紅剣物語第13話「戦後」
チュウニは、一人で歩いていた。
黒と青のコントラストが印象的な戦闘服は、今では汗と焦げた煙の匂いをまとい、不快に重くまとわりついている。
ソラやヒロトと別れたことに、チュウニは後悔していなかった。
テイシン村にいた頃から、彼は反火星連盟への参加をヴァルガンと約束していた。火星による地球支配を終わらせる——その信念だけが、彼の中で確かだった。
足手まといがいなくなった今が、その時だ。
やがて、森を抜けると一帯は瓦礫の原と化していた。
人の気配はなく、残されている建物も古びたコンクリート製ばかり。
「……本当にここで合ってるのか?」
チュウニは立ち止まり、疑念を胸に問いかける。
「お前は──」
背後から、不意に声がした。聞き覚えのある声だった。
振り返ると、そこにはミノグチが立っていた。
「ミノグチ……なぜここに?」
「反火星連盟を潰そうとしたんだけどな。タン・サイボーというデブの味方がやられて、俺は敵の目をかいくぐって逃げ延びてきたところさ」
「なんだと……!」
チュウニは即座に構えを取った。ミノグチは敵だ。容赦は要らない。
しかしミノグチは、落ち着いた口調で手をかざす。
「待てよ、炎使い。戦う気はない。たまたま鉢合わせただけだ。ここは矛を収めようじゃないか」
「お前を焼けば済む話だ。なぜ見逃す必要がある?」
「お前が俺を焼く前に、俺がお前を圧殺するからだ」
そう言ってミノグチが手を突き出す。
チュウニも応じて構え直すが──沈黙の数秒後、彼はゆっくりと手を下ろした。ミノグチも同じく、敵意を引っ込める。
「また会おうぜ、チュウニ」
それだけ言い残すと、ミノグチは去っていった。
チュウニはしばらくその背を見送ってから、前を向いた。近くに見えるコンクリートの建物へと向かう。
その建物の前に、三人の人影があった。
「あれは……少将!」
ガン・ヴァルガン少将がチュウニに気づき、手を振る。それを見て、残りの二人──アルバルトとナイラもこちらに視線を向けた。
「捕虜を見せたいのだが」
ヴァルガンは廃墟の一角を指差した。そこには、太った男がうつ伏せに転がっている。
「こいつの脳を破壊しても、しぶとく再生しようとしやがる。だから縄で縛ってる」
捕らえられていたのは、タン・サイボーだった。
「村が全滅したと思ったら、今度はこいつが襲ってきたりして……いやぁ、騒がしい一日でしたよ」
アルバルトが明るい声で言ったが、顔には疲労の色が濃く残っている。
「情報を引き出したいですね。司教の拠点とか」
ナイラも続ける。ナイラの赤目は相変わらず変わっていない。
「まずは食料を与えて、対話から始めましょう。拷問じゃ意味がない。死の恐怖が効かない相手には、こちらが丁寧に接するしかありません」
ヴァルガンも静かに頷いた。チュウニは、その異様な捕虜を見下ろしながら、燃えさしのような警戒心を絶やさなかった。
ーーーー
「……じゃあ、僕はこれで失礼するよ」
セレナが踵を返そうとした瞬間、アヴィーデの声が冷たく響いた。
「逃げる気か、アヴィーデ?」
セレナの声には、火山の噴煙のような怒りがこもっていた。
「私のセレスティアル・フォールで奴らを屠れと命じられたはずだろう。まさか、それが通じなかったから引き下がるつもりか?」
彼女の全身から、かすかに霊気のような気迫が立ち上っていた。
タンが人間どもに敗北し、瀕死に追い込まれた──
いずれ再生するだろうが、ここまでの完敗はセレナの歴史上、初めての屈辱だった。
アヴィーデは振り向きながら、肩をすくめた。
「君にセレスティアル・フォールは、見せつけるための儀式技法だよ。実戦で避けられるなら、使う意味はない。僕には僕の用事がある」
「用事だと?」
「あぁ。倅にね、伝えないといけないんだ。君が握っているその“信じていた剣”、実は偽物なんだよって」
アヴィーデは涼しい顔で、自身の腰に提げた剣をセレナにちらつかせてみせた。
その刃は、光を吸い込むように紅く、静かに脈打つ何かを宿しているようだった。
「……貴様、倅を始末すればいいものを、あえて本気であの子を裏切るつもりか?」
セレナは眉を吊り上げたが、アヴィーデは答えなかった。
ただ、仄かに笑みを浮かべたまま背を向ける。
「まぁ、好きにしろ。私はここに残る。あの無能を回収できるならするさ。せめて、利用価値があるうちにね」
セレナは地面を見つめ、薄く目を閉じた。
タン・サイボーの再生は進行している。時間はかかるだろうが、奴の肉体が完全に復元されれば、もう一度使い道はある。
「行け。戻る気がないなら、その背中を見届けてやる」
アヴィーデは無言で頷き、闇に溶けるようにその場を去っていった。
アヴィーデの残した足音は、まるで風に呑まれたように消えていく。
セレナは月を見上げ、拳を握った。
(人間ごときに……敗北?)
その思考が、彼女の内で静かに煮えたぎっていた。

