紅剣物語第28話「旅立ち」
一週間後、朝の風は心地よく吹き抜けていた。
反火星連盟の拠点は、一見すれば寂れた宿屋のようだ。
正面の通りは人影が少なく、周囲は廃墟や空き家が点在している。
だがその中には、重症だったヒロトを全快まで治しきった医療班が存在し、確かな力が息づいていた。
旅支度を整えたソラ、ヒロト、フリダケイの三人は、連盟の兵たちに見送られていた。
チュウニが一歩前に出る。
「ソラ。我々はお前の旅を応援している」
兵士たちが一斉に敬礼する。
だが、その中でヒロトだけは浮かない表情をしていた。
「どうした? 具合でも悪いのか?」
ソラが尋ねると、ヒロトは視線を落としながら呟いた。
「……俺はチュウニを信用していない。
あいつは、一度俺と一緒に司教と戦ったんだ。
けどチュウニは反撃もせず、ひとりで逃げた」
淡々と語られる事実に、冷たい風が吹き抜けた。
その時、チュウニの副官らしきナイラが歩み寄ってくる。
「貴方の剣、綺麗にしておきました。どうぞ使ってください。切れ味は前より良くなっています」
続いて現れたのは連盟トップのガン・ヴァルガン。
両腕を組み、厳しい眼差しで三人を見据える。
「ローマ闘技場で開かれる大会は、事前情報が一切ない謎の大会だ。
……それでも行くのか?」
フリダケイがわずかに眉を上げる。
「謎ですか……」
その呟きに、チュウニが鼻で笑う。
「どうした。もう怯えたか?」
フリダケイは落ち着いた声で返した。
「謎が多いと聞いて安心しただけです。
未経験者も経験者も、差はゼロということです」
それを聞いたヴァルガンが安堵の息を漏らす。
「アルバルト隊長、始めてくれ」
チュウニが手を叩くと、緑の服を着た男──アルバルトが前に出る。
「旅の加護のようなものをお見せします」
両手を合わせると、三人の足元の地面に光の紋が走った。
その光は瞬く間に膨れ上がり、爆風となって周囲を包み込む。
土煙が収まった、その瞬間──
ヴァルガンが銃を突きつけられていた。
「アヴィーデ……!?」
背後からヴァルガンの首に銃を当てていたのは、紛れもなくアヴィーデだった。
ナイラがすぐに銃を構える。
チュウニも手を突き出し、焔の魔法を放とうとする。
だがアヴィーデはヴァルガンの首筋へ指を軽く当て、嘲笑した。
「おいおい、いいのかよ。僕を焼けば、このオッサンもまとめて灰だぜ?」
チュウニは舌打ちし、手を下ろす。
「……用件を聞こう」
「なぁに、お前たちが丁重にもてなしている“あのデブ”を回収しに来ただけさ」
「デブ? タン・サイボーのことか」
「ご名答。さっさと連れてこい」
チュウニがナイラを見る。
ナイラは無言で頷き、建物の中へ消えた。
ヒロトがソラへ小声で言う。
「これは……厄介だな」
フリダケイも続ける。
「我々には関係ない。ここは静かに離れるぞ」
二人は距離を取ろうとする。
しかしソラは、ただアヴィーデを見据えて歩み出した。
アヴィーデも気づき、眉をひそめる。
「お前……あのクソガキかよ。まだ生きていやがったのか」
ソラは剣を構え、問いかけた。
「俺の父について、何か知っているなら答えろ」
その目は揺るがない。
アヴィーデが不機嫌そうに口を歪める。
「……いいこと教えてやるよ。
お前は我々の邪魔をするな。」
「答えになってない。
人造人間のあんたなら何か知ってるはずだ」
「紅剣を使えるお前は、計画にとって利用価値がある。
わかったら黙って立ち去れ!」
その時、ナイラが縄で縛られたタンを連れて戻ってきた。
「連れてきたわよ! とっととヴァルガンさんを離しなさい!」
「先にタンの縄をほどけ!」
アヴィーデが怒鳴る。
怒声に押され、ナイラは縄を解く。
自由になったタンに、アヴィーデが満足げな笑みを浮かべた。
アヴィーデはソラを振り返る。
「闘技大会、か……
生き残れば、お前はもっと強くなる。
紅剣を使いこなせるほど、我々には都合がいい」
薄く笑い、背を向ける。
「それじゃ、またいつか」
ヴァルガンを蹴り飛ばし、アヴィーデはタンと共に地面に潜り、影へと消えた。
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「ヴァルガンさん!お怪我は……ございませんか……!」
荒い息をつきながら、アルバルトが地面に手をつき頭を下げた。
「申し訳ありません……!
どうやら、私の魔法陣に細工がされていたようで……!」
チュウニがソラたちの前に来て告げた。
「ソラ。……俺は決めた。お前たちについていく」
突然の宣言に、三人が目を見開く。
フリダケイが冷静に問う。
「なぜついてくる」
チュウニは胸元の血を拭いながら答えた。
「タン──こちら側の切り札を失った。
ならば俺自身が大会に出て紅剣を獲得するまでだ。
ついでに……お前たちの監視も兼ねてな」
チュウニは軽く笑った
「アルバルト、ナイラ。ヴァルガンさんと連盟のことは任せた!」
と叫び、さっさと道を歩き始める。
「ちょっと、勘弁してくださいよーッ!」
アルバルトの情けない悲鳴が、静かな通りに吸い込まれていった。
ヴァルガンとナイラは突然の告白に戸惑いつつも、ソラたちの後ろ姿を微笑みながら眺めた。
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瓦礫の隙間から吹き抜ける冷たい風が、血の匂いを運んでいく。
チュウニが、先頭に立つ。
その後ろでヒロトとフリダケイが荷物を背負い、ソラは静かに紅剣を握りしめる。
父の影は、まだ霧の向こう側。
紅剣の正体も、人造人間の目的も、何一つ明らかにはなっていない。
ある者は腹心を連れ、復讐を胸に世を放浪する道を選び、
ある者は来たる闘技大会に備え、ただひたすらに剣を研ぎ澄ます。
ある者は胸に秘めた野望を露わにし、
ある者は揺るぎなき信念を貫くため、深い地下へと姿を消していく。
それぞれが、それぞれの理由を抱えながら──
新たな季節へと歩みを進めていった。
だが一つだけ確かだった。
この旅は、まだ始まりにすぎない。
ローマで開かれる“謎”の闘技大会。
そこで待つのは新たな紅剣か、さらなる死か──
あるいは父の真実かもしれない。
誰も答えを持ってはいない。
それでも、ソラたちは歩き出す。
奪われたものを取り返すため。
そして、まだ見ぬ未来へ辿り着くため。
ボルド市を背にして、四人はゆっくりと前へ進んだ。
――第2部「ローマ闘技大会ー死の紅輪編」へ、つづく。
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