紅剣物語第7話

8 2026/01/24 20:40

ラカールとナイラは、ヴァルガンのもとへ戻ってきていた。

「ちょうど一時間ぴったりだ。どうせ小川のそばで隠れてたんだろ?」

ヴァルガンは口角を上げ、ラカールに言葉を投げる。

「ああ、そうだ」

(やはり、最初から読まれていたか……)

「まあ教科書通りの隠れ方だな。一時間も持っただけ、運が良かったと思え」

ヴァルガンはそう言って鼻を鳴らした。

ナイラはその場を離れ、歩き出す。ソラを捕まえに行くのだろう。

「あ、そうだ」

ナイラは足を止め、振り返る。

「ラカール君も、一緒にやらない?」

そう言われ、ラカールは黙って頷き、ナイラの後を追った。

(だが、こんな訓練が本当に必要なのか……ゴミ人間を倒すために)

「これは多分、エリーデと戦えるようにするための訓練だよ。私も前にやらされた」

ナイラは淡々と答える。

「一つ聞き忘れてた。君は、なんでこの組織にいるんだ?」

ナイラは足を止めた。

「……幼い頃の記憶がないんだ。気づいたときには、この辺でゴミを漁りながら暮らしていた気がする」

「そうか」

ラカールはそれ以上、踏み込まなかった。

周囲には足跡も、人の気配もない。

「ソラはうまく隠れてるな。どうやったんだか」

「自然と調和できてる、って感じだね」

その言葉に、ラカールははっとする。

「……なら、調和できないようにすればいい」

ラカールは近くの木を強く叩いた。

「こういうのは、あまり好きじゃないんだがな」

衝撃とともに落ち葉が舞い、小動物たちが一斉に逃げ出す。

---

ソラは枝の上に座り、じっと息を殺していた。

先ほどから、断続的に衝撃音が響いている。

小動物が走り回り、落ち葉が宙を舞う。

そのとき、視界いっぱいに鳥の群れが飛び立った。

「うわっ!」

驚いたソラは体勢を崩し、地面に落下する。

背中に鈍い痛みが走った。立ち上がると、目の前にはラカールが立っていた。

「あ、ここにいた」

---

訓練は、あっけなく終わった。

それから二日間、同じ訓練が繰り返された。

そして当日。

「もう十分だ。お前ら、ゴミ人間を倒してこい」

早朝、ヴァルガンに見送られ、ソラとラカールは拠点を出発した。

市街を慎重に進み、やがて目的地へと辿り着く。

ゴミの山の上に、少女が座っていた。

弱り切った外見は以前と変わらない。

だが、その周囲には鋭利な金属片が散乱している。

(あれに当たれば、死ぬ)

「作戦がある」

ラカールが口を開いた。

「二人同時じゃなく、交互に攻撃する。危険生物とはいえ、宿主は死にかけの少女だ。体力勝負で押し切る」

「わかった」

ラカールは頷き、少女の背後へ回る。

足元に落ちていた錆びた鉄片を拾い、少女の頭へ投げつけた。

少女は気配に気づき、身を翻して回避する。

ゴミの山を転がり落ち、低く構えた少女がラカールと対峙する。

少女が身を低くした瞬間、周囲の空気が張り詰めた。

金属片や破片が、音もなく宙へ浮かび上がる。

まるで見えない糸で操られているかのようだった。

「来るぞ」

ラカールが身構える。

次の瞬間、浮遊していたゴミが一斉に弾けるように飛び出した。

ラカールは咄嗟に距離を取る。

背後で、地面を打つ乾いた音が連続した。

一方、ソラは動かなかった。

(……遅い)

ゴミの動きが、なぜかはっきりと見えた。

飛来する直前、わずかな“予兆”がある。

ソラは拾った鉄の棒を構え、打ち払う。

衝突音とともに、ゴミは軌道を失って散っていく。

「人間のくせに……!」

少女の口から、別人のような声が漏れた。

「トラッシュワルツ(華麗なるゴミの円舞曲)!」

浮遊物がさらに集まり、密度を増していく。

空気が重くなり、圧迫感が増す。

(このままじゃ……)

