紅剣第12話「覚醒」
「セレスティアル・フォール!」
小高い丘に到達した瞬間、セレナがいきなり最大級の攻撃魔法を放った。
天空が裂け、眩い光が滝のように地上へ降り注ぐ。轟音が空気を切り裂き、反火星連盟の拠点だった村は、わずか数秒で瓦礫と灰の海に変わった。
だが、その中心部にぽつりと無傷で残るコンクリートの建物があった。まるで最初からそこだけが世界から隔絶されていたかのように。
「あれが司令部か」
ミノグチが静かに呟いた。隣にいたアヴィーデがちらりと目を向ける。
「たぶんね。けど、内部はトラップだらけかも。行ってみる?」
その声音に含まれる試すような響きに、ミノグチは内心で苦笑した。奴はいつもそうだ――自分の行動を試す。
(どうせ死ぬなら、それもまた運命…)
ミノグチは心の中でそう呟くと、無言で足を踏み出した。丘を降り、森を抜け、焼け落ちた村の正面に立ち止まる。
「まだ、生き残りがいる」
後ろから来たタンが声をかける。視線の先には、焦げた瓦礫の間から立ち上がる三人の人影――中年の男が二人、そして若い女が一人。
「じゃあ…狩りの時間だな」
タンがくくっと喉を鳴らして笑い、ミノグチを置いて駆け出していく。その背中を見つめながら、ミノグチは一瞬だけ目を伏せた。
ーーーー
光が落ちた後、建物の周囲は跡形もなく消え去っていた。
「そんな…」
ナイラは声を震わせ、机越しに座るヴァルガンの方へ振り向いた。彼の顔にも動揺は見えたが、やがて冷静を取り戻していく。
「まずは外に出て状況を確認しよう。確認しなければ何もできない」
ヴァルガンは落ち着いた口調で命じた。ナイラは慌てて彼に続いた。
ドアを開けると、目に入ったのは廃墟だけだった。人影は消え、丹精して育てた作物の残骸すら跡形もなく散っている。
「隊長、ご無事でしたか!」
背後から威勢のいい声が響いた。中隊長オスカー・アルバルトだ。黒髪に緑の軍服を纏い、すぐに駆け寄ってくる。
「頑丈な建物の中にいたおかげで助かったようだ」
ヴァルガンとアルバルトは短く笑い合った。その余裕すら、ナイラには信じられなかった。自分はまだ動揺の渦中にいて、何もできない気がしていた。
(未熟だからか…)
思わず呟くが、二人には届かない。
「来るぞ」
ヴァルガンの表情が一変する。アルバルトも視線を正面の小山へ向けた。
「ええ、何か来ます」 とアルバルトが低く言う。
「准尉!」
ヴァルガンが急に呼びかける。ナイラはハッと反応する。
「はっ!」
「敵が押し寄せる可能性がある。お前は小銃でできるだけ時間を稼げ。俺とアルバルトで反撃の準備を整える」
「わ、私がですか…!」
「銃の扱いに長けているのはお前しかいない。だが無茶はするな、死ぬつもりで突っ込むなよ」
その言葉に、チュウニの顔が頭をよぎる。だがナイラはそれを口には出さなかった。肩に掛けた小銃をしっかりと握り、視線を小山の方へ向ける。
足音が近づく。見えた、二人の男の姿が──。
「人間、死ねー!」
太った男が凄まじい勢いで突っ込んでくる。
「焦るな、焦りは死を意味する」
後ろのヴァルガンがそう言った。
ヴァルガンの特殊能力は、10秒先の戦況を予測することだ。ただし敵の具体的な情報がわからないと予測できないが。
一方アルバルトは手のひらが触れると原子爆弾級の威力を持つ攻撃を高密度かつ集中して出すことができる。ただし広範囲攻撃はできず、あくまで標的の体の一部分にとどまる。
ナイラは太った男に発砲した。一発は当たらなかったが、2発は男の眉間に的中した。
