紅剣物語第7話
ラカールとナイラは、ヴァルガンのもとへ戻ってきていた。
「ちょうど一時間ぴったりだ。どうせ小川のそばで隠れてたんだろ?」
ヴァルガンは口角を上げ、ラカールに言葉を投げる。
「ああ、そうだ」
(やはり、最初から読まれていたか……)
「まあ教科書通りの隠れ方だな。一時間も持っただけ、運が良かったと思え」
ヴァルガンはそう言って鼻を鳴らした。
ナイラはその場を離れ、歩き出す。ソラを捕まえに行くのだろう。
「あ、そうだ」
ナイラは足を止め、振り返る。
「ラカール君も、一緒にやらない?」
そう言われ、ラカールは黙って頷き、ナイラの後を追った。
(だが、こんな訓練が本当に必要なのか……ゴミ人間を倒すために)
「これは多分、エリーデと戦えるようにするための訓練だよ。私も前にやらされた」
ナイラは淡々と答える。
「一つ聞き忘れてた。君は、なんでこの組織にいるんだ?」
ナイラは足を止めた。
「……幼い頃の記憶がないんだ。気づいたときには、この辺でゴミを漁りながら暮らしていた気がする」
「そうか」
ラカールはそれ以上、踏み込まなかった。
周囲には足跡も、人の気配もない。
「ソラはうまく隠れてるな。どうやったんだか」
「自然と調和できてる、って感じだね」
その言葉に、ラカールははっとする。
「……なら、調和できないようにすればいい」
ラカールは近くの木を強く叩いた。
「こういうのは、あまり好きじゃないんだがな」
衝撃とともに落ち葉が舞い、小動物たちが一斉に逃げ出す。
---
ソラは枝の上に座り、じっと息を殺していた。
先ほどから、断続的に衝撃音が響いている。
小動物が走り回り、落ち葉が宙を舞う。
そのとき、視界いっぱいに鳥の群れが飛び立った。
「うわっ!」
驚いたソラは体勢を崩し、地面に落下する。
背中に鈍い痛みが走った。立ち上がると、目の前にはラカールが立っていた。
「あ、ここにいた」
---
訓練は、あっけなく終わった。
それから二日間、同じ訓練が繰り返された。
そして当日。
「もう十分だ。お前ら、ゴミ人間を倒してこい」
早朝、ヴァルガンに見送られ、ソラとラカールは拠点を出発した。
市街を慎重に進み、やがて目的地へと辿り着く。
ゴミの山の上に、少女が座っていた。
弱り切った外見は以前と変わらない。
だが、その周囲には鋭利な金属片が散乱している。
(あれに当たれば、死ぬ)
「作戦がある」
ラカールが口を開いた。
「二人同時じゃなく、交互に攻撃する。危険生物とはいえ、宿主は死にかけの少女だ。体力勝負で押し切る」
「わかった」
ラカールは頷き、少女の背後へ回る。
足元に落ちていた錆びた鉄片を拾い、少女の頭へ投げつけた。
少女は気配に気づき、身を翻して回避する。
ゴミの山を転がり落ち、低く構えた少女がラカールと対峙する。
少女が身を低くした瞬間、周囲の空気が張り詰めた。
金属片や破片が、音もなく宙へ浮かび上がる。
まるで見えない糸で操られているかのようだった。
「来るぞ」
ラカールが身構える。
次の瞬間、浮遊していたゴミが一斉に弾けるように飛び出した。
ラカールは咄嗟に距離を取る。
背後で、地面を打つ乾いた音が連続した。
一方、ソラは動かなかった。
(……遅い)
ゴミの動きが、なぜかはっきりと見えた。
飛来する直前、わずかな“予兆”がある。
ソラは拾った鉄の棒を構え、打ち払う。
衝突音とともに、ゴミは軌道を失って散っていく。
「人間のくせに……!」
少女の口から、別人のような声が漏れた。
「トラッシュワルツ(華麗なるゴミの円舞曲)!」
浮遊物がさらに集まり、密度を増していく。
空気が重くなり、圧迫感が増す。
(このままじゃ……)
ラカールは歯を食いしばる。
だが、ソラは前に出た。
足が自然と動く。