ラカールは歯を食いしばる。

だが、ソラは前に出た。

足が自然と動く。

恐怖よりも、別の感覚が勝っていた。

それは、戦いという未知への好奇心。

その思いが、背中を押す。

ソラは跳び、鉄の棒を強く握る。

「はああっ!」

一振り。

衝撃とともに、ゴミの塊が弾けるように散乱した。

周囲に落ちる破片が、次々と音を立てて転がる。

少女の身体が大きく揺らいだ。

その隙を逃さず、ソラは踏み込む。

一瞬の交錯。棒をふりあげた。

次に視界が開けたとき、少女は力を失い、その場に崩れ落ちていた。

静かだった。

やがて、少女の足元から小さな影が動く。

何かが逃げ出そうとする気配。

それを、ラカールが素早く制した。

「……終わりだ」

風が吹き、散らばったゴミが転がる。

ソラは息を吐いた。

(終わった……)

自分が何をしたのか、まだ実感が追いついていなかった。

ラカールはソラを見て、確信する。

(やはり――ただ者じゃない)

鉄の棒を捨て、背伸びをする。

---

拠点へ戻り、ヴァルガンに討伐を報告した。

「本当に、やりやがったな」

ヴァルガンは軽く笑う。

「正直、勝てるとは思ってなかった。だが……見事だ。認めよう」

立ち上がり、二人を見据える。

「それじゃあ、始めるか」

三人は顔を見合わせた。

「――エリーデ討伐計画だ」

---

ダキア城。

ソラの剣を奪った、アリナ・フォン・エリーデの居城である。

ダキア領は人口七十万、兵八千を擁する大貴族の飛地だった。

ティルゴは、アリナ・フォン・エリーデの副官である。

「ティルゴ、入ります」

ノックし、執務室へ入る。

机の上には一本の剣。エリーデはそれを見つめていた。

「紅剣か」

「ああ」

国境検問所で、ソラが持っていた剣。

「紅剣を扱えるのは選ばれし者の証だ。なぜあんなガキが……説明しろ、ティルゴ」

「はっ」

(その程度、自分で考えろ)

心中で呟きながら、ティルゴは口を開く。

「おそらく、あの少年は紅剣の生成者の末裔でしょう」

(ハッタリだがな)

「末裔だと?」

「剣の生成者は、自身の血で封印の鞘を作ったと考えられます。その血を継ぐ者なら、剣と適合しても不思議ではありません」

「だが、なぜ鞘を持っていなかった?」

「それは、本人に聞かねば」

エリーデはしばし考え込み、頷いた。

「よし。あの少年を連れてこい」

「承知」

退室する。

(まったく、無理難題だ)

煙草に火をつける。

(だが居場所はわかっている。ヴァルガンのもとだ)

「よう、晩年副官殿」

背後から声。

振り返ると、赤髪で筋骨隆々の男――グラン・ベルガンが立っていた。

「……何の用だ」

「そう邪険にするなよ。こき使われてる様子を見に来ただけさ」

肩に腕を回される。

「貴族の副官で出世した奴なんていねぇ。お前の未来も真っ暗だな」

肩を叩き、グランは去っていった。

ティルゴは歯噛みする。

(連中は何も知らない)

煙を吐く。

(俺がソラをヴァルガンのもとへやった理由……それは、ヴァルガン組をエリーデと戦える存在にするためだ)

(そしていずれ、ソラとヴァルガンはダキア城へ侵入する)

(その混乱の中で――俺がエリーデを討つ)

---

夕焼け。

燃えるような赤に染まる空を背に、ゴミの山が歪な影を地面へと落としている。

その影の中心に、ひとりの人影。

瓦礫の隙間に横たわる、少女の死体。

その上に影が落ちる。

黒いフードを被った女が、無言で覗き込んでいた。

(“鞘”が……派手にやってくれたようだな)

女は踵を返す。

フードの奥、表情は見えない。

一歩、また一歩。

夕闇の中へ溶けていく背中。

(私も、そろそろ動き出すとしようか……)

ーー

ついにゴミ人間を倒したソラは、剣を取り戻すため動き出す。

この黒フードの女は、いったいソラとどんな関係があるのか。

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