奪還無双
第一章 無能の烙印
この世界には、人ならざる力を持つ者が存在する。
それを人々は「能力」と呼んだ。
能力者の数は全人口の三割ほど。その力は生まれながらに定められており、目覚めた瞬間にその者の人生は決まる。能力にはランクが存在し、最低がEランク、最高がSSSランク。Eは凡人、Cでようやく人並み、Dなら一目置かれ、B以上は国が注目する。Aは国家戦力級、Sとなれば世界に百人しか存在せず、SSは二十人もいない。そして、SSSは──人類史上、いまだ確認されたことがない。
だが、一人だけ例外がいた。
少年、天城蓮(あまぎ・れん)。
学園でもっとも無能と嘲笑される存在。
能力鑑定の儀式の日、彼のステータスプレートには冷たく刻まれていた。
──《能力:なし》
それはEランクですらなく、完全なる「無能」。
同級生たちが「火炎操作(D)」「鋼体化(C)」といった能力を得て喜ぶ中、蓮だけが孤独に取り残された。
「お前、本当に何の能力もないんだってな」
「無能が学園にいるだけで恥なんだよ」
毎日のように浴びせられる嘲笑と侮辱。教師たちも見て見ぬふりをした。能力社会において、力なき者に存在価値はない。
だが、蓮の胸の奥には他の者にはない黒い炎が渦巻いていた。
──俺は必ず、強くなる。
──そして、あの日の復讐を果たす。
蓮の母親は、彼が幼いころに魔獣に殺された。
魔獣は人類の敵であり、能力ランクと同じようにS~Eの格を持つ。軍やハンターたちが討伐に挑むが、Bランク以上の魔獣は単独で国を滅ぼす力を持つ。
母を殺したのは、前人未踏の巨大な塔──**《試練の塔》**に棲まう魔獣だった。
塔は6666階層にまで及ぶとされ、国家最強のハンターですら100階を超えられない。人類の常識を超えた絶望の象徴。
その最上階、6666階に母の仇がいると、蓮は確信していた。
けれども、無能の身でどうやって仇を討つというのか。
蓮が運命を知ったのは、学園の寮で一人、眠れぬ夜を過ごしていたときだった。
孤独と絶望に押し潰されるように眠りに落ちた彼は、夢の中で黒き鎖に絡め取られた。
『……汝に与える。奪え。喰らえ。全てを己の力とせよ……』
その声と共に、蓮の右腕に黒い刻印が浮かび上がった。
目を覚ますと、手の甲に漆黒の紋様が確かに刻まれている。
脳裏に、能力の名が流れ込んだ。
──《能力:奪還(ランクSSS)》
「……奪還?」
試しに、同室のクラスメイト・刃斗(やまと)の部屋へ忍び込んだ。彼は「火炎操作(Dランク)」を持つ。
眠る刃斗の腕に触れると、黒い紋様が脈打ち、彼の体から紅い光が引き抜かれていった。
次の瞬間、蓮の手に炎が宿った。
「……まさか、本当に」
奪還スキルは、他者の能力を奪い、自らのものとする力。しかも、失った相手は二度と能力を取り戻せない。
刃斗が目覚めて火炎を出そうとしたが、指先からは何も生まれなかった。絶望する刃斗を見下ろしながら、蓮は初めて笑った。
──これが俺の力。
──無能? 違う。俺は最強だ。
それからの蓮は、学園の影で次々と能力者を狩り始めた。
誰も気づかぬように事故を装い、挑発されたケンカを逆に利用しては能力を奪っていく。
「鋼体化(C)」
「空間跳躍(B)」
「治癒(B)」
わずか数日で、彼の体内には複数のスキルが宿っていた。
本来なら二つ持つ者すら一万人に一人。だが蓮には制限がない。
彼の名を嘲った者たちは、今や一人残らず無能力者に落ちぶれていた。
やがて、蓮は気づく。
力を持つ者は、戦場だけでなく経済においても圧倒的な影響力を持つことを。
治癒能力を活かした医療ビジネス。
空間跳躍を応用した高速物流。
鋼体化を用いた建築・軍需産業。
「最強の力」と「無限の能力」を組み合わせれば、世界経済すら手中に収められる。
蓮は冷たく笑った。
「俺を無能と言った連中が、金を払ってでもひれ伏す未来を作ってやる」
復讐の第一歩が始まった。
だが、蓮の視線の先にはただ一つの目標があった。
──試練の塔。
──6666階に棲まう、母を殺した魔獣。
それは、史上初のSSSランク魔獣とされる存在。
