紅剣物語第13話「戦後」

6 2025/10/19 19:17

チュウニは、一人で歩いていた。

黒と青のコントラストが印象的な戦闘服は、今では汗と焦げた煙の匂いをまとい、不快に重くまとわりついている。

ソラやヒロトと別れたことに、チュウニは後悔していなかった。

テイシン村にいた頃から、彼は反火星連盟への参加をヴァルガンと約束していた。火星による地球支配を終わらせる——その信念だけが、彼の中で確かだった。

足手まといがいなくなった今が、その時だ。

やがて、森を抜けると一帯は瓦礫の原と化していた。

人の気配はなく、残されている建物も古びたコンクリート製ばかり。

「……本当にここで合ってるのか?」

チュウニは立ち止まり、疑念を胸に問いかける。

「お前は──」

背後から、不意に声がした。聞き覚えのある声だった。

振り返ると、そこにはミノグチが立っていた。

「ミノグチ……なぜここに?」

「反火星連盟を潰そうとしたんだけどな。タン・サイボーというデブの味方がやられて、俺は敵の目をかいくぐって逃げ延びてきたところさ」

「なんだと……!」

チュウニは即座に構えを取った。ミノグチは敵だ。容赦は要らない。

しかしミノグチは、落ち着いた口調で手をかざす。

「待てよ、炎使い。戦う気はない。たまたま鉢合わせただけだ。ここは矛を収めようじゃないか」

「お前を焼けば済む話だ。なぜ見逃す必要がある?」

「お前が俺を焼く前に、俺がお前を圧殺するからだ」

そう言ってミノグチが手を突き出す。

チュウニも応じて構え直すが──沈黙の数秒後、彼はゆっくりと手を下ろした。ミノグチも同じく、敵意を引っ込める。

「また会おうぜ、チュウニ」

それだけ言い残すと、ミノグチは去っていった。

チュウニはしばらくその背を見送ってから、前を向いた。近くに見えるコンクリートの建物へと向かう。

その建物の前に、三人の人影があった。

「あれは……少将!」

ガン・ヴァルガン少将がチュウニに気づき、手を振る。それを見て、残りの二人──アルバルトとナイラもこちらに視線を向けた。

「捕虜を見せたいのだが」

ヴァルガンは廃墟の一角を指差した。そこには、太った男がうつ伏せに転がっている。

「こいつの脳を破壊しても、しぶとく再生しようとしやがる。だから縄で縛ってる」

捕らえられていたのは、タン・サイボーだった。

「村が全滅したと思ったら、今度はこいつが襲ってきたりして……いやぁ、騒がしい一日でしたよ」

アルバルトが明るい声で言ったが、顔には疲労の色が濃く残っている。

「情報を引き出したいですね。司教の拠点とか」

ナイラも続ける。ナイラの赤目は相変わらず変わっていない。

「まずは食料を与えて、対話から始めましょう。拷問じゃ意味がない。死の恐怖が効かない相手には、こちらが丁寧に接するしかありません」

ヴァルガンも静かに頷いた。チュウニは、その異様な捕虜を見下ろしながら、燃えさしのような警戒心を絶やさなかった。

ーーーー

「……じゃあ、僕はこれで失礼するよ」

セレナが踵を返そうとした瞬間、アヴィーデの声が冷たく響いた。

「逃げる気か、アヴィーデ?」

セレナの声には、火山の噴煙のような怒りがこもっていた。

「私のセレスティアル・フォールで奴らを屠れと命じられたはずだろう。まさか、それが通じなかったから引き下がるつもりか?」

彼女の全身から、かすかに霊気のような気迫が立ち上っていた。

タンが人間どもに敗北し、瀕死に追い込まれた──

いずれ再生するだろうが、ここまでの完敗はセレナの歴史上、初めての屈辱だった。

アヴィーデは振り向きながら、肩をすくめた。

「君にセレスティアル・フォールは、見せつけるための儀式技法だよ。実戦で避けられるなら、使う意味はない。僕には僕の用事がある」

「用事だと?」

「あぁ。倅にね、伝えないといけないんだ。君が握っているその“信じていた剣”、実は偽物なんだよって」

アヴィーデは涼しい顔で、自身の腰に提げた剣をセレナにちらつかせてみせた。

その刃は、光を吸い込むように紅く、静かに脈打つ何かを宿しているようだった。

「……貴様、倅を始末すればいいものを、あえて本気であの子を裏切るつもりか?」

セレナは眉を吊り上げたが、アヴィーデは答えなかった。

ただ、仄かに笑みを浮かべたまま背を向ける。

「まぁ、好きにしろ。私はここに残る。あの無能を回収できるならするさ。せめて、利用価値があるうちにね」

セレナは地面を見つめ、薄く目を閉じた。

タン・サイボーの再生は進行している。時間はかかるだろうが、奴の肉体が完全に復元されれば、もう一度使い道はある。

「行け。戻る気がないなら、その背中を見届けてやる」

アヴィーデは無言で頷き、闇に溶けるようにその場を去っていった。

アヴィーデの残した足音は、まるで風に呑まれたように消えていく。

セレナは月を見上げ、拳を握った。

(人間ごときに……敗北?)

その思考が、彼女の内で静かに煮えたぎっていた。

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