紅剣物語第32話「召喚」

6 2025/12/01 20:25

朝日が水平線を照らし、淡い金色の光がゆっくりと船体を包み込んでいく。

冷たい海風に混ざり、船首に立つソラの黒髪が静かに揺れた。

「……あれが、ローマか」

港の向こう、瓦屋根と石造りの街並みのさらに奥に、巨大な円形闘技場がそびえている。

ソラの呟きに、フリダケイが手すりにもたれながら紫煙を吐いた。

「なんだか……思ったより古典的だな」

チュウニは紅剣を握りしめるソラを横目に、表情を引き締めた。

「事前情報はほとんどない。ルールも不明、参加人数も不明。全て謎だ」

「謎……」

ヒロトがかすかに震える声で繰り返す。

フリダケイは肩を竦め、軽く笑った。

「でも、俺たち全員が生き残れないわけじゃないだろ。仲間で動けば優勝の確率も上がる。もし互いに戦うことになったら……そうだな、誰かが体調不良のフリして退場すりゃいい」

あまりに堂々とした言い方に、ソラは“そんな単純な話か?”と思ったが黙って飲み込んだ。

船は港へとゆっくり接岸する。

潮の香り、人々の喧騒、石畳の気配――ローマの朝が始まる。

ソラは紅剣を握り直した。

「お前たちが優勝して紅剣を提供できたら、人造人間タン・サイボーの情報と、我々が持つ研究資料すべてを開示してやろう」

チュウニが低く告げる。

「お前も大会に出て優勝するんじゃないのか?」

ヒロトが問うと、チュウニは鼻で笑った。

「会場には行く。だが俺は軍の少尉だ。お前らが死なないように立ち回る方が役目だろう」

「ついでに俺も観客席から演出魔法で援護してあげるよ」

フリダケイがすかさず便乗する。

四人は船を降り、それぞれの思いを胸にローマの石畳を踏みしめた。

遠くに見える闘技場からは、すでに血の匂いすら漂ってくるようだった。

「……準備はできているな、ソラ。紅剣の力を使うときが来た」

チュウニの言葉に、ヒロトも頷く。

「ああ……みんなで、生き残ろう」

フリダケイが口端を上げる。

「さあ、始まるぜ。死の紅輪――ローマ闘技大会の幕開けだ」

---

船の甲板から、マルセロが豪快に手を振った。

「ローマは俺の故郷だ!楽しんでくれよォ!」

その夜はチュウニの顔パスで、中心街の宿を無料で借りた。

彼は「決闘場を見張ってくる」と言い残し、夜の街へ消える。

フリダケイが窓を開けタバコを取り出したとき、扉がノックされた。

「どうぞ」

ソラが声をかけると、宿の主らしい老人が入ってくる。

「あんたら、闘技大会の参加者だろ?」

老人は部屋の武装をざっと見回してから言った。

ソラとヒロトが頷くと、老人は困ったように眉を寄せた。

「この宿にも何人か参加者が泊まってる。……今日のローマは妙に物騒だ。気をつけな。二年前の大会とは訳が違う」

そう告げ、老人は静かに去った。

---

夜。チュウニが戻り、皆すぐに眠りにつく。

夢の中で、ソラは父の言葉を聞いた。

「考えろ。考えた分だけ、お前は強くなれる」

草原での父の笑顔。

その日の夜、父は失踪し、母は涙をこらえてソラの頭を撫でた。

――なぜ母は、あれほど父を探さなかったのか。

ふと目を覚ますと、ヒロトとチュウニはすでに身支度を整えていた。

「やっと起きたか。急げ」

チュウニの言葉に、ソラも着替えを済ませて宿を出た。

「頼むぞ、フリダケイ。お前の演出魔法が鍵になる」

ヒロトが肩を叩く。

ローマ大通りの先には、古代石造りの巨大な決闘場がどっしりと構えていた。

門前ではすでに十人以上の参加者が受付を済ませている。

「観客席はどこだ?」

チュウニが門番に尋ねる。

「今年の大会は非公開です。観客席はありません」

チュウニが軍人証を突き出す。

「俺は連合国軍少尉だ。命令に従う気は?」

だが門番は表情一つ変えず答えた。

「主催者ザコケッチ様のご意向です。知りたいなら――参加することです」

そのとき、背後から声が飛んできた。

「おい、そこの好青年くんよ」

振り返ると、普通の服装の男が立っている。

どこにでもいる脇役風の男――エル・ソクシボーと名乗った。

「偉そうに軍人ヅラする前に、あんた自身が参加してみろよ」

「エル・ソクシボー?聞いたこともない三流が吠えるな」

チュウニは胸ぐらを掴み上げる。

「はい、そこまで!」

水色の甲冑に水色の髪をした女が割って入った。

名乗りはフレイア・ソクマッケー――見るからに只者ではない。

「大会前に喧嘩なんてやめなさい。明日の敵かもしれないのよ?」

チュウニは舌打ちし、ソラたちを見る。

「決めた。俺も出場する。……フリダケイ、お前も来い」

逃げようとしたフリダケイは、あっさり捕まえられ引きずられた。

---

受付を終えて決闘場の門を潜ると、無人の観客席が静かに参加者たちを包み込む。

あまりの規模にソラは息を呑んだ。

「ここは三千年以上前の建造物だ。……本当に、来てよかったな」

フリダケイが感嘆する。

全員が中心部に集まり、静寂が落ちたそのとき――

高価なコートを羽織った太った男が前へ進み出た。

「大会主催者、ザコケッチでございます」

深々と頭を下げる。

「皆様の武名は永遠に語り継がれましょう。さて、今回の大会内容ですが……」

一拍置き、ザコケッチは口角を吊り上げた。

「今大会は、従来の決闘形式とは異なります。皆様にはこれより――

私が構築した仮想空間《アストラル・コンクエスト》へと召喚されていただきます」

場内がどよめく。怒号と歓喜が交錯する。

ソラはヒロトを見た。

「どう思う?」

「さぁな……。デスゲームじゃなかったのは安心だが、これはこれで長丁場になりそうだ」

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