紅剣物語第5話「のんびり?悲惨旅行録」
その現実は、時間が経つにつれてソラの心に重く沈んでいった。
生まれてからずっと暮らしてきた家。
学校の帰り道に何度も通った小道。
それに──よく一緒に遊んだ、幼馴染のエセヒ・ロインちゃんの笑顔。
それらすべてが、もう存在しない。
──焼かれて、消えたのだ。
「ヒロト。……お前、どうしてそんなに平然としていられるんだよ」
横を走るヒロトに、ソラはたまらず問いかけた。
「当たり前だろ。……俺は、自分の親が嫌いだったんでね」
あまりにもあっさりとした言葉に、ソラは思わず足を止めそうになる。
「そんな……」
「……まあ。憎かったけど、それでも生きていてほしかったとは思うよ。さすがに、ね」
ヒロトの金髪が、風を受けてふわりと揺れる。その表情には、どこか遠いものを見るような冷たさがあった。
後方では、アキトとナニが無言で走っていた。
その前方、先頭を走っていたチュウニが、ふいに口を開く。
「あの人造人間の二人……“異物”を探していたな」
「たぶん、それは……俺の父さんのことだと思う」
「それと、ダキア軍による村の襲撃。無関係に見えるが──繋がっているはずだ」
チュウニの言葉に、ソラは頷いた。
ダキア領──かつて「ルーマニア」と呼ばれたヨーロッパ大陸の一角。
火星神を信奉し、地上をその支配下に置いた軍事国家だ。
「……じゃあ、東部地区はもう全部、敵だってことか?」
ヒロトが冷静にそう言った瞬間、ソラの胸に黒い感情が生まれた。
「敵って……どういうことだよ」
言葉を吐くように呟く。
「今まで、俺たちは火星神を信じて、ずっと平和に生きてきたんじゃないのか?
それを守ってたのが、ヨーロッパ連合の……火星神の正当な使徒たちだったんじゃないのかよ……」
一行の足音だけが、しばらくの間、沈黙を埋めた。
だが、次にその静寂を破ったのは、チュウニだった。
「……なあ、ソラ。
嫌なら──無理に我慢すること、ないんだぞ」
ヒロトとアキトが驚いたように顔を上げる。
チュウニはゆっくりと言葉を続けた。
「俺たちは……正直なところ、非力だ。
守れなかったものの方が、たぶん多い。
上から何か言われれば、はいはいって頭を下げて……
そういう“普通”の中で、なんとなく生きてきた」
焚き火の余熱のような、柔らかい声だった。
「だけどな。
心のどこかで……“違うんじゃないか”って思ってたやつ、きっと俺だけじゃないはずだ」
一度だけ肩をすくめ、少し照れたように笑う。
「ほら、こういうこと言うと、すっげぇそれっぽいだろ?
でも、まあ……いいじゃないか。
多少はったりでも、前に進めるならさ」
穏やかで、無理に強がらない言い方。
それでも、どこかで“自分たちを導く男”として見られたい気持ちは隠しきれていなかった。
「──だからさ。
この世界……少しだけ変えてみようぜ。
誰かの事情じゃなくて、自分の意思で、生きるために」
その言葉は、ソラの胸にすっと沁み込んでいった。
強制もしない、鼓舞しすぎもしない。
ただ一歩前へ進むための、ささやかなはったりのよう。
もしかすると──この世界の秩序そのものが、間違っているのかもしれない。
もしかすると──父は、それを正すために、家族を残して旅立ったのかもしれない。
「……ごめん、みんな。
俺……もう、こんなことは言わない。自分たちだけが踏みにじられるなんて、間違ってる。
俺は絶対、父さんを見つけ出す。絶対に」
その夜以降、旅は地獄と呼べるほどの苛酷さだった。
昼はひたすらに歩き、夜は獣や盗賊、そして謎の“影”との戦いに明け暮れる。
疲労と空腹が、徐々に彼らの心を削っていった。
──それでも、ソラは前に進んだ。
どんなに足が重くなっても、どんなに心が折れそうになっても──彼は、剣を手放さなかった。
そして──三週間後。
彼らはついに、メソポタミアの外れ、古代の遺跡群が並ぶ砂の大地にたどり着いた。
焚き火を囲み、皆がようやく身体を休めていたその時。
ナニが口を開いた。
「……ところで、チュウニさん。
メソポタミアに着いたら、具体的にどうするつもりですか?」
唐突な質問に、一同がチュウニの方を振り向く。
チュウニはしばらく黙っていたが、ついに重い口を開いた。
「……すまない。実は、3週間前に言ったあの“名言”は、俺の言葉じゃない。
士官学校時代の先輩が言ってた言葉の……パクリだ」
場が静まり返る。
「俺がメソポタミアに来ようとしたのは、その先輩を頼るためだ。
その人は、同期の中で唯一“火星の支配はおかしい”と公言してた。
それで──勢いで、反火星組織を作ったんだ。まあ、ノリだったらしいけどな。
その組織が今、バグダードにある。だから、俺はそこに合流するつもりだ」
ソラは、自分の人生の選択を間違えたかもしれないと感じていた。
ただ父を探したいだけのはずだったのに、自分が反乱者になる必要なんてなかったんじゃないか。
あんな人造人間や軍と、本当に戦うつもりなのか。
──心が、じわじわと凍えていく。
ソラはチュウニを見る。
(この口だけ野郎が‼︎)
「でも……その先輩とは、すでに魔法伝達カラスで連絡を取ってる。明日には会えるかもしれない」
その時だった。
「随分と呑気そうじゃないか、裏切り者よ」
突然の声に、皆が一斉に顔を上げた。
そこに立っていたのは──忘れかけていた人物。
ミノグチだった。

