紅剣物語第8話「不信」
「ほら、あそこだ」
ヒロトは剣の柄を握りしめながら、木々の隙間から見える一軒家を指差した。森を抜けた先、朽ちかけたその家は、地図通りの場所に静かに佇んでいた。
「……よし、作戦を開始するぞ」
チュウニがうなずく。彼の声には、いつになく鋭い気配が滲んでいた。
次の瞬間、チュウニは家の隣にある畑に向かって、ゆっくりと右手をかざす。
時は少し遡る。
アキトが取った宿の質はかなり悪かったが、ソラを一刻も早く手当しなくてはならないので仕方なく汚い部屋を使うことにした。
抱えていたソラをベットの上に眠らせるところまでは良かったが、そこで重大な事実が発覚した。
ソラは銃弾を体に3発受けていた。どれも致命傷には至らなかったが、念のため本格的な治療が必要だろうと、チュウニが言った。
そこでヒロトとチュウニは至急医療セットを買うために街に出た。この時代の医療セットは特殊能力の効果もありかなり優秀で、医師による治療を受けなくても大抵の傷は治せるのだ。
チュウニが銀貨1枚、ヒロトが銅貨2枚を支払い、医療セットは買えた。
チュウニはバグダード城の情報を聞くため医療セットを売ってくれた店主と話していたところ、店主が奇妙なことを言い出した。
「私にもちょうどあなた方ぐらいの年齢の子供がいたんですがね…人攫いにあってしまって」
「人攫いですか?」
「ええ、この辺りは昔から貧しいですから、犯罪に手を染めて生計を立てる者が一定数います。その中には、金がありそうな人の大切な人を攫って身代金を要求する輩がいるんですよ。私は身代金を払いましたが、息子は遺体となって森に投げ捨てられていました」
そして宿に戻ると、ソラの姿がなかったのだ。それだけでなく、部屋が散らかっており、足跡もあったことから何者かが侵入した痕跡があった。
「まさかミノグチの仕業か」
そうチュウニは言ったが、ヒロトは違うと言った。
「多分、人攫いかも。俺たちがいない隙に攫いやがったんだ」
チュウニは早速、魔法カラスを飛ばし付近を見渡させた。そしてカラスが得た情報を喋り始める。
その情報を元に付近の廃墟をリストアップした。
一軒は市内、二軒は解体工事が始まる予定、そしてもう一軒はチュウニたちが歩いてきた森の中。
「すごいなその魔法カラス。買うのにいくら必要なんだ?」
「これは買ったんじゃ無い。ソフィア・アレンナとかいう士官学校の後輩から貰ったんだ」
2人は犯罪者グループのアジトは森の中の廃墟だと結論づけた。市内にアジトを構えるのは目立ちすぎるし、あとの廃墟は解体工事が入るため使えないと思ったからだ。
アキトを留守にして、城門から出て数百メートルの砂漠を歩いたのち森の中に入る。
チュウニがカラスが脳内で完成させ口から吐いた地図を手に道を案内する。
「便利なカラスだなぁ」
そうヒロトが内心感心していたところ、チュウニがアジトを指差した。
「ほら、あそこだ」
ヒロトは剣を握りながら、森を抜けたところの一軒家を示した。
「地図通りだな。よし早速作戦を実行する」
チュウニが応答する。
チュウニはまず、一軒家の隣にある畑を自らの火炎能力で燃やした。彼はエネルギー変換に長けているため、火炎放射器がなくてもある程度の威力の炎は出せるのである。
自宅の畑が燃やされたら、誰かしら出てくるだろう。チュウニが出てきた敵と戦う間に、ヒロトは家の中に突入する手筈だった。
「掌焔!」
チュウニの手から炎が噴き上がる。爆発的な音と共にチュウニの炎が畑を完膚なきまで燃やした。
「火があがったぞ!」
廃墟内から犯罪者たちの怒声が響く。しばらくして、6人の男が外に出てきた。
「おいガキがいるじゃねぇか。放火はお前らの仕業か?」
「違うな。火を燃やすだけなら放火にしかならない。だが俺の炎はお前らの過去まで燃やし尽くす。残りカスさえ残さずにな!」
「ふざけやがって! やっちまえ!」
三人の男が怒号とともにチュウニに突進する。拳を振り上げて殴りかかってくるが、チュウニは微動だにしない。
直前でステップを踏み、風のように身を交わす。次の瞬間、振り返りざまに炎の渦を背後に叩きつけた。
「うわぁぁぁぁぁ!」
凄絶な悲鳴と共に、三人の男たちの体が燃え上がった。皮膚が焼け焦げ、煙が空に昇る。炎に包まれのたうつ姿を見て、ヒロトは思わず息を呑んだ。
──こんな死に方だけは、絶対にしたくない。
「ここは俺に任せろ、ヒロト。お前は中へ行け!」
チュウニが叫ぶ。その余裕の声に、ヒロトは一瞬ためらった。彼なら一人でも勝てる──そう分かってはいるが、少しだけ、自分だけ楽をしているような後ろめたさがあった。
だが、ソラのためだ。躊躇している暇はない。
「……行ってくる!」
ヒロトは気合いを込めて叫び、入り口のドアを蹴り飛ばした。
錆びた蝶番が悲鳴を上げ、ドアが内側へと倒れる。
中は薄暗く、埃の匂いが鼻をついた。無駄に広い廊下を駆け抜け、突き当たりの扉を開け放つと、リビングらしき部屋に出た。
そこには、中年の男が一人、椅子に座って酒をあおっていた。汚れたテーブル、散乱する空き瓶。まるで廃屋に巣くうカラスのように、その男は無精ひげを撫でながらヒロトに視線を向けた。
ヒロトは剣を抜き、男の首元に突きつける。
「動くな。動けば──斬る」
言い切る前に、背後に殺気を感じた。
咄嗟に身を翻す。瞬間、斧が頭上めがけて振り下ろされた。反射的に身を沈め、斬撃を回避する。
背後には、鎧を着た大男がいた。斧を振るう度に床板が軋む。その圧に、思わずヒロトの喉が鳴る。
「こいつ……!」
ヒロトは勢いよく剣を振るい、大男の腰を斬ろうとした。だが──
バキィッ!
金属を叩いたような音が響いた。剣が、折れた。
「なっ……!」
驚く間もなく、大男が突進してくる。ヒロトは避けきれず、真正面から体当たりを受けた。
「ぐっ──!」
凄まじい衝撃。背中が窓ガラスに叩きつけられ、ガラスが粉々に砕ける。破片が頬をかすめ、皮膚が裂けた。
そのまま外の庭まで吹き飛ばされる。地面に転がりながら、息が苦しい。喉に鉄の味が広がった。
酒を飲んでいた男も立ち上がり、ふらふらとヒロトに歩み寄ってくる。
「さて、少年。何の用で、こんな所まで来た?」
低く、ねっとりとした声だった。
その言葉は、体の痛みよりも重く、ヒロトの胸を圧迫した。息を整えながら、彼は剣の残骸を握りしめ、再び立ち上がる。

