【小説】少年の日の思い出 エーミール視点
ー中略ー
あれから二年経ったが、僕はまだちょう集めを続けていた。
日課でもあり、趣味でもあった。朝起きたら挨拶をするような、お腹が空いたらご飯を食べるような、そんなことと同じくらい当たり前で、僕の日常の一つになっていた。
ある日僕は、クジャクヤママユというちょうをさなぎからかえした。
時間をかけて、ゆっくり、ゆっくりと大きな斑点のある羽がひらかれるあの瞬間。今日僕の友達が百万マルクを受け継いだとか、歴史家リヴィウスのなくなった本が発見されたとかいうことを聞いたとしても、その時ほど僕は興奮しないだろう。いや、興奮などという言葉では到底表せない、大層素敵な物だった。
僕は、それを誰に見せる気もなかった。自分だけのものにしておきたかった。だが、いつの間にか僕がクジャクヤママユをかえしたという噂が出回っていたようだった。
噂が出回ってから少ししたある時、僕はいつものようにちょう集めにでかけた。それが、運の尽きだったのだろうか。
あの時のことを、僕は今でもひどく後悔している。
家に帰ると、クジャクヤママユが潰れて、粉々になっていたのだ。見るに堪えない、悲惨な姿だった。
僕は、自分のできる限りの経験と知識を振り絞って、粉々なクジャクヤママユを直そうとした。だが、それは叶わなかった。
誰がやったのだろう。ヤマネコか、あるいは、嫌なやつか。もうこの際誰でもいい、このちょうさえ戻ってきてくれれば、それで。
いいねを贈ろう
いいね
4
このトピックは、名前 @IDを設定してる人のみコメントできます → 設定する(かんたんです)
トピックも作成してみてください!
トピックを投稿する