恐怖よりも、別の感覚が勝っていた。
それは、戦いという未知への好奇心。
その思いが、背中を押す。
ソラは跳び、鉄の棒を強く握る。
「はああっ!」
一振り。
衝撃とともに、ゴミの塊が弾けるように散乱した。
周囲に落ちる破片が、次々と音を立てて転がる。
少女の身体が大きく揺らいだ。
その隙を逃さず、ソラは踏み込む。
一瞬の交錯。棒をふりあげた。
次に視界が開けたとき、少女は力を失い、その場に崩れ落ちていた。
静かだった。
やがて、少女の足元から小さな影が動く。
何かが逃げ出そうとする気配。
それを、ラカールが素早く制した。
「……終わりだ」
風が吹き、散らばったゴミが転がる。
ソラは息を吐いた。
(終わった……)
自分が何をしたのか、まだ実感が追いついていなかった。
ラカールはソラを見て、確信する。
(やはり――ただ者じゃない)
鉄の棒を捨て、背伸びをする。
---
拠点へ戻り、ヴァルガンに討伐を報告した。
「本当に、やりやがったな」
ヴァルガンは軽く笑う。
「正直、勝てるとは思ってなかった。だが……見事だ。認めよう」
立ち上がり、二人を見据える。
「それじゃあ、始めるか」
三人は顔を見合わせた。
「――エリーデ討伐計画だ」
---
ダキア城。
ソラの剣を奪った、アリナ・フォン・エリーデの居城である。
ダキア領は人口七十万、兵八千を擁する大貴族の飛地だった。
ティルゴは、アリナ・フォン・エリーデの副官である。
「ティルゴ、入ります」
ノックし、執務室へ入る。
机の上には一本の剣。エリーデはそれを見つめていた。
「紅剣か」
「ああ」
国境検問所で、ソラが持っていた剣。
「紅剣を扱えるのは選ばれし者の証だ。なぜあんなガキが……説明しろ、ティルゴ」
「はっ」
(その程度、自分で考えろ)
心中で呟きながら、ティルゴは口を開く。
「おそらく、あの少年は紅剣の生成者の末裔でしょう」
(ハッタリだがな)
「末裔だと?」
「剣の生成者は、自身の血で封印の鞘を作ったと考えられます。その血を継ぐ者なら、剣と適合しても不思議ではありません」
「だが、なぜ鞘を持っていなかった?」
「それは、本人に聞かねば」
エリーデはしばし考え込み、頷いた。
「よし。あの少年を連れてこい」
「承知」
退室する。
(まったく、無理難題だ)
煙草に火をつける。
(だが居場所はわかっている。ヴァルガンのもとだ)
「よう、晩年副官殿」
背後から声。
振り返ると、赤髪で筋骨隆々の男――グラン・ベルガンが立っていた。
「……何の用だ」
「そう邪険にするなよ。こき使われてる様子を見に来ただけさ」
肩に腕を回される。
「貴族の副官で出世した奴なんていねぇ。お前の未来も真っ暗だな」
肩を叩き、グランは去っていった。
ティルゴは歯噛みする。
(連中は何も知らない)
煙を吐く。
(俺がソラをヴァルガンのもとへやった理由……それは、ヴァルガン組をエリーデと戦える存在にするためだ)
(そしていずれ、ソラとヴァルガンはダキア城へ侵入する)
(その混乱の中で――俺がエリーデを討つ)
---
夕焼け。
燃えるような赤に染まる空を背に、ゴミの山が歪な影を地面へと落としている。
その影の中心に、ひとりの人影。
瓦礫の隙間に横たわる、少女の死体。
その上に影が落ちる。
黒いフードを被った女が、無言で覗き込んでいた。
(“鞘”が……派手にやってくれたようだな)
女は踵を返す。
フードの奥、表情は見えない。
一歩、また一歩。
夕闇の中へ溶けていく背中。
(私も、そろそろ動き出すとしようか……)
ーー
ついにゴミ人間を倒したソラは、剣を取り戻すため動き出す。
この黒フードの女は、いったいソラとどんな関係があるのか。
このトピックは、名前 @IDを設定してる人のみコメントできます → 設定する(かんたんです)

