紅剣の探索者第5話
男の拠点は、灰灯りの市のさらに奥――
かつて軍の補給庫だった地下施設を改造したものだった。
天井は低く、柱は太い。
壁には無数の傷や焦げ跡が残り、ここで何が行われてきたのかを雄弁に物語っている。
「俺の名前はガン。ガン・ヴァルガンだ。よろしくな」
拠点の居間に置かれた椅子に腰掛け、ヴァルガンはそう名乗った。
「俺はアマギ・ソラ。よろしく」
ソラはまっすぐに手を差し伸べる。
「勘違いするな。俺たちは味方じゃない。利害が一致してるだけだ」
そう言ってヴァルガンは立ち上がり、手を伸ばそうとした――その瞬間。
「え?」
首筋に、何かが触れた感触。
気づけばそれは、ヴァルガンの手だった。
「無防備に首を晒すな。俺が敵だったら、手刀一発であの世行きだぞ」
軽く笑いながら、ヴァルガンは手を引っ込める。
「そういやお前、あのエリーデに剣を奪われたんだよな?」
「……うん」
ソラは幕舎での出来事を思い出す。
一撃で叩き伏せられ、剣を奪われた、あの屈辱。
「そいつは厄介な相手だ」
ヴァルガンは再び椅子に腰を下ろした。
「よって、ここで一つ提案がある」
「提案?」
「少し修行してみないか? 二人とも。あのゴミ人間を倒せるくらいになるまでな」
ソラとチュウニは顔を見合わせた。
「お前らみたいな小粒がエリーデの元に突っ込んだところで、死ぬだけだ。修行しないなら、俺たちは協力しない」
「剣を取り戻すためだ。やろう!」
「死ぬつもりはない。その話、乗った!」
二人は、ヴァルガンが言い終わるより早く即答した。
ヴァルガンは口角を上げる。
「よし、決まりだ」
---
その夜、二人はご馳走になった。
隊服のような服を着た若い女が部屋に入ってくると、テーブルに料理を並べる。
「リーダー補佐の、ナイラ・スヴェインです。よろしくお願いします!」
彼女はヴァルガンを「リーダー」と呼んだ。
「いただきます!」
空腹だったソラとチュウニは、勢いよく料理をかき込む。
「そうだ、聞き忘れていたんだが」
先に食べ終えたチュウニが口を開いた。
「あなた方は何者なんです? 灰灯りの市を拠点に、何をしている?」
ヴァルガンは軽く息を吐いた。
「いいだろう。教えてやる。ナイラ、始めろ」
「はい」
部屋の明かりが落とされ、小さなランプが浮かび上がる。
「かつて地球は、平和を享受していました」
芝居がかった口調でナイラが語り始める。
「しかし約七百年前、超大国同士による核戦争が勃発。人口は激減し、都市機能は壊滅した――かに見えました」
闇の中からヴァルガンが姿を現す。
「だが人類は終わらなかった。ヨロピアン大陸を中心に、政治、経済、文化、威厳――すべてを再建した」
「そうして誕生したのが、ヨーロッパ連合国です」
「だが、問題もあった」
「連合国建国に貢献した者たちは、自らを貴族と名乗り、民との間に線を引いた」
「当初は機能していた制度も、世代交代と近親婚で腐敗し――」
「無能な貴族が土地と人を支配し、重税と重労働を課す暗黒時代が始まった」
「それでも、人々は立ち向かった。ゲリラ、デモ、反乱軍……」
「今ではその火も弱まりましたが、その意志は生きている」
「そして――」
「その命脈を受け継ぐのが、我々《灰灯(はいとう)》です」
説明が終わるころ、ソラとチュウニはあくびを噛み殺していた。
(説明、長ぇ……)
ソラは間の抜けた拍手をする。
「要するに、負けを認められない反乱軍の残党ってことか?」
チュウニは毒づいた。
「行くぞソラ。こんな連中に関わるだけ無駄だ」
立ち上がり、部屋を出ようとする。
「待てよ」
「負け犬に用はない」
「俺たちは情報を持っている。お前たちが一生知り得ない極秘事項だ」
チュウニの足が止まり、振り返る。
「どうせ遠吠えだろ?」
「知らずに吠える方が、よほど滑稽だ」
ヴァルガンとナイラがくすりと笑う。
「なら証明しろ。情報を出せ」
ヴァルガンは苦笑した。
「エリーデを倒せる実力を見せろ。そしたら教えてやる」
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夜。
寝室のベッドで二人は天井窓の星空を見上げていた。
「数日で勝てると思ってるのか?」
チュウニは苛立ちを隠さない。
「なぁ、チュウニ」
「なんだ」
「どうして、俺に付き合ってる? 君は別の目的があるはずだ」
沈黙。
「俺の本名はチュウニ・ビョウカンジャじゃない。本名は、ラカール・ビョウカンだ」
その名に、ソラは息を呑む。
軍御用達の研究者一族――数年前、粛清されたはずの家名。
「……冗談だろ」
「本当だ」
「どうして生きてる?」
「家が焼かれた時、俺は修行中だった。身代わりの死体があったんだろう」
「……生きててよかったな」
ラカールは視線を逸らす。
「そのおかげで、復讐ができる」
「誰に?」
「軍だ」
「軍に?」
「五百万を擁するヨーロッパ連合国軍だ」
ラカールは不敵に笑った。
「勝つには、仲間が必要なんだ」
「だからヴァルガンたちを?」
「利用するだけだ。情報のためにな」
布団を被り、ラカールは目を閉じた。
(命懸けなのは、俺だけじゃない)
ソラは星空に手を伸ばした。
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翌朝。
朝食を終えた二人は訓練所へ向かう。森林に囲まれた、柵付きの空間だ。
そこには既にヴァルガンがいた。
「いい目だ。覚悟を決めた顔だな」
「さっさと始めろ」
ラカールが言う。
「軍への復讐か、ラカール君」
一瞬、ラカールが身構える。
「……なぜ知っている」
「盗み聞きだ」
ヴァルガンは笑った。
「まず言っておく」
腕を組み、二人を見下ろす。
「今日から三日間――武器は禁止だ」
ソラとラカールは、同時に眉をひそめた。
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