紅剣の探索者第10話
ティルゴは人目につかない場所で、再び伝書鳩を放った。
遠く離れた森の中で、ヴァルガンがそれを受け取る。
『装甲部隊襲来! 至急退避されたし!』
紙には、そう記されていた。
耳を澄ませば、遠くから車両の走行音が聞こえ始めている。
「戦車を相手にするのは、さすがにきついな」
ヴァルガンがぼそりと呟くと、そばにいたナイラが反応した。
「どうするの?」
「ここからは別行動だ。俺が時間を稼ぐ。ナイラは先に拠点へ戻れ。ソラとラカールと合流しろ」
ナイラは返答しなかった。
その場に立ち尽くしていると、ヴァルガンが手で彼女を払う。
「命令を聞けない部下を育てた覚えはない。行け」
「一つ、約束してください」
「なんだ?」
ナイラは振り返り、歩き出しながら言った。
「死ぬのは勝手です。でも、せめて生きようとする努力はしてください」
「……わかった」
そう言って、二人は反対方向へと駆け出した。
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グラン・ベルガンは装甲戦車部隊を停止させた。
戦車の周囲には、ホルトシュタイン中佐と思しき人物と、数名の兵士が立っている。
グランはネブラとともに戦車から降り、地面へ飛び降りた。
中佐の隣には、将来有望そうな若い士官が直立している。
「名は?」
「アクトル少尉であります」
「十人選べ。俺の部隊について来い」
「はっ!」
アクトルは敬礼し、即座に兵士を選び始めた。
「ネブラ!」
「なんでしょーかー!?」
「出発だ!」
グランは再び戦車に乗り込む。
部隊は再び進軍を開始した。
モニターには、後方から必死に走って追いつこうとするアクトルの姿。
やがて画面中央には、進路正面の映像が映し出される。
戦車は停止した。
グランはスピーカーのスイッチを入れ、わざと間を置いてから口を開く。
「……で、なんだ貴様は?」
声は低く、妙に落ち着いていた。
「こちらはダキア軍だ。道を塞ぐ権利があると思っているなら、今すぐ考え直せ。さもないと――“不幸な事故”が起きる」
男は動かない。
グランは鼻で笑い、アクセルに足をかけた。
(なるほど。英雄気取りか。それとも、死に場所を探しているだけの愚か者か)
「心が狭いな、お前」
「……?」
男――ヴァルガンは、背中のライフルを抜き、戦車へ向けて撃ち始めた。
「ほう」
グランは感心したように呟く。
「逃げもせず、よく当てる。反乱軍というのは、いつも無駄に勇ましい」
スピーカー越しに、ねっとりとした声が重なる。
「でもさぁ〜、それで“効いてるつもり”なのが可愛いんだよねぇ。ねぇグラン様?」
ヴァルガンは走りながら射撃を続け、戦車の側面、そして背後へと回り込む。
グランは戦車を止め、ゆっくりと外へ出た。
戦車の天井に立ち、見下ろすように言う。
「見せてもらった。努力は認めてやろう」
口元に、薄い笑み。
「だがな。最新鋭戦車というのは、努力や根性で壊れるようにはできていない。残念だったな」
「つまりさ〜」
ネブラの声が続く。
「君が今やってるのって、吠えながら鉄板叩いてるだけなんだよ。いやぁ、失笑失笑」
ヴァルガンは何も言わず、ライフルを構えた。
「まだ続ける気か?」
グランは肩をすくめる。
「理解が遅いのは反乱軍の共通点だな。武器を捨てろ。命だけは残してやる。牢屋で“自分がどれだけ無力だったか”考える時間くらいは与えてやる」
「グラン様、優しすぎません?」
ネブラがくすくす笑う。
「飼い犬なら首輪つけてやれば喜ぶかもですよ〜? あ、噛むなら処分ですけど」
次の瞬間、銃声。
「……チッ」
弾丸がかすめ、グランは即座に戦車から飛び降りた。
「礼儀を知らん奴だな」
背後から兵士たちが迫る。
数人の兵士が接近し、剣を振り下ろす。
ヴァルガンはライフルで剣を受け止める。
次の瞬間、二人の兵士が崩れ落ちた。
(何だ、今の……手刀、だと?)
グランは戦車の脇から、その光景を見据えていた。
兵たちは徐々に距離を詰め、ヴァルガンを包囲しようとする。
だがヴァルガンは駆けた。
自ら敵陣へ踏み込み、得意の手刀で次々と兵士の急所を打ち抜いていく。
そして、そのまま戦場を突破した。
グラン、ネブラ、そして追いついたアクトルは戦車に乗り込む。
「発進!」
ヴァルガンが包囲を突破し、森へと消えた。
グランは戦車へ戻りながら、吐き捨てるように言う。
「逃げたか。まあいい」
「ですねぇ」
ネブラは楽しそうだ。
「どうせ、どこへ行っても同じですよ。戦車相手に一人で足掻いた“勇敢な馬鹿”ってだけですし」
アクトルが追いつき、戦車に乗り込む。
「発進だ」
グランの声は、すでに興味を失っていた。
戦車が動き出す。
「さぁて」
ネブラが小さく笑う。
「どれくらい保つんでしょうねぇ、あの人」
アクトルが少し眉を顰めたが、グランは気にしなかった。
こうして、戦車とヴァルガンの追走が始まった。
ーーーー
ソラは、外で木刀を握っていた。
そして、振る。
エリーデに剣を奪われてから――
剣を振るのは、あの日以来だ。
今のソラに、戦う力はないと言っていい。
この間の訓練で、何がどう成長したのか。
正直なところ、ソラ自身にはまったくわからなかった。
「ダキア城に突入するか、ここに残るか。数時間で決めなさい」
戻ってきたナイラに、そう告げられた。
「選択の余地はない。この戦力差での突入は、絶望的だ」
ラカールは、いつも通り冷静に言った。
雨が、ぱらぱらと降り始める。
やがてそれは大粒になり、視界を覆い尽くした。
「雨は、嫌いだ……」
ソラは、そうつぶやく。
ソラは木刀を捨て、拠点の部屋に走って戻った。
「やっぱり戦おう」
ソラはドアを開けざまそう言った。
ラカールとナイラが、顔を見上げる。
ナイラが、息を吐いた。
「なら、やるしかないわね」
ラカールは、重い顔をあげてソラを見やる。
「高確率で死ぬぞ。それでもいいのか?」
その問いに、ソラは自信を持って答える。
「……大丈夫だ。俺が行く」
少しの間で、ソラがそう言うと、ラカールは腰を上げた。
ナイラも微笑みながらラカールに続く。
「出発ね。ダキア城へ」
3人は、外へ出た。
ナイラは拳銃を手に持っており、ラカールも何やら怪しい棒を持っていた。
ソラは手ぶらである。
そのとき、足元で小さな音がした。
――ぱき。
見れば、踏み割られた芽があった。
雨の中、必死に伸びようとしていた、名もない草だ。
「……あ」
声にならない声が漏れる。
誰にも気づかれない。
誰も責めない。
この芽は、ただ死んだ。
その瞬間、胸に落ちたのは、妙に重い感覚だった。
(戦わなければ、生きられないものがある)
(でも、戦わなければ、踏み潰されるものもあるものも、ある)
城に行かなければ、安全だ。
だが、その「安全」の下で、
こうして何かは、静かに壊れていく。
その一歩は、小さかった。
だが、確かに戻れない一歩だった。
戦う。決意だ。

