紅剣の探索者第3話

9 2026/01/12 10:50

雨音が、激しい。

兵士たちの怒号は次第に悲鳴に変わり、やがて何も聞こえなくなった。

「邪魔者が消えたようだな」

道中の死体を蹴り飛ばし、ミノグチは静かに歩き続ける。雨と暗闇が、殺気を消していた。

「俺とお前は、互いを求めている。なぜなら、強者だからだ。それが、強者たるものの宿命」

そして暗闇から、人型の何かが現れた。ミノグチは身構える。

「安心しろ。小細工は弄していない」

不審者はミノグチに声を投げかけた。フードで顔はよく見えないが、明らかに女の声だった。

「ゴミは処理しておいた」

不審者は死体の襟を掴むと、勢いよくミノグチに投げつけた。

ミノグチはひょいとかわす。

「かかってこい」

ミノグチは腰から竹棒を取り出した。

ーーーー

ソラとティルゴはしばらく突っ立ったままだった。

「損害を報告!そして付近の巡回隊に援軍を要請しろ!」

エリーデの怒声に、ティルゴは跳ねた。報告役の兵士たちがエリーデの元へ走り込む。

「報告します! 第2小隊全滅!」

「第4小隊壊滅!」

「第5小隊音信不通!」

「ドロス中尉お討ち死に!」

「第3、第7、第9小隊半壊!」

次々と届けられる報告に、エリーデは顔を顰めた。

(私の隊は9つの小隊で構成されている。小隊一つの兵数は100人。敵が襲来してからわずか10分足らずで、すでに450人も…!)

銃声と悲鳴が雨音を凌駕し、風に乗って容赦なく耳に流れ込む。

「援軍を派遣するのは構わない。しかし今は、一刻も早く隊長の安全を確保するべきです。せっかくその剣を見つけたのです、命を失わないよう逃げてください」

ティルゴがそう言った。エリーデは少し考えるような表情を見せる。

(この剣を失えば、全てが終わる。ここで死ぬわけにはいかない)

その答えがエリーデの行動を決めた。

「お前の言うことはもっともだ。この剣を使えば、この星を正しい方向へ導ける。口惜しいが、私はここを脱出する」

エリーデはソラの剣を腰に差し、衛兵を連れて去っていった。

「ティルゴ、殿は任せる。しかし、死ぬなよ」

エリーデは馬に乗り、そのまま駆け去る。

「さて、と」

ティルゴは胸ポケットから煙草を取り出した。残ったソラとチュウニを見据える。

「あいにくだが、俺は殿などやるつもりはない。選ばせてやる。ここで敵と戦って玉砕するか、俺に従うか」

悲鳴と銃声は鳴り止まない。

「答えは、決まっているな」

チュウニが口を開く。ソラは静かに頷いた。

ーーーー

平和だった野営地の草原は、無数の屍と使い捨てられた武器の溜まり場になっていた。

ゆっくりと迫る足音。おぞましい気配と共に近づいてくる。

ミノグチは地面を這った。

(クソ、俺の攻撃が全て効かない…)

近づく敵の背後に、一人の兵士がいた。

「この化け物がァ!」

兵士の剣が敵の背中を斬る。血が舞った。

だが敵はポケットからピストルを取り出し、振り向きざまに兵士の頭を撃ち抜く。兵士が倒れる。

敵は斬られたことなど何もなかったかのように、再びミノグチを直視する。

(こいつ、人間じゃねぇ…)

