紅剣物語第33話「世界のルール」
闘技場の中央で、ザコケッチの声が最後の指示を放った。
「皆様、これよりアストラル・フロンティアに召喚されます。全員、別々の空間に降り立つことになります――準備はよろしいですね?」
言葉が終わるや否や、空気が揺らぎ、世界の輪郭が裂け始める。
ソラは一瞬、地面の感触を失い、体が宙に浮いたかと思った。
「持てるもの全員で、潰しあえ」
ザコケッチがかすかにそう言った気がした。
目の前の景色は石畳から泡のように崩れ、周囲が白い霧に包まれる。
次の瞬間、意識が引き裂かれるような感覚――
身体が重力も方角も持たない空間を切り裂く。
風も音も色も、すべてが歪み、心の奥まで押し返す。
ーーーーーーーー
霧が晴れると、二人は中世の草原の農村の外れに立っていた。
広がるのは柔らかい緑の草原。遠くには小さな農村の屋根が見え、石造りの教会の尖塔が空に突き出している。
道端には馬車が通り、家々の煙突から煙が立ち上る。鳥の声が風に乗って聞こえる。
ソラは紅剣を握り、周囲を警戒しながら息を整える。
「……ここか、ヒロト。落ち着け、誰もすぐには襲ってこないだろう」
ヒロトも槍を手に取り、草を踏みしめながら周囲を見渡す。
「でも、ここで油断したら危険だな。魔物が出るかもしれないし、他の参加者もいるかもしれない」
草原の風が二人の髪を揺らし、遠くで子供たちの声が聞こえる。
ソラは紅剣を握る手を少し強くする。
「まずは村を調べよう。情報がないまま動くのは危険だ」
ヒロトも小声で応える。
「そうだな……でも、無理はするな。俺たち二人でできる限りのことをする」
周囲の草原には、小川のせせらぎ、鶏の鳴き声、家畜の気配がある。
「チュウニとフリダケイはどうしてるかな?」
ソラがそう言うと、ヒロトは、知るかと言った。
「そんなことより、とりあえずルールブック開いてみようぜ」
ヒロトは服装のポケットを探したが、冊子のようなものは見つからなかったらしい。
「これじゃないか?」
ソラは胸の中にあるバッジを指差した。召喚前に着ていた服装に新たに付け足されたバッジ。
押すと、案の定文字が浮かんできた。
『《アストラル・フロンティア 公式ルールブック(参加者用)》
――大会主催:ザコケッチ財団
※参加者は必ず本ルールを熟読し、自己責任のもとプレイにご参加ください。
※本ゲーム内で発生した事故・負傷・死亡について、主催者は一切責任を負いません』
「出てきたぞ。ルールブックだ」
「どれどれ?」
ヒロトは文字を下へとスクロールする。
『アストラル・フロンティアは、最新型次元投射装置により、参加者の肉体をそのまま異世界へ転送し、
リアルな冒険を疑似体験する“超体感ゲーム”です。
ただし冒険内容や危険度は極めて高く、
一部のエリアでは生命の危険を伴います。
目標はシンプルです。
最終エリアへ到達し、帰還資格《帰還の証》を入手した上で、現実世界のゲートを開くこと。
クリア者には高額賞金および伝説の宝剣、紅剣が与えられます。
(※帰還できるのは“クリア条件を満たした者のみ”です)』
基本ルールの説明に移る。
『■ 2. 基本ルール
●① 参加者は肉体ごとゲーム空間へ転送されます
●② 死亡したプレイヤーはリタイア扱いとなります
一部のアイテムにより例外的に蘇生可能なことがあります。
●③ プレイヤー間の戦闘は許可されています
●④ モンスターは有限です
●⑤ アイテムは“アークスクリプト”として管理します
対象物に触れ、「登録」を行うことで
物体・装備・魔法を1枚のアークスクリプトとして保管可能です。
●⑥ アークスクリプトの奪取は自由
プレイヤーからアークスクリプトを奪うことはルール上認められています』
ヒロトはアークスクリプトの説明を見る。
『■ 3. アークスクリプトの分類
アストラル内の全アイテムは以下の五種類に分類されます。
🔮 〈魔法〉(消費型)
使用すると消滅する“魔法”のカード。
攻撃・回復・移動など基本行動の核となります。
※魔法カードは初心者の生存率に直結します。
⚔️ 〈装備〉(武器・防具)
カード化された武器防具。実体化して使用します。
※装備の強さはプレイヤー戦の勝率を大きく左右します。
🧠 〈スキルカード〉(能力付与)
一時的に能力を上げたり、知覚を拡張するもの。
👁🗨 〈特殊カード〉(戦略・妨害)
対人戦を誘発する、危険性の高いカード群です。
※保持しているだけで標的になりやすいカードです。
👑 〈レアカード〉(ゲームクリア必須)
数量が極端に少なく、クリアに直結するカード。
※奪い合い・隠匿・殺害が日常的に発生します』
ヒロトは与えられた情報を解読する。
「ここから、どのアークスクリプトを誰が持っているのか、生存者数も見れる」
ヒロトは文字の最後まで読む。
『最後に
本ルールブックは安全なゲーム体験のために作成されています。
アストラル・フロンティアの世界では、
生きるも死ぬも、あなたの選択と行動次第です。
どうか慎重に行動し、
