈴の音のような綺麗な笑い声が、耳に心地いい。

突然、見つめすぎたのか、女生徒が僕の方をじっと見た。慌てて本に視線を戻したが、遅かった。

視界の端で、女生徒が顔をしかめ、彼女に耳打ちした。彼女が困惑したように僕の方を見る。心臓が跳ね上がった。だが、すれ違う直前、女生徒の言った「きもちわるーい」という言葉に、心臓が急速に縮んでいくような気がした。

僕はため息をついた。こういうのには慣れている。過去、僕は何度も何度も罵声や悪口を浴びせられてきたのだから。

原因は僕の父だった。温厚で優しかった父は、いつも僕に愛情を注いでくれた。母とも仲が良かった。至って普通の、良い父親像の模範のような父親だった。

しかし、平穏な日々は音を立てて崩れ落ちた。ある日、父は、殺人未遂で捕まった。未成年の小さな女の子を殺そうとしたのだ。

ニュースや新聞にでかでかと父の名前が書かれ、僕と母は激しい誹謗中傷に耐えなければならなかった。酷く、辛い日々だった。

父がいなくなってから、母は体調を崩した。僕は外出できるようにはなった。父の刑務所はどこか知らない。会いに行こうとは思わないが、どうして女の子を殺そうとしたのかは知りたかった。聞いても無駄だということは分かっているが。

僕は伸びをして、ベンチから立ち上がった。彼女が行ってしまっては、ここにいる目的はない。僕はすたすたと、早足で公園の歩道を家に向かって歩いた。公園にいた、年配の人たちなら、僕のことを知っているかもしれない。今日二度目の悪口を言われるのはごめんだ。

僕は年季の入ったアパートの前で足を止めた。父親が消えてから、僕はずっと一人暮らしだ。療養するために実家に帰った母からは、あまり連絡がない。なんとかアルバイトで食い繋いでいる。毎日情けないような食事ばかりだが、テレビとスマホが使えていることには感謝している。ずっと前に契約したものだから、勝手に料金が母親の口座から支払われる。母親からの資金がなくとも使えるのだ。

僕は適当にテレビをかけ、夕飯の食パンをかじった。市販の食パンは、ジャムやバターがなくても結構いける。二口目をかじると、テレビからおどろおどろしいBGMが流れ出した。画面には赤い文字で「凶悪犯罪の今を追う」と書いてある。アナウンサーが大真面目な顔で昔の犯罪について説明している。かなり、つまらなさそうな番組だ。僕は顔をしかめ、チャンネルを回そうとした。

その時だった。

画面に映ったのは、数えきれないほど見た、画像だった。

数十年前、ニュースで何度も流れた父の顔写真。

僕は食べていた食パンを取り落とすところだった。アナウンサーが手に持った説明を読み上げている。

「こちらは、何年も前に起こった、女児殺害未遂事件の犯人です。子供を標的にする殺人は現代でも多く起こっています。警戒する必要がありますね。この事件の犯人に追われた、当時6歳だった小野静華ちゃんは─────」

心臓の鼓動が、一拍すっとばした。僕はついに持っていた食パンを落としてしまった。

どういうことだ。同姓同名なのか。偶然なのか。僕は狂ったようにテレビを揺すった。アナウンサーの顔が、女児の画像に切り替わる。

綺麗な髪、色白の肌。目がちっとも変わらない。

間違いなく、彼女の幼い頃の写真だった。

僕は呆然とした。父が殺そうとしたのは、彼女だった。彼女が父に殺されなくて、良かった。僕の口から自然と笑い声が漏れた。

彼女を殺すのが、父じゃなくて、僕で、良かった。

この娘を初めて見た時から、僕は、この美しい娘を殺してみたいと思っていた。

僕が首を絞めたら、この娘はどんな反応をするのだろう。

どんな風にその綺麗な顔を歪ませて息絶えるのだろう。

自分が異常だというのは分かっていた。でも、そのように考えることをやめようとするほど、欲求は僕の中で暴れていた。ついに、僕は欲求に負けた。気づかれないように下校中の小野静華を追いかけ、家を特定した。すれ違う時間帯から、日々の行動パターンも把握済みだ。

さっきの言葉を聞いて、僕は、なるほど、と思った。

父がこの娘を殺そうとしたのは、絶対に僕と同じ理由だ。

だって、僕らは親子だ。

殺人に恐れていないのも、殺人の対象も、そっくりそのまま同じなのだから。

遺伝だろうか。

父のDNAが、受け継がれたせいなのだろうか。

まぁ、そんなことは考えても無駄だ。どうせ、この娘を仕留めるのは僕なのだから……。

僕は台所から、磨き上げられた包丁を取り出した。

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その他2023/01/10 16:56:16 [通報] [非表示] フォローする
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