国家も人類も手を出せず、伝説と化した絶対的怪物。
必ず登り詰める。
必ず奴を殺す。
蓮の旅路はまだ始まったばかり。
その背後には、知らぬ間に魅かれてゆく少女たちの影もあった。
彼が奪い集めた力と共に、数多の出会いと欲望が渦巻き、やがて彼の名は世界に轟くことになる。
──最強の無能、天城蓮の物語が、ここに幕を開ける。
第二章 雷帝との邂逅
学園の広大な演習場は、熱気に包まれていた。
月に一度行われる《公開模擬戦》──学園の能力者たちが己の力を披露する舞台である。
観客席には生徒たちがぎっしりと座り、教師陣も視線を注いでいた。
「やっぱり今日は雷帝様が出るらしいぞ!」
「うわあ、本物のAランク能力を生で見られるなんて……!」
生徒たちの視線は、一人の青年に集まっていた。
神代颯真──学園に三人しかいないAランク能力者の一人。雷を自在に操るその姿は、同世代において無敵と謳われていた。
一方、観客席の隅に座る天城蓮は、無関心を装いながらも胸の奥に黒い炎を抱えていた。
──今日、俺は初めて公の場で動く。
《奪還》の真の力を示すために。
「おい、無能が何をしに来たんだ?」
「模擬戦でも見物して勉強か? ははっ」
周囲から浴びせられる嘲笑。
だが蓮は、黙って視線を前へ向けた。
演習場の中央に立つ颯真は、笑みを浮かべながら雷を解き放つ。
──バリバリバリッ!
蒼白い稲妻が空を裂き、轟音と共に地面を穿った。
観客席が沸き立ち、歓声が響き渡る。
「さすが雷帝様だ!」
「やっぱりAランクは格が違う!」
教師たちでさえ誇らしげに頷いていた。
颯真の目が蓮を見つける。
その瞬間、口角が吊り上がった。
「……まだいたのか、無能。
せっかくだ、模擬戦で俺とやってみろよ?」
場がどよめいた。
「はあ!? 颯真様と無能が!?」
「勝負になるはずがない!」
教師が止めようとするが、颯真は構わず挑発を続ける。
「どうせ一撃で終わるんだ。見世物にしてやる」
蓮はゆっくりと立ち上がった。
「……いいだろう」
開始の合図と共に、颯真が一気に雷撃を放つ。
「消し炭になれぇっ!」
──バリィィィン!
青白い雷が蓮を飲み込む……はずだった。
だが次の瞬間、観客席が息を呑んだ。
「……え?」
雷撃は黒い紋様に吸い込まれ、蓮の腕へと流れ込んでいた。
颯真が目を剥く。
「な、何だ……俺の雷が……!」
蓮は静かに手を掲げた。
そして──颯真と同じ、いやそれ以上に強大な稲妻を放った。
──ドォンッ!
大地が抉れ、轟音が響き渡る。
「う、嘘だろ……!」
「無能が……雷帝様と同じ雷を……!?」
観客席から悲鳴にも似たざわめきが広がる。
颯真は顔を引き攣らせ、必死に雷を放った。
──だが、同じ雷を纏った蓮が正面からそれを受け止め、さらに倍の力で押し返す。
「馬鹿な……! 俺の唯一無二が……真似されるだと!?」
プライドを砕かれた颯真の叫びが響く。
蓮は冷ややかに言い放った。
「唯一無二? 笑わせるな。
お前の雷は、もう俺のものでもある」
──その瞬間、颯真の心は折れた。
能力を失ったわけではない。
だが「自分だけの力」を、無能と蔑んでいた存在に並ばれ、越えられた。
それは雷帝にとって、死よりも屈辱だった。
「う、うわあああああああ!」
颯真は絶叫し、地に膝をついた。
観客席は騒然としていた。
「無能」と見下されていた少年が、雷帝と同じ力を振るった。その事実に誰もが震えていた。
その中で、銀髪の少女──白銀美琴だけは、瞳を逸らさずにいた。
(……この人は何者なの? 無能なはずなのに、颯真と同じ力を……)
氷結姫と呼ばれる彼女の心に、初めてひびが入った瞬間だった。
演習場を後にする蓮の背中は、誰もが息を呑むほど堂々としていた。
まだ学園の誰も知らない。
彼が奪った力を積み重ね、やがて無限の強さへ至る存在であることを。
そして蓮自身も理解していた。
──これは始まりにすぎない。
母を奪った魔獣を討ち、塔を登り詰めるまで。
この力は、止まることはない。
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