この壮大な冒険を心ゆくまでお楽しみください。
――ザコケッチ財団』
ルールブックの情報を全て読み、ヒロトはあくびをした。
「で?とりあえずあそこの集落に行ってみるか」
ソラは頷き、2人は遠くに見える農村の屋根に向かって足を進めた。
草原の小道沿いにある小さな村。ルールブックの地図上でルナール村と書かれている村に、ソラたちはたどり着いた。
緩やかな丘の上に瓦屋根の家々が点在し、村の中心には小さな噴水と石造りの広場がある。
子供達がおいかっけっこをしたり、老人が木でうたた寝をしていたり、のどかな村だった。
広場の向かい側に、武器屋のような店があった。
「この槍、良さそうだな」といい、ヒロトは店を覗き込む。
「あなた方はあの遊戯者ですね?」
突然、ソラの後ろから女の声がかかった。ソラとヒロトは慌てて振り返ると、小柄な女が立っていた。
「あぁ私はこの武器屋の店主、アン・ナイーニンと申します」
「アマギ・ソラです。あの、“遊戯者”とは?」
ソラが問い返すと、店主のアン・ナイーニンは小さく目を見開き、ほんのわずかに口元を引き結んだ。
まるで、言うつもりのなかった言葉をうっかり漏らしたような反応だった。
「……あら、まだ説明を受けていないのですね。失礼しました」
「あぁ、いや。説明って……?」
「いえ、大したことではありません。“あちら側から来たお客人”を、私たちはそう呼ぶのです」
その言い方が妙に引っかかった。
“あちら側”――ソラとヒロトは互いに目を合わせる。
ヒロトが一歩前に出て問い詰める。
「俺ら、この村に来たのは今さっきなんだが。
“遊戯者”ってのを見たのは、俺たちが初めてじゃないのか?」
ナイーニンは苦笑し、首を横に振った。
「まさか。そんなこと……あるわけないじゃないですか」
さらりと言ったその一言が、逆に重く響いた。
ソラは眉をひそめる。
「“遊戯者”はいつも、アークスクリプトだとか、ゲームだとか言いモンスター狩りやダンジョン攻略へと出かけます。毎日にように来るので、我々は案内人のような役割なのだなと勝手に自負しております」
女は微笑みながら言う。
「あなた方も、アイテムが欲しいのでしょう?なら村はずれの草原に蔓延るゴブリンと戦うことです」
とりあえず、ソラとヒロトは村外れの草原へと向かうことにした。
「おかしい。俺たちと他の参加者は同時に転送された。先にここへ来ている者がいるはずがない」
ヒロトもそれに気づいたようで、声を顰めて囁いた。
「……ソラ。これ、参加者ごとの時間軸がズレてるって話じゃねえのか?」
そして村外れの草原へ足を踏み入れた瞬間、
湿った獣臭と、土を踏み荒らす足音が近づいてきた。
「……来るぞ、ヒロト」
ソラが紅剣を構えるより早く、
低い咆哮とともに緑色の影が草むらから躍り出た。
ずんぐりした体。黄色い牙。
粗末な棍棒を振りかざす、典型的なゴブリン。
ヒロトが小さく呟いた。
「……草原のザコってレベルじゃねえな。囲まれてる」
左右、背後。
気づけば五、六匹がにじり寄っていた。
次の瞬間、ヒロトは地面を蹴った。
「三槍奥義――鎮環ッ!」
槍が唸り、円を描くように回転する。
空気が裂ける音とともに、接近していた四匹が一瞬で貫かれた。
緑の体が草に倒れ込み、土が跳ねる。
「ヒロト、後ろ!」
ソラが叫ぶが、声より早くゴブリンが横へ跳んだ。
その足がソラのわき腹を蹴り、ソラは地面に転がる。
鈍い痛みが走る。
“本当に殴られた痛み” がソラを一気に現実へ引き戻した。
「ッ……!」
ソラは歯を食いしばり、転がりながら姿勢を立て直す。
迫りくるゴブリンの喉元へ、紅剣を思いきり突き上げた。
刃が肉を裂き、ゴブリンは泡のような呻き声を残して崩れ落ちる。
「……ふぅ。まだ慣れねえな、この感触」
ヒロトが近づきながら笑う。
「けど勝ったな。……って、ソラ、見ろよ。何か出てきたぞ」
倒れたゴブリンの死体から、
淡い光のパネルのようなものが浮かび上がった。
景色の中には剣の形が映り、機械的な声が響く。
『討伐を確認。
ルナール草原ゴブリン族の小隊長を撃破しました。
報酬を付与します』
「……これが、アークスクリプト?」
ソラが恐る恐る手を伸ばすと、
パネルは波紋のように揺れ、剣がそのままカードへと凝縮された。
『装備カード
■《破魔の剣》――魔物に特効』
説明が浮かぶと同時に、
カードはソラの手の中へ吸い込まれるように登録される。
ソラは試しにアイコンをタップした。
光が集まり、目の前に実体化した剣が現れる。
「……本当に出てきた。カードって、こういう感じなのか」
ヒロトが感心したように口笛を吹く。
「いいじゃねえかソラ。魔物相手なら、その紅剣より強いかもしれねえぞ?」
ソラは軽く笑い返した。
「……まだ実感がないけど、
これ、やっぱり“ゲーム”じゃ済まないな」
草原には倒れたゴブリンの死骸が転がり、
風が血の匂いを運んでくる。
参加者294人中生存者290名
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