紅剣物語第37話「エンフェルム」
ソラは紅剣を軽く構え、男の動きを見つめる。男の表情が変わった。
「……それ、お前の剣か?」
男の声は冷静だが、瞳の奥には疑念が光る。
「そうだ。親父の形見だ」
「……なるほどな。だが不思議だ。伝説のこの剣を、どうしてお前の父が持っていた?」
ソラは笑みを浮かべる。
「不思議でも何でもない。ただ譲り受けただけだ…」
男は唇を引き締め、剣を構え直す。その動作は最小限だが、全身から緊張が伝わってくる。
「紅剣は数百年前の剣だ。火星軍による地球侵攻戦の際に量産された。今もその剣の使い手が生き残っているとかいないとか。一説では、紅剣を使えるのは謎の人造人間だけだと聞く」
互いに間合いを測りながら、足音ひとつ立てずに流れるように動く。
「人造人間の存在自体の証拠なんてないだろう?」
証拠はあった。反火星連盟が秘密裏に人造人間との抗争を始めていることは知らされていた。だがこの男が知るはずもない。
斬撃を交わし、槍や剣を擦り合わせ、互いの反応速度を探る。
(コイツは本気を出していないな。それなのにこの速度…)
「フン、一般人はそう思うだろうな。だが、俺はこの目で見た。人造人間! 実際に存在するんだ!」
「な…!?」
ソラは思わず声を上げる。隣で戦闘を観察していたヒロトも、表情を変えた。
「不自然な驚きだな。まるで、知っているのが自分たちだけではなかったかのような…」
「黙れ!」
ソラは剣を振り上げる。
「図星かよ…」
戦いは流し合いのまま数十秒続く。攻撃は当たらず、互いの剣が風を切る音だけが響く。
男は一瞬でソラの横へ迫り、その間にささやくように話す。
「俺の名前はカイン・カナクだ。エンフェルムで、待っている」
カイン・カナクは、風のようにその場から消えた。
ソラは背後を振り向いた。すでに男の気配すら消えている。
「あ!」
ヒロトがソラを指差す。見ると、ソラが握っていた紅剣が消えていた。
「なっ?剣は!?」
「あの野郎、ソラの剣を盗みやがった…!」
ヒロトが拳を握り締める。
「すぐに追いかけよう。今ならまだ間に合う!」
ソラがあっちの方角を指差し、駆け出そうとする。
「やめとけよ」
ヒロトはソラの肩に手をポンと置いた。
「なんでだよ?」
「強そうで、面白い男だったからだ」
ヒロトがそう言う。
「あぁ。あいつは紅剣について何か知っていそうだな。そして、とてつもなく強かった。なんのアイテムも持たない俺たちなんて、ただのザコだよ…でも、追いかけて奪い返さないと!」」
「あぁ追いかけるよ。どうせ俺たちはエンフェルムにいく定めなんだからさ」
ソラは次第に平静をとり戻した。
「さっきの戦闘見ただろ?アイテム武装したカナタを、ああやって切り伏せたんだぞ?」
ソラは先ほどのカインの戦い方を真似する。
「とりあえずエンフェルムに行こう。アイテムがなくても戦える方法が、わかるかもしれないだろ?」
ソラは夜空を眺めて、深呼吸した。
冷たい風に顔をなでられる。
戦いの余韻が体中に残っているが、不思議と胸の奥が熱くなる。
ヒロトが隣に立っている。無言で並ぶその背中を見て、ソラは改めて思った。
(俺たち、ここまで来たんだな……一緒に)
言葉はなくても、互いの存在が確かな支えになっている。
「あぁ。そして強くなって、カインにギャフンと言わせてやろう」
風が吹き、夜空が広がる。未来への希望が、静かに二人の心を燃やしていた。
ーーーー
魔法都市エンフェルムは、栄えていた。
通りには人々の活気が溢れ、魔法道具を扱う店、魔法の鍛錬に明け暮れる者、ならず者、そして仮想空間から訪れた参加者たちが入り混じり、都市は常に賑わいを見せている。
都市周辺には無数のダンジョンが存在し、それを目当てに多くの参加者がエンフェルムへ集まってくる。彼らが落とす金は、都市経済にとって大きな支えとなっていた。
だが、毎年五月。
この都市では一つの重大な行事が行われる。
――エンフェルム魔法祭。
戦いを志す者たちが都市中心部の決闘場に集い、武と魔法の腕を競い合う祭典だ。
しかし近年では、外部から来た“遊戯者”たちに占拠され、アークスクリプトを賭けた実利重視の大会へと変質していた。
武器屋アン・ナイーニンから聞いた話を思い出しながら、カイン・カナクは大通りを歩いていた。
先日の戦い。
エル・ソクシボーの知らせをきっかけに、カナタ組は新人プレーヤーを襲撃した。
