【小説】真夏の追憶《十話》
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まずい。
反射的に両手で頭を覆い目をギュっと閉じた。
しかし、いっこうに斬られる気配はない。おそるおそる目を開けてみると、その雑兵の身体は背後から槍に貫かれていた。黒い血を吐き倒れこんだ男の後ろには、何人もの百姓と思わしき人々が立ち並んでいる。囲まれているようだ。恐らく、俺がさっき出した大声によってやってきた者たちだろう。
彼らは皆、呪文のように謡った。
「〽時代よ変われや都の時、時代を変えるは龍の民」
「革命万歳!龍の都、万歳!」
この一連の流れを一言も喋らずに傍観していた乙姫は、ふん、と嘲笑してから皆に向かってこう呼びかけた。
「龍宮城城主、乙姫の首ここにあり。」
その一声で、百姓たちはワアアと声を上げ一斉に乙姫へ向かってゆく。しかし乙姫の首はそう簡単にはとられず、百姓同士の激しい争奪戦となった。誤って斬られてしまう者や将棋倒しになって圧迫死していく者、誰かの持っていた松明が引火し焼死していく者など、仲間同士で潰しあっていた。俺と伊与も今のところは巻き込まれない位置にいるが、巻き添えになるのも時間の問題である。そんなとき。
「…と、峠さん!」
伊与が後ろを振り返って指をさした。
「…!」
全く変化を見せなかった岩が消え、代わりにそこは洞窟になっていた。鳥居は洞窟の入り口の大きさとジャストフィット。恐らく、この戦いで結界にに衝撃が加えられ破れたのだろう。ここをくぐれば元の世界へ帰れる、そんな雰囲気を醸し出している。
「す…すげえ…!ここ抜けたら帰れるんやな?」
「はい。それより、早く入らないと消えますよ!」
洞窟の入り口は既に、狭くグニャグニャになってきている。
「結界は少しの衝撃で簡単に破れてしまうのですが、そのぶん自然治癒力が非常に高く…」
「わかったわかった!入る!」
俺は急いで鳥居をくぐり洞窟へ踏み込んだ。
結界はまだ治っていないようだったので、俺は最後に、いちばん気になっていることを訊いてみた。
「お前は…伊与は、一体何者なん?」
「…私ですか?私は…、」
少し間をおいて、伊与は微笑んで言った。
「あのときの、海亀です。」
結界が閉じ、視界が真っ暗闇になった。それと同時に「龍宮城城主乙姫、討ち取ったり──!」という声が聞こえた。
気がつくと、俺は数日前に滑った川でひとり立っていた。
辺りを見渡すと、前と何も変わらない自然が広がっている。もしかして、今までのことはただの妄想だったのではないか、夢だったのではないかと思ったが、身体には火傷の跡がしっかりと残っており、服も焼け焦げている。そして、手にはしっかりと玉手箱が握られていた。
家はどうなっているだろう。友人たちはどうしているだろう。こっちでは何日ほど経っているんだろう。沢山の疑問が浮かび上がってくる。
夕方5時を知らせるチャイムが遠くの方で鳴っているのが聞こえた。5時までに帰らないと叱られる。俺は急いで帰路についた。
いつも通り家のチャイムを鳴らし、インターホンに向かって元気よく「ただいまー!」と言う。そう言うと鍵を開けてくれるのだ。
しかし今回は違った。鍵が開いていつものようにドアを開けようとすると、自分で開ける前に先にドアが開いた。
仰天している母が俺を出迎えた。母はいきなり俺を抱きしめて泣いた。思春期男子にとっては正直やめてほしい気持ちもあるが、今だけは我慢した。声を聞きつけ近所の人たちも出てきたし、友人らも泣いていた。仕事をわざわざ早くに切り上げて帰ってきた父も頭を撫でてくれた。両親は、祖父母や親族、学校、習い事先にも電話をしていた。
ちょっと家を離れていただけで大袈裟な、と思った。俺の感覚としては一日家にいなかっただけである。しかし、あっちは時間の流れが遅いとか言っていたしきっとこっちでは何週間か行方不明扱いだったのかもしれない。
日にちを見ると8月の31日。半ばだった夏休みもなんと最終日。宿題を全くやっていない俺は大いに焦った。
二学期も始まり、段々といつもの日常に戻った。嬉しかった。しかし、何日何ヵ月と経っても、あの日のあの出来事は一瞬たりとも忘れられなかった。
俺は今、地元の高校に進学して2年生である。
玉手箱は今でも大切に保管し、一度も開けていない。それが原因かは不明だが俺の身長は低いままである。
あれからずっと、あの日を忘れたことはない。忘れられない。忘れたくない。
俺は今年も、あの真夏の追憶にひたる。
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こんにちは、どこもです。
やっと最終話です。
最初から読んでいた方、ここまでお読み頂き誠にありがとうございます!これを最初に読んだ方、1話から読み返すことをオススメします😊!
トピ画は最初にいたあの川イメージのフリー画像です。
読んでいただき、誠にありがとうございました!