紅剣の探索者第5話

8 2026/01/19 19:59

男の拠点は、灰灯りの市のさらに奥――

かつて軍の補給庫だった地下施設を改造したものだった。

天井は低く、柱は太い。

壁には無数の傷や焦げ跡が残り、ここで何が行われてきたのかを雄弁に物語っている。

「俺の名前はガン。ガン・ヴァルガンだ。よろしくな」

拠点の居間に置かれた椅子に腰掛け、ヴァルガンはそう名乗った。

「俺はアマギ・ソラ。よろしく」

ソラはまっすぐに手を差し伸べる。

「勘違いするな。俺たちは味方じゃない。利害が一致してるだけだ」

そう言ってヴァルガンは立ち上がり、手を伸ばそうとした――その瞬間。

「え?」

首筋に、何かが触れた感触。

気づけばそれは、ヴァルガンの手だった。

「無防備に首を晒すな。俺が敵だったら、手刀一発であの世行きだぞ」

軽く笑いながら、ヴァルガンは手を引っ込める。

「そういやお前、あのエリーデに剣を奪われたんだよな?」

「……うん」

ソラは幕舎での出来事を思い出す。

一撃で叩き伏せられ、剣を奪われた、あの屈辱。

「そいつは厄介な相手だ」

ヴァルガンは再び椅子に腰を下ろした。

「よって、ここで一つ提案がある」

「提案?」

「少し修行してみないか? 二人とも。あのゴミ人間を倒せるくらいになるまでな」

ソラとチュウニは顔を見合わせた。

「お前らみたいな小粒がエリーデの元に突っ込んだところで、死ぬだけだ。修行しないなら、俺たちは協力しない」

「剣を取り戻すためだ。やろう!」

「死ぬつもりはない。その話、乗った!」

二人は、ヴァルガンが言い終わるより早く即答した。

ヴァルガンは口角を上げる。

「よし、決まりだ」

---

その夜、二人はご馳走になった。

隊服のような服を着た若い女が部屋に入ってくると、テーブルに料理を並べる。

「リーダー補佐の、ナイラ・スヴェインです。よろしくお願いします!」

彼女はヴァルガンを「リーダー」と呼んだ。

「いただきます!」

空腹だったソラとチュウニは、勢いよく料理をかき込む。

「そうだ、聞き忘れていたんだが」

先に食べ終えたチュウニが口を開いた。

「あなた方は何者なんです? 灰灯りの市を拠点に、何をしている?」

ヴァルガンは軽く息を吐いた。

「いいだろう。教えてやる。ナイラ、始めろ」

「はい」

部屋の明かりが落とされ、小さなランプが浮かび上がる。

「かつて地球は、平和を享受していました」

芝居がかった口調でナイラが語り始める。

「しかし約七百年前、超大国同士による核戦争が勃発。人口は激減し、都市機能は壊滅した――かに見えました」

闇の中からヴァルガンが姿を現す。

「だが人類は終わらなかった。ヨロピアン大陸を中心に、政治、経済、文化、威厳――すべてを再建した」

「そうして誕生したのが、ヨーロッパ連合国です」

「だが、問題もあった」

「連合国建国に貢献した者たちは、自らを貴族と名乗り、民との間に線を引いた」

「当初は機能していた制度も、世代交代と近親婚で腐敗し――」

「無能な貴族が土地と人を支配し、重税と重労働を課す暗黒時代が始まった」

「それでも、人々は立ち向かった。ゲリラ、デモ、反乱軍……」

「今ではその火も弱まりましたが、その意志は生きている」

「そして――」

「その命脈を受け継ぐのが、我々《灰灯(はいとう)》です」

説明が終わるころ、ソラとチュウニはあくびを噛み殺していた。

(説明、長ぇ……)

ソラは間の抜けた拍手をする。

「要するに、負けを認められない反乱軍の残党ってことか?」

チュウニは毒づいた。

「行くぞソラ。こんな連中に関わるだけ無駄だ」

立ち上がり、部屋を出ようとする。

「待てよ」

「負け犬に用はない」

「俺たちは情報を持っている。お前たちが一生知り得ない極秘事項だ」

チュウニの足が止まり、振り返る。

「どうせ遠吠えだろ?」

「知らずに吠える方が、よほど滑稽だ」

ヴァルガンとナイラがくすりと笑う。

「なら証明しろ。情報を出せ」

ヴァルガンは苦笑した。

「エリーデを倒せる実力を見せろ。そしたら教えてやる」

---

夜。

寝室のベッドで二人は天井窓の星空を見上げていた。

「数日で勝てると思ってるのか?」

チュウニは苛立ちを隠さない。

「なぁ、チュウニ」

「なんだ」

「どうして、俺に付き合ってる? 君は別の目的があるはずだ」

沈黙。

「俺の本名はチュウニ・ビョウカンジャじゃない。本名は、ラカール・ビョウカンだ」

その名に、ソラは息を呑む。

軍御用達の研究者一族――数年前、粛清されたはずの家名。

「……冗談だろ」

「本当だ」

「どうして生きてる?」

「家が焼かれた時、俺は修行中だった。身代わりの死体があったんだろう」

「……生きててよかったな」

ラカールは視線を逸らす。

「そのおかげで、復讐ができる」

「誰に?」

「軍だ」

「軍に?」

「五百万を擁するヨーロッパ連合国軍だ」

ラカールは不敵に笑った。

「勝つには、仲間が必要なんだ」

「だからヴァルガンたちを?」

「利用するだけだ。情報のためにな」

布団を被り、ラカールは目を閉じた。

(命懸けなのは、俺だけじゃない)

ソラは星空に手を伸ばした。

---

翌朝。

朝食を終えた二人は訓練所へ向かう。森林に囲まれた、柵付きの空間だ。

そこには既にヴァルガンがいた。

「いい目だ。覚悟を決めた顔だな」

「さっさと始めろ」

ラカールが言う。

「軍への復讐か、ラカール君」

一瞬、ラカールが身構える。

「……なぜ知っている」

「盗み聞きだ」

ヴァルガンは笑った。

「まず言っておく」

腕を組み、二人を見下ろす。

「今日から三日間――武器は禁止だ」

ソラとラカールは、同時に眉をひそめた。

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