紅剣物語第29話「2章の初め」

7 2025/11/29 19:55

朝日が砂漠の端を照らし始めるころ、四人は歩いていた。

冷えた風が頬をかすめる。焼けた瓦礫の匂いは、昨日までの戦いをまだ引きずっているようだった。

先頭に立つチュウニが、肩に軍用のマントを翻して言った。

「ローマへ向かう。……関所は気にするな。俺が通す」

その言葉に、フリダケイとヒロトが互いに顔を見合わせた。

「いや、気になるだろ普通は」

ヒロトがぼそりと呟く。

フリダケイは石畳に落ちた影を見つめながら、淡々と反論した。

「あなたは軍人ですが、我々は違います。

交通証がなければ国境は越えられません。……陸路でバルカン半島を抜けるべきです」

その名にソラが小首をかしげた。

「バルカン半島……?」

「長い山岳地帯。関所も多いが、裏道も豊富だ。おまけにダキア総督は街道整備に勤しんでいるという。楽な道のりが続くぞ」

フリダケイは地図を広げ、黒い指でなぞる。

「イスタンブールまで出て、そこから北上する。徒歩なら……十五日はかかる」

ヒロトはげんなりして頭を抱える。

「十五日も歩くのかよ……」

だがチュウニは鼻を鳴らした。

「くだらん。海路で一気にローマへ向かったほうが早い。

第一、予備役とはいえヨーロッパ連合国の少尉である俺が同行しているんだ。関所など、軍人の顔パスで通れる」

「……本気で言ってますか」

フリダケイの目が細くなる。

「本気だ。軍服と階級章は伊達じゃない」

ソラは小さく息をのんだ。

チュウニの階級が、ここまで役に立つとは思っていなかった。

「……じゃあ、海で行くのが一番早いってこと?」

「当然だ。メソポタミアから馬で出て、アレクサンドリア港へ向かう。そこから軍の航路に乗りローマへ行く」

ヒロトが眉をひそめる。

「でも俺たち……馬なんて持ってねぇぞ。買う金もねぇし」

チュウニは肩をすくめて言い放つ。

「買わなきゃいいだろ。盗むんだ」

「……おまえ軍人だろ!」

ヒロトの叫びが朝空に響く。

フリダケイは無表情だが、ソラだけが少し笑ってしまった。

「まあ……急がないと大会に間に合わないしな」

チュウニは軽く顎をしゃくって歩き出す。

「文句は後でまとめて聞いてやる。行くぞ」

夕方、四人は荒れ果てた農村の端にあった牧場へ忍び込んだ。

番兵の姿はどこにもない。

「なんで番兵が1人もいないんだ?」

フリダケイが首を傾げる。チュウニはそれを見て呆れ返った。

「お前、国際情勢すらわからんのか。この間、カナク王国が滅亡しただろう?ヨーロッパ連合国は、東部大陸の辺境国家を撃滅されるべく大軍を興した。貧しい成人男性は金を得るためそろって軍隊に志願、それがこの結果だ。地方では強盗が絶えないらしいぞ」

チュウニはそう説明する。

「ほんとに盗むのかよ……」

ヒロトはうんざりしながら柵の隙間から覗き込む。

フリダケイが手早く馬の背を撫で、口元を押さえた。

「……騒がれなければ問題ない。良い個体だ」

ソラは馬の目を見つめた。

静かだ。怖がってはいない。

チュウニは慣れた動作で三頭の手綱を握る。

「四人分は要らない。二人ずつ乗れ。急ぐぞ」

「いやあんた、慣れすぎじゃないか……?」

ヒロトが呆れる。

馬にまたがると、夕焼けの光の中、荒野が赤く染まり始めていた。

四人はその道を、ローマへ向けて駆け出した。

ーーーーー

数日間、夜昼を問わず馬を走らせ続けた。

砂嵐、盗賊の影、枯れたオアシス、廃墟となった都市――。

ヒロトが疲労で肩を落としたのは八日目の夜だった。

「もう……背中が終わる……」

フリダケイは淡々と告げる。

「馬の寿命の方が先に尽きると思うが」

「言うなそれ!」

チュウニは振り返りもせず、遠くの光を指した。

「見ろ。アレクサンドリアの外灯だ。着いたぞ」

海風の匂いが流れ込む。

ソラの胸が少し熱くなった。

「……海だ」

暗い波が、港の灯火を静かに飲み込んでいた。

ーーーーーーー

港には巨大な軍用輸送船が並び、甲板では兵士たちが忙しなく行き交っている。

その前で、関門の兵が四人を止めた。

「ここは軍専用港だ。一般人は立ち入れん」

だがチュウニは無言で軍帽を軽く上げ、階級章を見せた。

兵士の表情が固まる。

「……し、少尉殿!? 失礼いたしました!」

「こいつらは俺の同行者だ。ローマまで軍船を使う」

「も、もちろんであります!」

フリダケイが小声で呟く。

「……本当に通ってしまった」

ヒロトは思わず頭を抱える。

「ズルじゃねぇか……」

チュウニは胸を張り返す。

「軍人の権利だ。文句あるか?」

ソラはただ、巨大な船体を見上げた。

これが、父と紅剣の真実へ続く道――そう思うと胸がざわつく。

甲板に上がると、潮風が一気に吹きつけてきた。

遠くで船員がロープを巻き、蒸気機関がゆっくり唸りを上げる。

チュウニが振り返り、淡々と告げた。

「これでローマまで一直線だ。……覚悟はいいな」

ソラは頷いた。

ヒロトも、フリダケイも、静かに頷いた。

エンジンが振動し、巨大な船体が動き出す。

夜の海が黒い鏡のように広がり、その上を船はすべるように進んでいった。

ソラは手すりに寄りかかり、暗い水平線を見つめた。

その先に父がいるのか。

その先に、紅剣の真実があるのか。

わからない。ただ――

それでも、進むと決めた。

風が髪を揺らす。

アレクサンドリアの灯が遠ざかる。

四人の旅は、いま新たな海へと踏み出した。

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