紅剣物語第32話「召喚」
朝日が水平線を照らし、淡い金色の光がゆっくりと船体を包み込んでいく。
冷たい海風に混ざり、船首に立つソラの黒髪が静かに揺れた。
「……あれが、ローマか」
港の向こう、瓦屋根と石造りの街並みのさらに奥に、巨大な円形闘技場がそびえている。
ソラの呟きに、フリダケイが手すりにもたれながら紫煙を吐いた。
「なんだか……思ったより古典的だな」
チュウニは紅剣を握りしめるソラを横目に、表情を引き締めた。
「事前情報はほとんどない。ルールも不明、参加人数も不明。全て謎だ」
「謎……」
ヒロトがかすかに震える声で繰り返す。
フリダケイは肩を竦め、軽く笑った。
「でも、俺たち全員が生き残れないわけじゃないだろ。仲間で動けば優勝の確率も上がる。もし互いに戦うことになったら……そうだな、誰かが体調不良のフリして退場すりゃいい」
あまりに堂々とした言い方に、ソラは“そんな単純な話か?”と思ったが黙って飲み込んだ。
船は港へとゆっくり接岸する。
潮の香り、人々の喧騒、石畳の気配――ローマの朝が始まる。
ソラは紅剣を握り直した。
「お前たちが優勝して紅剣を提供できたら、人造人間タン・サイボーの情報と、我々が持つ研究資料すべてを開示してやろう」
チュウニが低く告げる。
「お前も大会に出て優勝するんじゃないのか?」
ヒロトが問うと、チュウニは鼻で笑った。
「会場には行く。だが俺は軍の少尉だ。お前らが死なないように立ち回る方が役目だろう」
「ついでに俺も観客席から演出魔法で援護してあげるよ」
フリダケイがすかさず便乗する。
四人は船を降り、それぞれの思いを胸にローマの石畳を踏みしめた。
遠くに見える闘技場からは、すでに血の匂いすら漂ってくるようだった。
「……準備はできているな、ソラ。紅剣の力を使うときが来た」
チュウニの言葉に、ヒロトも頷く。
「ああ……みんなで、生き残ろう」
フリダケイが口端を上げる。
「さあ、始まるぜ。死の紅輪――ローマ闘技大会の幕開けだ」
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船の甲板から、マルセロが豪快に手を振った。
「ローマは俺の故郷だ!楽しんでくれよォ!」
その夜はチュウニの顔パスで、中心街の宿を無料で借りた。
彼は「決闘場を見張ってくる」と言い残し、夜の街へ消える。
フリダケイが窓を開けタバコを取り出したとき、扉がノックされた。
「どうぞ」
ソラが声をかけると、宿の主らしい老人が入ってくる。
「あんたら、闘技大会の参加者だろ?」
老人は部屋の武装をざっと見回してから言った。
ソラとヒロトが頷くと、老人は困ったように眉を寄せた。
「この宿にも何人か参加者が泊まってる。……今日のローマは妙に物騒だ。気をつけな。二年前の大会とは訳が違う」
そう告げ、老人は静かに去った。
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夜。チュウニが戻り、皆すぐに眠りにつく。
夢の中で、ソラは父の言葉を聞いた。
「考えろ。考えた分だけ、お前は強くなれる」
草原での父の笑顔。
その日の夜、父は失踪し、母は涙をこらえてソラの頭を撫でた。
――なぜ母は、あれほど父を探さなかったのか。
ふと目を覚ますと、ヒロトとチュウニはすでに身支度を整えていた。
「やっと起きたか。急げ」
チュウニの言葉に、ソラも着替えを済ませて宿を出た。
「頼むぞ、フリダケイ。お前の演出魔法が鍵になる」
ヒロトが肩を叩く。
ローマ大通りの先には、古代石造りの巨大な決闘場がどっしりと構えていた。
門前ではすでに十人以上の参加者が受付を済ませている。
「観客席はどこだ?」
チュウニが門番に尋ねる。
「今年の大会は非公開です。観客席はありません」
チュウニが軍人証を突き出す。
「俺は連合国軍少尉だ。命令に従う気は?」
だが門番は表情一つ変えず答えた。
「主催者ザコケッチ様のご意向です。知りたいなら――参加することです」
そのとき、背後から声が飛んできた。
「おい、そこの好青年くんよ」
振り返ると、普通の服装の男が立っている。
どこにでもいる脇役風の男――エル・ソクシボーと名乗った。
「偉そうに軍人ヅラする前に、あんた自身が参加してみろよ」
「エル・ソクシボー?聞いたこともない三流が吠えるな」
チュウニは胸ぐらを掴み上げる。
「はい、そこまで!」
水色の甲冑に水色の髪をした女が割って入った。
名乗りはフレイア・ソクマッケー――見るからに只者ではない。
「大会前に喧嘩なんてやめなさい。明日の敵かもしれないのよ?」
チュウニは舌打ちし、ソラたちを見る。
「決めた。俺も出場する。……フリダケイ、お前も来い」
逃げようとしたフリダケイは、あっさり捕まえられ引きずられた。
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受付を終えて決闘場の門を潜ると、無人の観客席が静かに参加者たちを包み込む。
あまりの規模にソラは息を呑んだ。
「ここは三千年以上前の建造物だ。……本当に、来てよかったな」
フリダケイが感嘆する。
全員が中心部に集まり、静寂が落ちたそのとき――
高価なコートを羽織った太った男が前へ進み出た。
「大会主催者、ザコケッチでございます」
深々と頭を下げる。
「皆様の武名は永遠に語り継がれましょう。さて、今回の大会内容ですが……」
一拍置き、ザコケッチは口角を吊り上げた。
「今大会は、従来の決闘形式とは異なります。皆様にはこれより――
私が構築した仮想空間《アストラル・コンクエスト》へと召喚されていただきます」
場内がどよめく。怒号と歓喜が交錯する。
ソラはヒロトを見た。
「どう思う?」
「さぁな……。デスゲームじゃなかったのは安心だが、これはこれで長丁場になりそうだ」
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