その結果、カインは彼らを打ち破り、保有していたアークスクリプトをすべて手に入れた。
今や彼は、仮想空間内でも指折りの保有数を誇る存在となっている。
ソクシボーを取り逃した点は気がかりだったが、それを補って余りある成果だった。
「伝説の宝剣、紅剣を持つ少年……か」
カインの脳裏に、ソラの姿が浮かぶ。
数で劣りながらも一定以上の戦いを見せたこと。
そして、自分と互角に近い感覚で刃を交えたこと。
実力は分かる。
だが、その力の本質までは見えていなかった。
紅剣は、彼の潜在能力を引き上げているに過ぎない。
それ以上の何かが、確かにある。
「まだまだ伸びしろがある。俺とは違って、な」
そう呟いた瞬間、背後に異変を感じ取った。
振り向くと、いつの間にか周囲を武装した集団に囲まれている。
事態を察した通行人たちは、距離を取るように離れていった。
「カナク王国王族の生き残り、カイン・カナクだな?」
「そうだが」
短く答えると、男たちは一斉に武器を構えた。
「お前の首には懸賞がかかってる。この大会で優勝しなくても、分け前は十分ってわけだ」
代表格らしい男が、卑しい笑みを浮かべる。
「武を志す者が、賞金目当てとはな」
カインがそう返すと、周囲の敵意が一段と強まった。
次の瞬間、男たちが一斉に踏み込んでくる。
カインは剣を抜き、無駄のない動きで薙ぎ払った。
鋭い一閃に、男たちは悲鳴を上げ、次々と地面に倒れ伏す。
「……隙が多い」
彼らに背を向け、最後に残った男へ視線を向ける。
「ずっと尾行してたのは俺たちだ。お前の従者を始末したのもな」
その言葉に、カインの表情が曇る。
半年前、逃亡の途中で命を落とした少年の姿が脳裏をよぎった。
「黙れ」
男が刃物を突き出すが、カインはそれを弾き、間合いを詰める。
衝撃音とともに、男は大きく体勢を崩した。
「そこまでだ、クリスチアン」
静かな声が響く。
振り返ると、黄金の鎧を纏った銀髪の男が立っていた。
「続きは、エンフェルム魔法祭でだ」
銀髪の男は倒れた男を抱え、その場を去っていく。
カインは剣を握り締め、低く呟いた。
「……覚えていろ」
――――――
数時間後、ソラとヒロトもエンフェルムに到着していた。
あまりの人の多さと賑わいに、田舎育ちの二人は思わず足を止める。
怪しげな商人に声をかけられたり、盗人に狙われたりしながらも、ようやく大通りの終点へ辿り着いた。
そこにそびえていたのは、巨大な円形闘技場だった。
「ローマの闘技場みたいだな」
「今回のエンフェルム祭は、方向転換してるらしい」
ヒロトはパンフレットを見ながら説明する。
「主催は大魔法使いゼル・アル=カーディナ。
彼に一撃でも与えられたら、アークスクリプトを山分け。
誰も傷つけられなかったら……全部没収、だってさ」
「つまり」
ヒロトが指を鳴らす。
「保有数ゼロの俺たちは、負けてもノーリスクってわけだ」
受付を済ませ、二人は闘技場へ入る。
すでに多くの参加者が集まり、観客席は歓声に包まれていた。
「カイン・カナクは……」
「気配がないな」
その時――
闘技場の空気が、静かに変わった。
闘技場のざわめきが、ゆっくりと沈んでいく。
観客席の最上段――夜空に最も近い空間が、まるで水面のように揺らいだ。
次の瞬間、淡い光を帯びた魔法陣が空中に描かれる。
「……っ」
ソラは思わず紅剣の柄に触れた。
肌を撫でるような魔力の圧が、はっきりと伝わってくる。
魔法陣の中心から、一人の男が静かに降り立った。
白銀に近い金髪。
長衣をまとい、穏やかな表情を浮かべている。
武器らしきものは何一つ持っていない。
それでも――その場にいる全員が理解した。
(こいつが……)
ヒロトが息を呑む。
(大魔法使い、ゼル・アル=カーディナ)
ゼルは闘技場を一望し、軽く頷いた。
「ふむ。なかなか集まったな」
その一言だけで、空気が引き締まる。
観客席の喧騒も、参加者のざわめきも、自然と静まっていった。
「エンフェルム魔法祭へようこそ」
ゼルは穏やかな声で続ける。
「本来であれば、武と魔法を称える祭だ。
今年も、その本質は変わらない」
彼は指先を軽く動かす。
すると闘技場の床に、光の線が走り、円形の闘技場が複数の区画に分割された。
「ただし――人数が多すぎる」
淡々とした口調だった。
「よって、まずは予選を行う」
参加者の間に、緊張が走る。
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