紅剣物語第20話「過去」
ー数年前に遡る。
ソラとヒロトはテイシン村の神学校に通っていた。ヒロトはその学校の裏番長だった。
ソラの目には、ヒロトはただの不良には見えなかった。
地頭もよく、動きにも無駄がない。
本気を出せば何にでもなれるはずの男が、わざわざ道を外れている――その理由が、どうしてもわからなかった。
(力を持つ者ほど、どうして孤独に向かうんだろう)
そんな疑問が、当時のソラの中に芽生えていた。
テイシン村にはもう一つ幼年学校があり、そこに“秀才”と呼ばれる少年サイショがいた。
その友人である不良・ヨワッスが、ある日ヒロトに唾を吐いた。
あまりに意味のない挑発。
おそらくヨワッスは、ヒロトが自分を無視して通り過ぎようとしたことに腹を立てたのだろう。
しかし――その行動は、自分の命を賭けた愚行だった。
結果、ヨワッスは重傷を負い、サイショのもとへ転がり込む。
その報せを聞いたヒロトは、静かに槍を手に取った。
胸の奥で何かが熱を帯びていくのを感じながら。
ヒロトの心には怒りよりも、むしろ奇妙な高揚感があった。
“強者としての自分”を誰にも否定させたくない――そんな衝動が、血の底から湧いていた。
一方、サイショは苦悩していた。
「村一番の実力者・ヒロト」と正面からやり合うなど、割に合わない。
だが、ヨワッスたちの期待と圧力が逃げ道を塞いでいた。
(どうしてこうなる……。私はただ静かに学びたいだけなのに)
理想と現実の板挟みの中で、彼は一つの策を思いつく。
「幼年学校の近くに、ソラという不気味な剣を持った少年がいる。ヒロトとソラを戦わせれば、私は関わらずに済む」
その結論は、彼にしては珍しく卑怯なものだった。
だが、彼の中にある小さな恐怖が、理性を支配していた。
その頃、ヒロトの前に「案内役」と称する生徒たちが現れた。
「サイショが決闘!」と書かれた看板を掲げ、ヒロトをソラの家へと導いていく。
罠だとは知らずに、ヒロトはまっすぐ歩いた。
胸の内は、静かに燃えていた。
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「ヒロト、どうしてここに?」
玄関先でソラが気だるそうに言う。
「サイショはどこだ。決闘するって話を聞いた」
「そんな話、聞いた覚えはないぞ。それに……なんだこの人だかりは」
ソラが指差す先には、案内役の生徒たちが群がっていた。
人垣の視線に、ソラは小さな苛立ちを覚える。
自分の家が、まるで見世物の舞台のように扱われていることに。
「――ああ、すまんすまん。おい、お前らどっか行け」
ヒロトがしっしと追い払った、その瞬間。
ヨワッスたちが金属バットを振りかざして突っ込んできた。
不意打ち――だがヒロトは、笑っていた。
(あぁ、やっぱりこうでなくちゃな)
槍を構えると、彼は一瞬で金属バットを叩き折る。
風を裂くような一撃。ヨワッスたちは宙を舞い、無様に地に叩きつけられた。
「ぐわぁっ!」
鈍い悲鳴。
ヒロトの中に、一瞬だけ“快感”が走る。
自分が他者を圧倒する、その現実が、脳の奥を甘く痺れさせる。
(弱い奴が悪い。俺はただ――強いだけだ)
遠くでサイショが剣を手にその光景を見つめていた。
彼の胸に湧いたのは恐怖ではなく、屈辱だった。
(なぜ、ヨワッスたちは突っ込んだ? これでは私の計画が台無しだ……)
(まるで私は、臆病者の首謀者ではないか)
そこへ、ヒロトが振り返る。
「お、ようやく来たか。決闘してくれるんだろ?」
挑発的な笑み。サイショはその視線に射抜かれ、足が一瞬すくんだ。
(駄目だ……俺は怖がっているのか? “力”というものを)
「残念だが、お前の思い通りにはならなかったみたいだ。ソラは俺と戦わない。な?」
ヒロトの視線がソラを捉える。
その瞳の奥には、狂気にも似た光が宿っていた。
ソラは一瞬、背筋が冷たくなった。
彼は知っている――ヒロトは“戦い”を恐れていない。
むしろ戦いの中に生きるタイプだ。止めなければ、誰かが本当に死ぬ。
「さあ来いよ、秀才さん。せいぜい足掻け」
サイショは歯を食いしばり、魔法陣を展開する。
だがヒロトの動きは早かった。
槍で魔法陣を叩き壊し、そのままサイショへ突進。
その瞬間――ソラが飛び出した。
(止めなければ……!)
剣を中心に防御結界が張られるのは、何度も実験で確かめていた。
だが、これほどの衝撃を受け止めたのは初めてだった。
金属と光がぶつかる轟音。
ヒロトの体は大きく吹き飛び、地面に叩きつけられた。
「あれ……?」
ソラも目を見張った。
まさか、ここまでとは思っていなかった。
ヒロトはそのまま気絶していた。
静寂。
息を飲むサイショ。
そしてソラが、ぽつりと口を開く。
「サイショ、だっけ? 今度からは絡まれないように気をつけなよ」
彼の声は冷たくも優しかった。
だが胸の内では、別の感情がくすぶっていた。
(……俺がやったって、バレてないといいけど)
この一件を境に、ヒロトは変わった。
自分を過信すれば、思いがけぬ不意打ちを受ける。
戦いに意味はない。
そして、敵であっても敬意を持つこと。
その教訓は、彼の心に深く刻まれた。
誰の手で気絶したのか知らぬまま――。
それでも、ソラとの友情は壊れなかった。
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――道案内のニンを先頭に、ヒロト、ソラ、フリダケイの順で歩いている。
「おいニン、どうして味方になってくれたんだ?司教に忠誠は尽くさなくていいのか」
フリダケイがニンに声をかけた。
「だから言っただろ。俺はお前たちが司教に勝てると見込んだんだ。勝ち組につきたいさ」
ニンが得意げにそう言う。
「確か、この辺だった気がする」
日が暮れ、闇が足元を呑み込んでいく。
ソラは地面に突き出た鉄製の蓋のようなものを見つけた。地下に続いていそうだ。
「おーい、これじゃないか?」
ソラが声を上げる。だが、返事はない。
次の瞬間、空気が静まり返った。
まるで世界から、他の人間の気配だけが抜け落ちたかのようだった。
「……まずい、離れ離れになったか」
言葉とは裏腹に、ソラの胸は高鳴っていた。
一人で敵のアジトに乗り込む――危険と興奮が背中を押す。
(……やっぱり俺、こういう時が一番生きてるって感じるんだよな)
ソラは鉄の蓋に手をかけ、力を込めた。
重い音を立てて、それが勢いよく開く。
暗闇の中へ、ソラの影が吸い込まれていった。

