紅剣物語第30話「カルメッサ島」

7 2025/11/29 20:31

夜の海風は昼よりも冷たく、潮の匂いを強く運んでくる。

船員たちの賑やかな声が、甲板の一角まで響いていた。

ソラとヒロトは船員のマルセロに誘われ、温かい夕食をご馳走になっていた。

「おーい坊主! 今日は特別に魚を焼いてやる!」

ソラとヒロトは半ば引きずられるように船員席のテーブルへ座らされた。

「……本当にいいんすか?」

ヒロトが恐縮しながら尋ねる。

「少尉殿のツレだろ? 遠慮すんな!」

マルセロは豪快に笑って、焼けた魚を皿に置く。

ソラは一口かじった瞬間、目を見開いた。

「……うまい」

「だろ?」

マルセロは得意げに胸を張る。

ヒロトは口の中いっぱいにほおばりながら言う。

「ローマってマジですげぇ都市なんだろうな……飯も上手くなる気がしてきたわ」

「着いても、食堂の料金は別だと思うけど」

ソラが呆れながら笑う。

しばらく、二人は賑やかな船員たちに混じって食事を楽しんだ。

笑い声、波の音、静かで暖かい時間が流れる。

一方その頃、

フリダケイは甲板の端でタバコを吸い、海を眺めていた。

そこにチュウニが歩いてくる。

「お前、妙に詳しいが……学者にしては粗い話が多いな」

火の先を見つめたまま、フリダケイは涼しい顔で返す。

「知識というのは、多少ぼかしたほうが広がりがあるものですよ」

「……ぼかしすぎだろ」

チュウニが疑いの目を向けると、フリダケイは煙を吐き笑った。

翌朝、地中海を渡る船は、まるで白い軌跡を描くように穏やかな波を切り進んでいた。

しかし、その心地よい揺れにも負ける者はいる。

「うぷ……もうダメだ……船って人権ねぇだろ……」

ヒロトが船べりにしがみつき、魂が抜けたような声を漏らした。

額は汗で濡れ、顔色は土のように悪い。

「……陸……陸に上げてくれ……」

それを見ながらフリダケイは肩をすくめた。

「ちょうど良いですよ。次の補給地があります。島に着いたらしばらく休みましょうか」

その言葉にヒロトは救われたように頷いた。

ーーーーーーー

カルメッサ島は、それほど大きくない。

しかし島の中央に聳える石灰岩の断崖と、古い灯台だけが妙に存在感を放っていた。

船長のガッロが説明してくれる。

「水と食料の補給だけだ。ここは住民も少ないが、まあ安全な場所だろう」

ヒロトは真っ先に降りたかと思うと、木陰の地面に崩れ落ちて動かなくなった。

「……放っておきましょう。しばらく動けないでしょう」

フリダケイはあっさりと言った。

「冷たすぎない……?」

ソラは苦笑したが、確かにヒロトはしばらく休ませたほうがよさそうだった。

チュウニは船に残るらしい。

ーーーーーーーー

ソラとフリダケイは港から村へ続く道を歩いた。

「なんか……静かすぎません?」

ソラの言葉に、フリダケイは目を細める。

「ですね。人がいないわけではなさそうですが……」

ほとんどの家に灯火はあるのに、誰も姿を見せない。

風だけが細い路地を抜け、乾いた砂をさらっていく。

そのとき。

「──旅のお方ですか?」

背後から声がした。

振り向くと、一人の青年が立っていた。

白いローブをまとい、胸元には見慣れない神紋のような刺繍。

「俺はカイ・メリオス。この島の“導き手”だ」

どこか芝居がかった口調だったが、笑顔は柔らかい。

「あなた……紅い剣を持っているんですね」

カイの視線がソラの腰に注がれた。

ソラは驚き、思わず手を添える。

「見えるのか?」

「ええ。とても強い光を放っている……“選ばれし者の証”です」

その一言で、ソラの警戒心が一気に高まった。

フリダケイも感じたのか、前に出る。

「紅剣のことをご存じとは……珍しいですね?」

カイは微笑んだまま、二人を招くように手を広げた。

「よければ、島の研究施設へ案内します。

あなた方にぜひ見ていただきたい物がある」

ーーーーーーー

高い柵と、奇妙な金属板で補強された建物。

島の雰囲気にそぐわない、科学の匂いが濃厚に漂っていた。

カイが扉を押し開ける。

中は、薬品の匂いと金属の臭気が入り混じっていた。

ソラは無意識に紅剣に触れる。

「やあ………フリダケイくんじゃないか」

奥から現れたのは、白衣を着た細身の男だった。

その顔を見て、フリダケイが僅かに顔を歪める。

「……レヴォルト博士」

レヴォルトは笑った。

「まさか君みたいな挫折者が、こんな偏境に来るなんて。

いや、今は……旅芸人でもしてるのかい?」

ソラは“挫折者”という言葉に引っかかった。

フリダケイは咳払いして無視するように言った。

「博士は……相変わらずのようだ」

「もちろんさ。私は前に進み続けている。

君みたいに途中で投げ出したりしない」

レヴォルトの視線が、ソラの腰の紅剣へ動いた。

「……それが本物の“紅剣”か」

カイの瞳が爛々と輝き始める。

「神の器……本物だ……!」

ソラの警戒心がさらに高まる。

「……俺の剣で何をするつもりだ」

レヴォルトは楽しげに指を鳴らした。

「見せたいものがある。

不完全だが、“紅剣”を模して作った物だ」

奥の部屋へ案内された。

そこには奇妙な赤黒い刀身が冷却装置の中に眠っていた。

「赤鋼剣《リストレッド》。我々の技術で作った、人工の紅剣だ」

ソラが息を呑む。

レヴォルトは胸を張って言った。

「これを作るために、素材が必要だった。

……ちょうど良い“試作品”が漂着してね」

医療室のカーテンが開けられる。

そこにいたのは――

ソラと同年代ほどの少女。

だが、目の焦点は虚空に彷徨っている。

少女の首筋がわずかに開き、銀色の部品がちらりと見えた。

「……人造人間……?」

ソラは直感的に理解した。

目の奥に、アヴィーデの影が蘇る。

「テキトーに、ベータと名付けた。アヴィーデの作った不完成品だ。

だが、この子の情報は実に有用でね」

レヴォルトは嬉しそうに語る。

「魂の欠落……その構造を再現することで、

“魂を剣に認めさせる”方法を解き明かせるかもしれない」

カイは狂気じみた笑いを漏らす。

「不老不死は近い……!

その紅剣を差し出せ! 我々が神に至るために!!」

ソラは紅剣を抜いた。

「……やっぱり、そう来るのか」

レヴォルトが叫ぶ。

「ベータ、彼を捕らえろ!」

少女――ベータの目が紅剣に反応し、感情の欠片のように震えた。

「……アカ……い……ほしい……」

「ソラ、くるぞ!!」

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