だが男は怯まず、何事もなかったかのように突っ込んでくる。
「なんで…」
眉間を撃たれたら、人は死ぬはずである。それなのに目の前の男は死ぬどころかさらに凶暴になっているように見えた。
状況を察したアルバルトが飛び出した。
アルバルトは男とぶつかって手を男の腹に突き刺した。すると手が超小規模爆発を起こし男の腹が裂ける。
臓器が一瞬で飛び散る。アレンナは目を背けた。
次の瞬間ナイラの目に映ったのは男に吹っ飛ばされるアルバルトであった。
だが男の横には明確な隙があった。無計画な突進と反撃で防備が手薄になっていたのである。
そこをナイラは逃さなかった。小銃を連射し男の勢いを少しでも弱めること。
そしてアルバルトがもう一度男の頭に手を叩きつけた。
男の頭が炸裂する。脳が飛び出て男は突っ伏した。
ーーーー
ヒロトとチュウニ、両者の間では沈黙が続いていた。
先ほどの鎧男は2人についてきていた。
「もう一回、突入しよう!」
ヒロトはそう言った。だがチュウニは首を縦には振らなかった。
「断る」
「なんで?」
あの仲間思いのチュウニが断る理由なんてあるのだろうか、と思った。
「俺には関係ないからだ」
「え?」
「よくよく考えてみたんだ。ソラとお前は同じパーティーだったというだけで、俺はお前らの行動に責任はないんだって思い出したよ。だから命の危険を冒してまでソラを助けるつもりはない」
「でもオーデッツは倒したじゃん?」
「倒せてないだろう。あんなのは軽傷にしかならない。もう一回突撃すれば、今度こそやられる。そうだろう、鎧の」
チュウニは歩くのをやめ後ろを振り返る。鎧男が反応する。
「そもそも俺らはソラというガキを攫っていない」
「だそうだ」
チュウニはヒロトの方を向く。
ヒロトは無言だった。何も言い返すことはない。ただ虚しさのような、悲しみのようなものがヒロトの中に込み上げていった。
「お別れだ、少年。お前はお前なりの人生を歩めよ」
チュウニは歩き始める。今度はもう二度と、ヒロトの方を振り返らなかった。
バグダート城の城門に辿り着いた時には、もうあたりは暗闇となっていた。
「おいヒロト」
城門をくぐり抜け、鎧男が話し始める。
ヒロトはその言葉に振り返る。
「この街には奴隷制度がある。人を売れば、かなりの金になるらしいぜ」
「だから?」
「考えたんだ。今お前を捕まえて奴隷にすれば、俺は一生遊んで暮らせる。お前が金になるってわけだ」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、鎧男は剣を抜いてヒロトに向かって一気に斬りかかってきた。
ヒロトは冷静に身をかわし、息を呑んだ瞬間、視界に槍売りの店が飛び込んできた。
すぐさまその槍を手に取ると、鋭い動きで槍を振り回し、鎧男の剣を打ち砕いた。
「な…」
鎧男は驚愕し、後ずさる。その顔には焦りが色濃く浮かんでいた。
「なぁ、知ってたか?」
ヒロトは尋ねてみる。
「俺が村で、3槍奥義の異名をつけられていたこと」
「奥義だと?笑わせるなよ」
鎧は笑い始めた。
「この鎧を突いてみろ。この鎧は強力な魔法陣が敷いてあり、簡単には貫けねぇぜ」
「この鎧は完璧だろうが、少しの隙で崩れる」
ヒロトは槍を構え、一瞬の重心の移動で魔法陣の守りを狂わせる。
「穿星(せんせい)!」
勢いよく突き込むと、槍は鎧を穿ち、鎧男の体を突き抜けた。
鎧男が短く呻き、足元から崩れ落ちる。ヒロトは槍を引き抜き、冷ややかにその場を見下ろした。敵は動かない。夜風だけが、倒れた者の上でぼんやりと揺れた。

