紅剣の探索者第4話「初陣」

8 2026/01/14 19:44

チュウニが投げつけた机は飛んでくるゴミを落としながら、ゴミ人間の少女に向かう。

そしてそのままチュウニは右に迂回し、ゴミ人間の背後に回り込む。

(なるほど、机は防御であると同時に目隠し!)

机は鋭利なゴミの集中砲火によって粉々に砕け散る。だがその時には、ゴミ人間の背後に拳を繰り出そうとするチュウニがいた。

「こっちだ」

そしてチュウニは拳を突き出す。

拳は、確かにゴミ人間の少女の頭を捉えた――ように見えた。

だが、衝撃音は鳴らなかった。

チュウニの拳は空気を殴るだけだった。

「……は?」

少女の姿は、一瞬、わずかに揺らいだように見える。

髪や服の一部が飛び散った。一瞬で。

チュウニは後退したが、少女の後ろ姿は微動だにせず、むしろ集中しているようだった。

飛んでいたゴミも、少女の意志に従うかのように空中で静止する。

「捕まえた」

背後から、少女の声。

チュウニが振り向くと、先ほどの衝撃で形が崩れたはずの部分が、すぐに再構築されていた。

手元のゴミが一斉に舞い上がった。

そのゴミの塊が、まるで自分の意志を持っているかのようにチュウニに向かう。

「うっ…!」

避けようとしたが、飛んできたゴミの一部が腕や肩に当たり、衝撃でバランスを崩す。

攻撃力そのものは高くない。だが次々と繰り出されるゴミの攻撃に体勢が崩れ、足元がふらつく。

「くそ…!」

チュウニは必死に踏ん張り、腕を振り払う。

しかし少女は冷静に、ゴミを盾や障害物のように自在に操作し続ける。

チュウニは次の攻撃を仕掛けようとするが、体勢が崩れているため力が入らない。

少し離れた場所でソラは息をのむ。

(……あれは殴って倒せる相手じゃない)

どんなに衝撃を加えても、少女は形を保ち、柔軟に対応してくる。

攻撃は、ただ彼女の動きを確認するための「試し」にすぎない。

ソラは前に出る。

「チュウニ、下がれ。

あれは――俺が止める」

少女がゆっくり首を傾げる。

「チュウニ、下がれ!」

指示に従い、チュウニは足を滑らせるように後退する。

ソラは即座に周囲の環境を利用する。

(倒れている机、散乱したゴミ、壁の角を盾や障害物に見立て、奴の攻撃が直線的に届かない位置へ誘導することができれば…!)

ソラは一歩ずつ下がり始めた。少女は何も考えずにソラを歩きながら追いかける。

(よし、誘導はできているな)

ソラはゆっくりと後退を続けた。

足元のゴミを蹴散らさないよう、音を殺して歩く。

少女は無言のまま、一定の距離を保って追ってくる。

視線は、ただソラだけを捉えていた。

(……思った通りだ)

少女は“操って”いるが、“見て”はいない。

ゴミの流れ、空間、地形――そういったものを把握する素振りがない。

そして背後は壁際。

(この壁……響きが軽い。中が空洞だ)

ソラは直感的に、そこへ敵の攻撃を誘った。

ただ、敵と定めた対象を追い、包み、潰す。

「……止まれ」

ソラは低く呟き、わざと足をもつれさせた。

少女の周囲で、ゴミが一斉に加速する。

直線的な殺意。

(来た)

ソラは身を翻し、壁際へ飛び込んだ。

その瞬間、飛来したゴミの塊が、壁に激突する。

――崩落。

老朽化した地下構造は、衝撃に耐えられなかった。

石と鉄骨が崩れ落ち、通路の半分を塞ぐ。

ーーーー

日が傾くころには、

二人とも立っているだけで精一杯だった。

チュウニは片膝をつき、息を荒げる。

「……参ったな。さすがに、体力が持たん」

ソラの拳は腫れ、感覚が鈍くなっていた。

それでも、少女はまだ“そこにいる”。

ゴミの山の上。

じっと、二人を見下ろして。

その時だった。

「――そこまでだ」

低い声が、地下に響いた。

空気が変わる。

少女の動きが、ぴたりと止まった。

闇の奥から、足音が近づいてくる。

昼と夜の境目の光が、崩れた通路の向こうから差し込んだ。

「……まだ、こんなところに居たのかよ」

現れたのは、あの男だった。

黒髪、30代。隊服のような服装。

彼は少女を一瞥し、次にソラとチュウニを見る。

ソラはかろうじて男と目線を合わせた。

(勝てなかった…)

(いや、これは完全なる、敗北)

ソラの胸が徐々に重たくなる。

(俺は、弱い。だから、誰からも認めてもらえない。剣も、戻り戻せない)

だが男はふっと笑った。

「夕方まで殴り合って、二人とも生きてる。――上出来だ」

男は短く言った。

少女はしばらく黙っていたが、

やがてゴミを地面に落とす。

がらがらと音を立て、静寂が戻った。

男はソラに近づく。

「剣はない。だが――」

ソラの腫れた拳を見る。

「逃げなかった。折れなかった。それで十分だ」

ソラは息を整えながら、睨み返す。

「……勝ってない」

「分かってる」

男は笑った。

「だから、2人とも合格だ」

チュウニが顔を上げる。

「合格?」

「俺が求めているのは、“勝ちたい奴”じゃなく、“折れない奴”だ。これから待ち受けているのは、逆境。だから決して折れるな」

男は踵を返す。

「来い。仲間が待っている」

ソラは、崩れた地下を振り返った。

少女は、もうこちらを見ていなかった。

ゴミの山に戻り、再び“市の一部”になっていた。

(……勝てなかった)

それでも。

(生きて、進めた)

ソラは拳を握り直し、男の背中を追った。

ーーーー

ー謎の男に導かれ、ソラは歩き出す。この男との出会いで歴史の歯車が狂いだすことを、当事者たちはまだ知らない。

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