『あ行』を売った話。
山田健人、23歳。この年なのに彼女はできたことないし、友達も居ないし、お金もない。
イケメンなのは名前だけで、顔は全くの不細工。生きる希望を見失っていたその時、ある女に話しかけられた。
「ねえ君、人生退屈じゃない?」
その女はお世辞にも美人とは言えなかった。
「誰だよ、あんた」
別に美人じゃない女に興味はない。
「私はね、人生退屈そうだな〜って人に生きる希望を与えてるの。」
「生きる希望って言っても、お金なんだけどねー」
悔しいけど、詳しく話を聞いてみたいと思った。なんの気の迷いかはわからないが、お金さえあれば、俺の人生は変わるんじゃないかと思ったのだ。
「その話、詳しく聞かせてほしい」
少し間を開けたあと、妖しげな笑みを浮かべて女は言った。
「いいね、あんた素質あるよ。」
…
話の内容は至って簡単だった。『あ行』が喋れなくなる代わりに、一生困らないほどの大金をくれるらしい。俺は少し悩んだが、すぐ結論は出た。
「別に喋るような相手も居ないし、俺の名前に『あ行』なんてないしな。」
なんだかつまらなそうに女は言う。
「ふ〜ん、じゃあもう喋れないけど、いいんだね?」
「全然いいよ」
最後にあいうえおって沢山言っておきな、と促されたので、100回くらい言っておいた。これでもう「あ行」に未練はない。
「ちちんぷいぷいのぷいっ!」
時が一瞬止まったような気がした。ああ、からかわれていたんだなとようやくそこで気付いた。…はずだった。
「なにっっ」
声が出なくなった。何言ってんだよ、と言うつもりだったんだが。
「はい、もう君『あ行』言えないからね。ちゃんと自覚してよ〜」
「あぁ、そうそう。な〜んか困ったとき用に電話番号渡しておくから。いつでも電話してね〜」
そう女は言うと、どこかへ消えていってしまった。
後日確認してみると、ちゃんとお金は銀行に入っていた。3000万円振り込まれていて、一度引き出してみたが、3000万から減ることはなかった。
「実質無限ってことか…」
…
数日後、なんだか寂しくなったので、おもむろにあの女に電話をかけてみた。
prrrr…
「もしもし〜?平日の真っ昼間にどしたの健人くん。暇なの?」
なにも言い返せなくて悔しかったから、素直になることにした。
「暇で悪かったな。てか、っっっr…」
そっか「俺」すらも言えないのか。本当にもう「あ行」を使うことはできないんだ。一人称変えなきゃな。
「いきなり静かになって、どーしたのさ!」
元気そうな声が受話器越しに聞こえてくる。気づけば俺の視界はぼやけていた。
「っや、なんでもなっ」
『なんでもない』こんな言葉さえ言えない自分に嫌気が差す。
「ごめん、っっきなり電話かけて、」
なにを思ってかは知らないが、女は言った。そして俺はそれに答えた。
「…今から会う?」
「ん、」
――――――
「ぬ」を買った話 っていう題名にインスピレーション受けて書いてみました。
題名ただのパクリだってことは自覚してます。
書くの飽きちゃったんで気が向いたら投稿するけどもうしないかも。
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