紅剣の探索者第6話

8 2026/01/22 20:32

ヴァルガンは腕を組み、二人を見下ろした。

「まず初めに、武器は禁止だ」

ソラとラカールは同時に眉を動かす。

「剣も、銃も、罠もなし。使っていいのは――」

ヴァルガンは地面を指差した。

「頭と、足と、判断だけだ」

「ふざけてるのか?」

ラカールが即座に噛みつく。

「俺たちは“ゴミ人間”に勝たなきゃならないんだろ」

「勝つ必要はない」

ヴァルガンは即答した。

「折れなきゃいい」

その言葉に、ソラは小さく息を呑んだ。

最初の訓練は、拍子抜けするほど単純だった。

「走れ」

それだけだ。

「どこまで?」

ラカールが尋ねる。

「昨日のゴミ人間がいた場所までだ」

森を抜け、2人で走った。

「後ろ、追われている気配があるな」

ラカールが走りながらそう言った。

「え?」

「1人は走りながら追っかけてきて、もう1人は遠くから監視しているな」

ラカールは淡々と語る。

「大雑把な尾行だ。まさかソラ、気づかなかったのか?」

「いやぁ、薄々とは気づいてたよ」

(全然気づかなかった)

そして無数のゴミの山が見えてきた。

足場は悪く、ゴミに引っかかる。

「いてぇ!」

ソラは転び、ゴミの山に沈む。

「大丈夫か?」

ラカールは止まり、ソラに手を差し伸べる。ソラはその手を掴んで起き上がる。

「おいソラ、周り見てみろ」

見ると、どこからか現れてきたのかボロ服の人々が2人を覗き込んでいる。

「ここの住人だ」

人々が2人を覗き込む目は、嫉妬や絶望、怒りに満ちていた。

「すごい敵意だな。俺たちの服装がそんなに羨ましいか?」

ラカールはそう言った。

「この人たちの負の感情が、ゴミ人間を生み出しているのかもしれないね」

ソラがそう言うと、ラカールは呆れたように笑った。

「な訳ないだろ。個人の感情だけであんな危険生物が産まれてたまるか」

ラカールはそう言い走り始めた。ソラもそれに続く。

昨日の場所に到着した頃には、ソラとラカールは汗が吹き出していた。

そしてそのすぐ後に、ヴァルガンが2人の前に現れる。

「やはり、お前が尾行していたんだな?」

ヴァルガンは頷いただけだった。

「では次の訓練だ」

崩れた通路の向こう。

あのゴミ人間の少女が、再びそこにいた。

彼女はゴミの山の上に座っている。

「戦うな」

ヴァルガンは念を押す。

「今日は、見るだけだ」

ソラは視線を外さず、少女を見つめた。

ソラは息を整え、視線を巡らせた。

ゴミは無秩序に見えるが、少女の意図に従って、空中で停止したり、地面に落ちたりしている。

(ただ飛んでいるわけじゃない……誘導されてる)

ソラはゴミの山の上に足を乗せ、地面の振動、風の流れを感じ取る。

「見ろ、ラカール」

少女の手が動くたび、ゴミの塊が跳ね、彼女の周囲に安全圏が生まれる。

「ゴミが、少女本体を守る位置に必ず浮遊している」

ラカールもソラのそばによった。

「つまり、接近すれば浮遊しているゴミの集中砲火を受けるわけだ」

(攻撃力そのものは高くなくても、行動の幅が圧倒的に広い)

ソラは心の中でそう呟く。

「あたっても、死にはしない。だが確実に動きが遅くなる。そしてまたゴミにあたる。その連鎖だ」

ヴァルガンが小さく呟く。

ーーー

夕刻、3人は訓練所に戻ってきた。

ナイラがいた。

「隠れろ」

突如、ヴァルガンはそう言った。

「……は?」

ラカールが聞き返す。

「制限時間は五分。森の中で、隠れろ。5分後に、ナイラが2人を追いかけてくる。今から2時間、捕まるな。それで今日は終わりだ」

「条件は?」

ソラが問う。

「何をしてもいい。だが捕まったら終了だ」

ソラとラカールはさがり、ナイラから距離を取った。

「はじめ!」

ヴァルガンが大きな声で言う。ソラとラカールは反対方向に駆け出し、森の中の姿を消した。

ーーーー

ラカールは、森の中を駆けていた。

もうすぐ、日が暮れる。そうすれば余程のことがない限り、ナイラには捕まらない。

それでもできるだけ足跡を残さないように落ち葉を通る。 水の音が聞こえ行ってみると、綺麗な小川が流れていた。

「ちょうどいい」

水の音で、自分の音を隠す。 ラカールはかがみ、木の背後に身を潜めた。 もう十分走った。あとは、待機するだけだ。

ーーーー

ソラも森を走っていたが、途中で息が絶え歩き始めた。

「捕まらない、か」

すでに日が暮れ始めている。 小鳥のさえずり、落ち葉が舞う音、小川のせせらぎ。 ソラは息を吐いた。

(静かすぎる)

虫の音。

風が葉を揺らす音。

小枝が折れる、遠い音。

すべてが、ある。

だが。

(……誰かが“探している”音がない)

ソラは立ち止まり、耳を澄ます。

追われている気配は、ない。

(……ラカールは?)

考えた瞬間、嫌な予感が胸をよぎる。

ソラは、あえて歩き出した。

隠れない。消さない。

一匹の猿が、木を跨いで移動していた。

ソラはそれを見つめた。

行動は早かった。木をよじ登り、枝の上に座る。

ここならば遠くから誰がきても一目瞭然。

そして何より、森に“合わせられる“。

小鳥がソラを興味深げに覗く。

ソラは、そこから動かなかった。

ーーーーー

森は、思っていたより静かだった。

ラカールは木の幹に背を預け、呼吸を整える。

(足跡は消した。水音で気配は紛れる)

小川のせせらぎが一定のリズムで耳を打つ。

湿った土の匂い。苔の冷たさが背中越しに伝わる。

――完璧だ。

ラカールはそう確信していた。

(ここまで来れば、あとは待つだけだ)

葉擦れの音もない。

風は上流から下流へ一方向に流れている。

追跡者にとって、これ以上ない悪条件。

「……水音、便利だよね」

背後から声。

一瞬、思考が停止した。

ラカールの全身に冷たいものが走る。

「……なに?」

振り向こうとした瞬間、肩に軽い圧が乗った。

「動かないで。今なら、痛くしないから」

ナイラの声だった。

ラカールはその場から飛び出した。

体勢を立て直し、ナイラの前で低く構える。

「……どうやって、この場所を?」

ナイラは肩をすくめた。

「足跡は、見てない」

「……は?」

ナイラは小川に視線を落とす。

「揺れ。跳ね方。小石の沈み方。

 あと――魚が逃げた方向」

ラカールの喉が鳴った。

「それと、森の音」

ナイラは静かに続ける。

「小動物ってね、人より正直。

 人が来たら、必ず反応する」

(……そんな、馬鹿な)

理屈は理解できる。

だが、それを即座に“読む”ことができる人間が、どれほどいる?

「君、隠れるのは上手」

ナイラはそう言って微笑んだ。

「でもね――」

彼女は指で地面をなぞる。

「“消そう”としてる」

ラカールは唇を噛んだ。

「痕跡を消すってことは、

 そこに“痕跡がある”って前提になる」

ナイラはラカールを見下ろす。

「私はね、

 “不自然に静かな場所”を追うの」

その瞬間、理解した。

(――負けた)

「……負けた。降参だ」

ラカールはゆっくりと手を上げた。

「うん」

ナイラは短く頷く。

「終了っと」

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