紅剣物語第28話「旅立ち」

7 2025/11/23 15:15

一週間後、朝の風は心地よく吹き抜けていた。

反火星連盟の拠点は、一見すれば寂れた宿屋のようだ。

正面の通りは人影が少なく、周囲は廃墟や空き家が点在している。

だがその中には、重症だったヒロトを全快まで治しきった医療班が存在し、確かな力が息づいていた。

旅支度を整えたソラ、ヒロト、フリダケイの三人は、連盟の兵たちに見送られていた。

チュウニが一歩前に出る。

「ソラ。我々はお前の旅を応援している」

兵士たちが一斉に敬礼する。

だが、その中でヒロトだけは浮かない表情をしていた。

「どうした? 具合でも悪いのか?」

ソラが尋ねると、ヒロトは視線を落としながら呟いた。

「……俺はチュウニを信用していない。

あいつは、一度俺と一緒に司教と戦ったんだ。

けどチュウニは反撃もせず、ひとりで逃げた」

淡々と語られる事実に、冷たい風が吹き抜けた。

その時、チュウニの副官らしきナイラが歩み寄ってくる。

「貴方の剣、綺麗にしておきました。どうぞ使ってください。切れ味は前より良くなっています」

続いて現れたのは連盟トップのガン・ヴァルガン。

両腕を組み、厳しい眼差しで三人を見据える。

「ローマ闘技場で開かれる大会は、事前情報が一切ない謎の大会だ。

……それでも行くのか?」

フリダケイがわずかに眉を上げる。

「謎ですか……」

その呟きに、チュウニが鼻で笑う。

「どうした。もう怯えたか?」

フリダケイは落ち着いた声で返した。

「謎が多いと聞いて安心しただけです。

未経験者も経験者も、差はゼロということです」

それを聞いたヴァルガンが安堵の息を漏らす。

「アルバルト隊長、始めてくれ」

チュウニが手を叩くと、緑の服を着た男──アルバルトが前に出る。

「旅の加護のようなものをお見せします」

両手を合わせると、三人の足元の地面に光の紋が走った。

その光は瞬く間に膨れ上がり、爆風となって周囲を包み込む。

土煙が収まった、その瞬間──

ヴァルガンが銃を突きつけられていた。

「アヴィーデ……!?」

背後からヴァルガンの首に銃を当てていたのは、紛れもなくアヴィーデだった。

ナイラがすぐに銃を構える。

チュウニも手を突き出し、焔の魔法を放とうとする。

だがアヴィーデはヴァルガンの首筋へ指を軽く当て、嘲笑した。

「おいおい、いいのかよ。僕を焼けば、このオッサンもまとめて灰だぜ?」

チュウニは舌打ちし、手を下ろす。

「……用件を聞こう」

「なぁに、お前たちが丁重にもてなしている“あのデブ”を回収しに来ただけさ」

「デブ? タン・サイボーのことか」

「ご名答。さっさと連れてこい」

チュウニがナイラを見る。

ナイラは無言で頷き、建物の中へ消えた。

ヒロトがソラへ小声で言う。

「これは……厄介だな」

フリダケイも続ける。

「我々には関係ない。ここは静かに離れるぞ」

二人は距離を取ろうとする。

しかしソラは、ただアヴィーデを見据えて歩み出した。

アヴィーデも気づき、眉をひそめる。

「お前……あのクソガキかよ。まだ生きていやがったのか」

ソラは剣を構え、問いかけた。

「俺の父について、何か知っているなら答えろ」

その目は揺るがない。

アヴィーデが不機嫌そうに口を歪める。

「……いいこと教えてやるよ。

お前は我々の邪魔をするな。」

「答えになってない。

人造人間のあんたなら何か知ってるはずだ」

「紅剣を使えるお前は、計画にとって利用価値がある。

わかったら黙って立ち去れ!」

その時、ナイラが縄で縛られたタンを連れて戻ってきた。

「連れてきたわよ! とっととヴァルガンさんを離しなさい!」

「先にタンの縄をほどけ!」

アヴィーデが怒鳴る。

怒声に押され、ナイラは縄を解く。

自由になったタンに、アヴィーデが満足げな笑みを浮かべた。

アヴィーデはソラを振り返る。

「闘技大会、か……

生き残れば、お前はもっと強くなる。

紅剣を使いこなせるほど、我々には都合がいい」

薄く笑い、背を向ける。

「それじゃ、またいつか」

ヴァルガンを蹴り飛ばし、アヴィーデはタンと共に地面に潜り、影へと消えた。

---

「ヴァルガンさん!お怪我は……ございませんか……!」

荒い息をつきながら、アルバルトが地面に手をつき頭を下げた。

「申し訳ありません……!

どうやら、私の魔法陣に細工がされていたようで……!」

チュウニがソラたちの前に来て告げた。

「ソラ。……俺は決めた。お前たちについていく」

突然の宣言に、三人が目を見開く。

フリダケイが冷静に問う。

「なぜついてくる」

チュウニは胸元の血を拭いながら答えた。

「タン──こちら側の切り札を失った。

ならば俺自身が大会に出て紅剣を獲得するまでだ。

ついでに……お前たちの監視も兼ねてな」

チュウニは軽く笑った

「アルバルト、ナイラ。ヴァルガンさんと連盟のことは任せた!」

と叫び、さっさと道を歩き始める。

「ちょっと、勘弁してくださいよーッ!」

アルバルトの情けない悲鳴が、静かな通りに吸い込まれていった。

ヴァルガンとナイラは突然の告白に戸惑いつつも、ソラたちの後ろ姿を微笑みながら眺めた。

ーーーーーーーー

瓦礫の隙間から吹き抜ける冷たい風が、血の匂いを運んでいく。

チュウニが、先頭に立つ。

その後ろでヒロトとフリダケイが荷物を背負い、ソラは静かに紅剣を握りしめる。

父の影は、まだ霧の向こう側。

紅剣の正体も、人造人間の目的も、何一つ明らかにはなっていない。

ある者は腹心を連れ、復讐を胸に世を放浪する道を選び、

ある者は来たる闘技大会に備え、ただひたすらに剣を研ぎ澄ます。

ある者は胸に秘めた野望を露わにし、

ある者は揺るぎなき信念を貫くため、深い地下へと姿を消していく。

それぞれが、それぞれの理由を抱えながら──

新たな季節へと歩みを進めていった。

だが一つだけ確かだった。

この旅は、まだ始まりにすぎない。

ローマで開かれる“謎”の闘技大会。

そこで待つのは新たな紅剣か、さらなる死か──

あるいは父の真実かもしれない。

誰も答えを持ってはいない。

それでも、ソラたちは歩き出す。

奪われたものを取り返すため。

そして、まだ見ぬ未来へ辿り着くため。

ボルド市を背にして、四人はゆっくりと前へ進んだ。

――第2部「ローマ闘技大会ー死の紅輪編」へ、つづく。

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