紅剣物語第14話「フリダケイ」
「西には、何があるんだろうな……」
アマギ・ソラは独り言を呟きながら、第3街道を西へ向かって歩いていた。
遠く地平線の向こうに、かすかに丘陵が見える。旅の終わりはまだ見えないが、彼の足取りは軽い。
チュウニとヒロトに見捨てられ、宿に取り残された日のことは、もう遠い記憶だ。今では、西へと少しずつ前へ進んでいる。
日が暮れはじめ、周囲が薄闇に包まれる。
「そろそろ食料を調達しないとな」
ソラは街道を外れて、森の小道へと入った。風が葉を揺らし、獣の気配が時折聞こえる。狙いは、ウサギやイノシシ、うまくいけば川魚でも良い。
しばらく歩くと、耳に心地よいせせらぎの音が届いてきた。
「川がある……よし」
剣を抜き、水音のする方へと慎重に近づく。
やがて草の間から視界が開け、小さな川が現れた。透明な水の中では、魚たちがのんびりと泳いでいる。
「いただきます」
ソラは呼吸を整え、剣を一閃。水面が割れ、銀色の魚が刃先に跳ねた。
焚き火を起こし、魚を串に刺して炙る。香ばしい香りが立ち上り、腹の虫が鳴いた。
そのときだった。
「──その魚は食べない方がいい」
不意に、背後から男の声がした。
ソラは驚いて振り向いた。そこにいたのは、肩まで伸びた髪を後ろで束ねた若い男。
白衣を着ており、どこか学者か医師のような雰囲気をまとっていた。
「驚かせてごめん。急に声をかけるのは失礼だったね」
男は頭を掻いて、苦笑した。
「俺の名前はフリダ・ケイ。歴史学者をしているよ」
「……アマギ・ソラです」
警戒しながらも、ソラは自己紹介を返す。
フリダケイは微笑んだ。
「アマギ・ソラ。いい名前だ。響きもいいし、火星史に刻まれる名かもしれない」
「火星史に……?」
「そう。君が持ってるその剣、見せてくれるかな」
驚いてソラは剣に視線を落とす。
「この剣が……何か?」
フリダケイは焚き火のそばに歩み寄り、目を輝かせた。
「それは伝説の“紅の剣”だよ。旧火星時代から伝わる逸物だ。正確には、地球支配を正当化するための神話体系と深く結びついている」
「伝説の……? これが?」
フリダケイは堪えきれず、剣にそっと手を触れる。
「本物だ……本当に巡り逢えるなんて……!」
その表情は、長年の夢が叶った少年のようだった。
「君は選ばれし者だ、ソラ。剣を通じて、火星と地球に隠された真実を暴く鍵を持っている」
ソラは返す言葉を失っていた。まさか、自分がそんな役割を担っているなどとは……。
「ところで」
フリダケイが剣から目を離し、周囲に目をやる。
「さっきから、誰かの気配がする──」
その瞬間、森の闇が揺れた。
「本物だって? 笑わせるなよ、エセ学者」
低く、男とも女ともつかない声が響く。
現れたのは、紫のワイシャツを着た中性的な人物。
顔立ちは曖昧で、目元だけが異様に冴えていた。その手には、黒く鈍い光を帯びた剣が握られている。
「君が本物の剣を持っている? それは違う」
そう言って、相手は自らの剣をちらつかせた。
刃は夜闇と同化するような黒。その中に、うっすらと血のような赤が走る。
紅色に輝いた。