背後から心臓を撃たれ、ミノグチの視界が暗くなった。

ーーーー

ティルゴはソラとチュウニの5歩ほど前を歩く。

彼の歩くペースは変わらず、チュウニは呼吸を乱さず淡々と歩いていた。

ソラは軽く走ってティルゴの隣に寄る。

「どこに行くつもりだよ? おっさん」

「友人を頼る。あいつらは訳ありだが、悪い奴じゃない」

ティルゴは歩みを緩めず、前を見据えて答える。

「場所は〈灰灯りの市〉。地図には載らねぇが、追われる連中は必ず辿り着く」

「市?」ソラが首をかしげる。

「地下だ。廃都の骨の下にできた、影の集積地。法も旗もないが、情報と人情だけは残ってる」

チュウニが小さく鼻を鳴らす。「つまり、逃げ場か」

「半分はな」ティルゴは肩越しに振り返る。

「おいソラ、お前、剣を取り戻したいか?」

「うん。あれは、父さんの形見だから」

ソラは力強く頷く。

「ならいい」

ティルゴはそれ以上、語らなかった。

ソラは歩みを強め、呼吸を整える。剣はないが、感覚を研ぎ澄まし足音と匂いに意識を向ける。雨上がりの森は湿り、土、鉄、焦げの匂いが立つ。遠くで焚き火の匂いもする。

「止まれ」

ティルゴの低い声に、三人は同時に足を止める。

前方、崩れた石柱の陰に人影があった。数は一、だが気配は薄い。

「先ほどの敵か」チュウニが小声で言う。

「違う」ティルゴは首を横に振る。

「あれは敵じゃない」

影が一歩、明かりに出た。黒髪の男。30代に見える。隊服のようなものを着ている。

「ティルゴか。また軍務を放り出してたのか?」

ティルゴは答えず。

男は後ろのソラとチュウニに目を向ける。

「この子供たちは?」

「鞘だ」ティルゴはソラを指差す。男は頷く。

「こいつは紅剣を奪われた。だから、試せ」

ティルゴは歩き出す。

「ティルゴ!」ソラは追おうとするが、急に肩を掴まれる感覚があった。

(早い、早すぎる…肩を掴まれるまで気づかなかった)

ソラは肩に乗っかる手を握る。

「鞘って、何のことだよ?」

「愚問だ」男はフッと笑う。

「俺は拠点に戻る。それまでに、お前の実力を見せろ」

男はそのまま歩き去る。

チュウニは黙って後ろをついていき、ソラも後を追った。

ーーー

灰灯りの市。周囲はゴミの山で溢れかえっていた。ゴミを漁る人、ゴミで小屋を作っている人、今にも野垂れ死のうとしている人。

「それまでに、お前の実力を見せろ」

男の声がソラの頭の中を反芻する。

(実力?剣なしに、どうやって?)

ソラは静かに歩き続ける。

(コイツと戦って勝てということか?でも…)

「コイツは強いな。おそらくティルゴよりも」

突然、横からチュウニの声がした。

「実力を見せろ、か。簡単そうで難しい課題を与えられたものじゃないか」

チュウニは軽く笑う。

(実力を見せる方法、チュウニなら良いアイデアを持っているかもしれない。聞いてみるか?)

ソラはチュウニに尋ねようとしたが、踏みとどまった。

(いや、違うな。試練を与えられているのは俺で、チュウニには何の関係もないもんな)

道に、小さな少女が転がり込んできた。

ボロ服で、見るからに弱っている。

「大丈夫か?怪我はないか?」

少女は顔を覗かせ、表情を歪める。

「たす・・け・てぇ」

右足と左手には、空き缶がくっついていた。

「な・・」

少女の右足がソラの腰を蹴り、地面に転がる。背中に鈍い痛み。

「これは、ゴミ人間だ!」

チュウニがソラのそばに寄り構える。

「『ゴミ人間』?」

「あぁ、特定危険生物に登録されていて、非常に凶暴だ」

少女は背後のゴミの山に手をかざすと、ゴミが浮遊し始める。

「駆除命令は出ているが、成功例がない」

「来るぞ!」

ゴミの大群が二人に襲いかかる。

(数が多い!)

ソラは横に避け、チュウニは構えたままゴミを払う。

「おいチュウニ、避けろ!」

ゴミがチュウニを覆う。

「早く逃げろ!」

傷だらけのチュウニは立つ。両腕で上半身をガードする。

「大丈夫だ。致命傷はない」

チュウニは構えを崩しよろめく。

「だが気分は最悪だ。ソラ、余計な手は出すな」

チュウニは地面に落ちた壊れかけのテーブルを掴む。

そして飛んでくるゴミの大群に向けて勢いよく投げつけた。

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