紅剣物語第15話「仕返し」
「本物の剣は、これさ」
その男は、まだ抜かれていない一振りの剣をソラとフリダケイに見せつけた。
鈍い赤色の鞘から、ただならぬ気配が漏れ出している。
ソラは慌てて、自分が手にしている剣に目をやった。それは間違いなく、父から受け継いだ大切な剣だ。
「誰か知らないが、でたらめを言うな! この剣は父の形見、本物だ!」
「おっと、失礼。僕の名は“流血のアヴィーデ”。人造王に仕える三名臣の一人だ。――君がバグダートの宿で昏睡していた時に、すでにその剣は頂いている。君の手にあるのは、僕が作ったレプリカさ。君の父の魂に関する情報を抽出し、魂の模倣までしてね」
「魂を……コピー?」
ソラは、自分の手の中の剣を見つめた。
バグダートを出てから今まで、父のように信じてきた剣だった。剣の導きに従って、目的も道も決めてきた。
それが、偽物――?
アヴィーデはぞっとするような笑みを浮かべ、赤き剣に向かって呟いた。
「流血の上に立ちし紅の剣よ……今こそ、我が魂を受け入れよ!」
その声と共に、アヴィーデは剣を抜こうと力を込めた。
アヴィーデが剣を抜く。剣は幻想的な紅い色を帯びている。
彼はニヤリと笑った。
それを見たフリダケイは、呆れたように肩をすくめた。
「滑稽ですね。そんな茶番を見せるために、わざわざ現れたのですか?多少の実力があるものは、いくら伝説の剣といえど抜けますよ」
挑発的な言葉に、アヴィーデの口元が歪む。
「……この剣が抜ける意義をまるで理解していないみたいだな。さすがエセ学者だ。まぁいいだろう、力ってやつを見せてやる。――その異物の倅を処理すル」
アヴィーデは紅の剣を構え、、ソラに駆け寄った。ソラは反応が遅れ、剣を叩き折られてしまう。
「くっ……!」
倒れ込んだソラに、アヴィーデの蹴りが叩き込まれる。
脇腹を蹴られる。鈍い痛みが走る。
ソラは蹴られながらも立ち上がり、アヴィーデの斬撃をかわす。そのままソラは拳を突き出し、アヴィーデの顔面を殴る。
だがアヴィーデは痛みで反応が遅れることもなく、剣を振り上げる。ソラの頬が剣に掠った。
(危ねぇ…!)
ソラは、アヴィーデに突っ込んだ。
両手でアヴィーデの斬撃を止める。手が痛んだが、ソラは手を離さない。
「油断したなパクリ野郎。一応俺はこの剣をずっと使ってる。重くて扱いづらく、一瞬の隙をつかれやすいことも。ついでにこの剣は魔力攻撃にしか反応しないから、素手の殴り合いではその剣の特殊効果は発揮されない。つまりお前がこの戦闘で、この剣を使う意味がないってことだ。動きが遅くなるだけだ!」
そう言い放ち、ソラはアヴィーデの手から剣を奪い取った。
「テメェ、逃すかよ!」
アヴィーデの手がソラの顔面へと伸びる。
「待て」
森に響く、フリダケイの低く通る声。
アヴィーデは一瞬動きを止め、ソラから視線を逸らす。
「なんだ? エセ学者。命乞いか?」
ふてぶてしく笑うアヴィーデに、フリダケイは静かに応じた。
「その子供に、魔法陣を施してある。古代魔法書にも載る、極めて強力なものだ」
「ほう、それは面白い。ならば破壊してやる」
アヴィーデは再びソラへ視線を戻す。
「だが、その魔法陣には仕掛けがある。攻撃すれば、攻撃者が呪われ、最悪の死を迎える」
フリダケイはニヤリと笑った。
「……証拠は?」
「試してみればいいさ。お前が後悔するだけだ」
「……っ」
アヴィーデの手が止まる。剣を握りしめたまま、動けない。
「この世界は“流れ”でできている。物質も、力も、魂も。ぶつかり、離れ、融合し、消えていく。魔法陣を壊そうとすれば、そこにも“流れ”が生じる。そしてそれは、お前の命を流していくことにもなる」
フリダケイの声は、冷たいがどこか優しさも宿していた。
アヴィーデの足が一歩、後ずさる。
ソラは、彼をまっすぐ見据えた。
あれほど自信満々だった男が、今は焦りと動揺に支配されている。
アヴィーデの周囲に無数の光が集まり出した。
「終焉変換陣《オメガ・コンバージョン》!」
アヴィーデは、フリダケイが構築した魔法陣を模倣しようとしたのだ。
「さぁ、どうする? 僕を攻撃してみろ。お前らこそ、“最悪の死”を迎えることになるぞ!」
剣を拾い上げたソラが、一歩前に出る。
「……!」
フリダケイが手のひらを掲げ、呟いた。
「流転律。圧搾領域《サイレント・ボイド》」
風、水、重力――すべての“流れ”がその手に収束する。
自然現象を極限まで圧縮し、一点に叩き込む神速の一撃。
「自然の流れに、逆らうな。ただ、導け」
その言葉と同時に、フリダケイの掌から放たれた力がアヴィーデを貫いた。模倣された魔法陣が砕け、光とともに消える。
衝撃が森を突き抜け、アヴィーデの身体が吹き飛ばされる。
遥か彼方まで、彼の姿は消えていった。
静寂の戻った森で、ソラが口を開く。
「……フリダケイ」
男はソラに視線をやり、静かに言った。
「心配するな。呪いなどかかっていない。所詮、人真似に、呪いなど扱えるはずがない」
そう言って、彼はゆっくりと歩き出す。
「私は、西へ向かう。君も来るか?」
そう告げて、地面に落ちていた紅の剣を拾い上げ、ソラに差し出した。
ソラは黙って、それを受け取る。そして、力強く頷いた。
(……攻撃したのに、どうしてフリダケイは呪われなかったんだろう?)
そんな疑問すら、ソラの胸には湧いてこなかった。
“魔法を使うフリだけの学者”と揶揄されていた男は、
この瞬間から――ソラの人生を導く存在へと変わっていったのだった。
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