紅剣の探索者第9話
ヴァルガンとナイラの作戦は、成功したと言ってよかった。
ヴァルガンらが補給庫を爆破してから半日以内に、エリーデの居城であるダキア城から三個大隊が出撃したのだ。
夜明け前、ヴァルガンはその様子を、ダキア城を包む森林地帯――一本の太い枝の上から捉えていた。
「始まったな」
ヴァルガンがそう呟くと、木の麓で待機していたナイラが軽く頷いた。
三個大隊。およそ二五〇〇名。
兵たちは列を崩すことなく、城下町を行進している。
一羽の伝書鳩が、二人の頭上を旋回し、やがてヴァルガンの腕に舞い降りた。
「さすがは女傑。決断が早い」
エリーデは、南補給庫爆破の報を受けてから、わずか二時間ほどで出撃準備を整えていた。
誠に、名将と呼ぶにふさわしい。
鳩が咥えていた紙切れを広げる。
『ダキア軍は南補給庫、第二税関所、そして灰灯りの市へと進軍を開始。
――ティルゴ』
ヴァルガンは紙を手にしたまま枝から飛び降り、ナイラの隣へと歩み寄った。
「ティルゴからの連絡だ」
ナイラは紙を受け取り、目を走らせる。
「南補給庫と第二税関所への進軍は予想通り。でも、灰灯りの市に向かうとは思わなかった」
「俺の勘だが……」
ヴァルガンは一拍置いてから続けた。
「犯人を捕らえられなかった場合、灰灯りの市の無法者を捕まえて、身代わりに仕立て上げる気だろう」
「そんな……ひどいね」
ナイラは語尾を落として呟いた。
「いずれにせよ」
ヴァルガンは言葉を継ぐ。
「三個大隊は、ルート的にこの森を抜けるまでは分散できない」
そう言って、彼は走り出した。
「朝日が昇る前に、決着をつけるぞ」
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ダキア軍三個大隊を率いていたのは、ホルトシュタイン中佐だった。
肥満体で、いかにも非力そうなその中佐は馬上にあり、周囲を同じ貴族出身の将校たちで固めていた。
一人の兵士が灯りを掲げ、行軍の周囲をわずかに照らしている。
中佐は大きなあくびを噛み殺した。
「まったく、エリーデの野郎……こんな夜中に叩き起こしやがって。実力があるのかどうか知らんが、我々貴族に対して八つ当たりが過ぎるだろう」
周囲の若い貴族将校たちが、口々に同意する。
「今回の戦で武功を挙げ、エリーデを総督の座から引きずり下ろしてやりましょう」
「犯人など捕まらなくてもいい。身代わりを用意すれば済む話だ!」
中佐はそう言って高らかに笑った。
その瞬間、周囲の警戒は――もともと高くはなかったが――完全に弛緩した。
その隙を、ヴァルガンは逃さない。
木の枝の上でライフルを構える彼の姿は、たった一つの灯りでは見えなかった。
そして、笑い声を上げる中佐たちは、自分たちが待ち伏せされている可能性すら考えていなかった。
「凡人の戦い方は、あまり気乗りしないがな」
ヴァルガンはライフルを連射した。
無数の弾丸が、青年貴族たちの胴体を貫く。
「ぐあっ!」
致命傷を負った将校たちは、次々と地面に倒れ伏した。
「な、敵襲か!?」
突然の奇襲に、中佐は驚いて落馬した。
中佐は必死に体勢を立て直し、胸ポケットからピストルを引き抜く。
「う、撃ち返せぇ!」
その号令で兵士たちは散開し、攻撃主がいるであろう頭上へと一斉に発砲した。
ヴァルガンは半ば本能のままに弾丸を避け、かすり傷一つ負わない。
「締めといこうか」
彼は枝から枝へと跳び移りながら、胸元から短刀を取り出し――
ひょいと、中佐の胸元へ投げつけた。
短刀は左胸を貫く。誰もがそう思った。
だが中佐は、避けようとした拍子に足元の石につまずいた。
体勢を崩して倒れ込む。
短刀は左胸ではなく、左肩に深々と突き刺さった。
「う……ぐはぁ……!」
兵士たちの射撃は止まらない。
「計画成功だ……」
ヴァルガンはそう呟き、その場から退避した。
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朝日が昇り始めていた。
司令部を奇襲されたダキア軍は、森の中で行軍を停止する。
ホルトシュタイン中佐の取り巻きの貴族将校を失った影響は大きかった。
ヴァルガンは木々の上を走り抜け、敵兵の射撃をすべてかわしていく。
そして、離れた森でナイラと合流した。
「敵軍に動きがあるわ。三個大隊が密集隊形を取り、進軍を完全に停止した」
「想定通りだ」
ヴァルガンは表情一つ変えずに答えた。
「中心部を奇襲されたことで、敵は見えない敵に怯えている」
