紅剣物語第18話「開戦」
「これで第一関門は突破したな」
フリダケイは小さく呟いた。
ヨーロッパ連合国の首都ローマ。数千年の歴史を刻むこの都市は、今や人口数百万を抱え、連合国の政治と軍事の中心地として“地球の心臓”と呼ばれている。
この街に居を構えるのは、連合国軍総帥ウィリアム・ウォルフワース。彼の一言で、世界の勢力図が塗り替えられるほどの存在だ。
そんな都市で――一か月後、闘技大会が開催される。
だが、そこにたどり着くまでの道のりは容易ではない。
幾つもの島を船で渡り、関所を欺きながら進まねばならないのだ。
そして、その関所を越えるには、ソラの通行証を“本物”だと信じ込ませる必要がある。
街道沿いの景色が次第に森へと変わっていく。
人影は途絶え、小鳥の囀りと小動物の足音だけが響く中、フリダケイは隣を歩く少年に目をやった。
――ソラ。
どんな事情があるのか知らないが、伝説の紅の剣を抜くことができる、稀有な少年。
そして、その力は利用価値がある。
(この少年を闘技大会に出場させ、他の参加者を紅の剣で一掃させる。そして最後に、私が彼を倒せば……優勝はこの手に――)
名付けて、“人生リア充計画”。
そんな思惑を胸に歩を進めていると、突然――
ガサッ、と茂みが鳴った。
「ソラ、止まれ」
フリダケイは軽く手を上げて制した。
「今のは、動物の気配じゃないな。誰だ、出てこい」
声を放つと、茂みの奥から痩せた男が現れた。
薄汚れた外套の下で、刃のような視線が光る。
「私たちに、何の用かな?」
フリダケイはいつもの調子で陽気に笑ってみせたが、目の奥は冷静に敵意を読み取っていた。
「お前たちが持っているもので、一番価値のあるものを渡せ」
「価値のあるもの?乞食みたいな旅人に見えるだろう。高価な物なんて持っていない」
「とぼけるな。生きている者なら、誰にでも持っているだろう」
「……命、ってやつか」
「その通り。その命、頂戴する」
言葉と同時に、男が背中の短刀を抜いて斬りかかってきた。
フリダケイはかろうじて身をひねって避けたが、転倒して尻を打つ。
男はフリダケイを無視し、ソラへと向かって駆けた。
(やはり狙いは紅の剣か!)
フリダケイは立ち上がりざまに叫ぶ。
「おい、止まれ!」
男は動きを止め、振り返った。薄笑いを浮かべている。
「俺が油断したところで、後ろのガキが俺に斬りかかるとでも?」
男が頭上を見上げる。そこには木の枝に身を潜め、弓を構える仲間がいた。
「そんな卑怯な真似はしないさ。ただ忠告してやるだけだ」
「忠告?」
「ああ。私が指を弾けば、お前と上の仲間の顔が同時に潰れる」
「ハッタリだろ。笑わせるな」
2人の賊が嘲笑った瞬間――
フリダケイの足元に、不規則な紋様の魔法陣が浮かび上がる。
(エイプリル・マトリックス!)
光が爆ぜ、風が渦巻く。フリダケイの髪が逆立ち、森に一瞬、神々しい閃光が走る。
「これを見ても、まだ疑うか?」
男の笑みが消えた。
その隙を突き、ソラが紅の剣を抜いて斬りかかる。
「やめろ、ソラ! 木の上の弓兵が――!」
叫びも虚しく、矢が放たれた。
一直線にソラの胸を狙う。
(くそっ!)
だがその瞬間、紅の剣を中心に防御結界が展開。
矢は光の壁に弾かれ、森に吸い込まれた。
ソラはそのまま疾走し、痩せた男と刃を交える。
金属がぶつかる鋭い音が森に響く。
フリダケイはポケットを探り、色付きのスプレー缶を取り出した。
「――混色乱陣!」
噴射された絵の具が男の顔面を覆う。
「くそっ、なにも見えねぇ!」
男はよろめき、視界を失ったまま森の奥へと走り去った。
残った弓兵が木の上から飛び降り、両手を上げた。
「俺はニンってあだ名だ。降参する!命だけは助けてくれ!」
「頭を上げろ。命は保証する。だから教えろ――誰の差金だ?」
フリダケイの問いに、ニンは顔を上げて答える。
「オーデッツ司教だ。そこの少年が持ってる紅剣を狙っている」
「……やはり、そうか」
フリダケイは髪をかき上げ、ため息をついた。
そのとき、地面が微かに震え始める。
重い足音が、幾重にも近づいてきた。
「まさか……」
ニンが青ざめる。
「なんだ?」
「すまん。俺たちは時間稼ぎをしていたんだ。その間に、兵士が――」
「なっ!?」
森の向こうから兵士たちが現れ、あっという間に周囲を包囲した。
騎馬二、魔兵四、槍兵三、弓兵二、そして――先ほど逃げた痩せた男。
(なるほど、総勢十一……厄介だな)
フリダケイは冷静に数を数えた。
「よく時間を稼いでくれたな、ニン。おかげで逃げられずに済んだ」
痩せた男が嗤う。
だがその声に、ニンが怒鳴り返した。
「それで満足か?司教の鎖に繋がれたまま生きてて、楽しいのか?」
その言葉に、フリダケイが一瞬、目を細める。
この状況で反旗を翻すなど、正気の沙汰ではない。
「どうした?死に急ぎたいのか?」
「逆だ。生きるためだ。俺はこの二人の強さに賭ける。お前らより強い」
ニンは弓を構え、ソラは剣を握り直す。
そしてフリダケイは大きく息を吸い込み――
「おい、お前ら!覚悟を決めろ!
最後の最後まで、戦い抜くぞ!」
森に、三人の気迫が満ちた。