ナイラは静かに頷く。
「ここからは揺さぶりだ。覚悟はいいな?」
「……ええ」
「初めての実戦だが、大した敵じゃない。気楽にやれ」
そう言って、ヴァルガンは再び走り出した。
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ダキア城・練兵場。
グラン・ベルガンは空を見上げていた。朝日が、ゆっくりと昇っていく。
「……負けてるな」
グランはぼそりと呟いた。
「どうかしましたか、グラン様」
近くにいた若い男が尋ねる。
「いや、なんでもない」
グランはそう付け足した。
「それより、ネブラ。何か用か?」
ネブラと呼ばれた若い男は、即座に答えた。
「エリーデ総督よりお呼び出しでございます」
「俺たちをこき使うつもりだな」
「おそらく」
「おい、ネブラ」
「は」
グランはネブラを指差した。
「俺たちはエリーデの与力に過ぎん。あの女に、こき使われる必要はない。そうだろう?」
「その通りでございます」
グランはニヤリと笑った。
「大体、俺様のグラン陸軍を見てみろ。どう見ても、エリーデ軍の雑魚どもより精兵だ。軍統率の質も、俺の方が上だ!」
「相変わらず、声だけはでかいな」
背後から声がかかり、グランは思わず肩をすくめた。
練兵場の塀の上に、エリーデが立っていた。
グランとネブラは慌てて跪く。
「こ、これは……ご足労、痛み入ります!」
「構わん。好きにせい」
エリーデは塀に腰掛け、朝日に向かって手をかざす。
「美しいだろう。この太陽の眺めは」
「は、はぁ……」
(何を言い出すかと思えば……そんな、どうでもいい話など……)
グランは立ち上がった。
「領民の誰もが、美しい朝日を拝める。そんな政を、私はしたいのだ」
エリーデは拳を握りしめる。
「だが、邪魔者は許さん。グラン・ベルガンよ。私の作戦通り、反乱軍を攻撃せよ」
「はっ!」
グランとネブラは、揃って敬礼した。
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森の中。
ヴァルガンは、敵兵に追われていた。
密集した敵部隊に揺さぶりをかけ、極度の混乱状態へと叩き落としている。
隊列の外側にいる小隊へ奇襲を仕掛け、逃げ、そして追わせる。
追撃してきた小隊は、待ち構えていたナイラの狙撃と、ヴァルガンらが仕掛けた罠によって多くの兵を失い、やがて追撃を断念していた。
「アクトル隊、密集陣形を崩さず追撃せよ」
アクトル少尉の部隊が、ヴァルガンを追っていた。
「発泡許可願います」
無線が入る。
「発泡を許可する! 必ず仕留めるのだ!」
銃声が、森の中を覆った。
「ぐはっ!」
「うっ……」
銃声に紛れ、アクトルの周囲を進んでいた兵士たちが次々と倒れていく。
(なんだ……? まさか、敵の反撃か……?)
アクトルは足を止めた。
「アクトル隊、攻撃やめ! 防御陣形!」
部隊は密集し、低く構えながら、慎重に前進する。
だが、それでも兵士たちは次々と撃ち抜かれていく。
(遠距離からの……狙撃?)
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「敵を追撃はしましたが、敵の増援もあり、途中で断念いたしました」
アクトルは、ホルトシュタイン中佐にそう報告した。
中佐は左肩に重傷を負い、座ったまま看病を受けているところだった。
「敵の……増援だと……?」
中佐は、相変わらず狼狽えている。
「恐れながら申し上げます。
我が軍が森の中を右往左往している間に、すでに見えざる敵軍に包囲されているのではありませんか?」
アクトルが口調を強めて言うと、中佐は苦悶の表情を浮かべた。
「そんな……まだ出陣してから、数時間しか経っていないのだぞ……そんな作戦運用が、反乱軍に……」
「こうなれば、一か八か。全軍で突撃し、城へ戻るか、前進するか――選ぶしかございません」
その時、森の奥で轟音が響いた。
数台の装甲戦車が、木々をなぎ倒しながら前進してくる。
グラン・ベルガン率いる、装甲戦車部隊であった。
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ダキア軍を釘付けにしたヴァルガンたち。
次に彼らの前に立ちはだかるのは――装甲戦車だった。
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