紅剣物語第15話「仕返し」

8 2025/10/22 20:51

「本物の剣は、これさ」

その男は、まだ抜かれていない一振りの剣をソラとフリダケイに見せつけた。

鈍い赤色の鞘から、ただならぬ気配が漏れ出している。

ソラは慌てて、自分が手にしている剣に目をやった。それは間違いなく、父から受け継いだ大切な剣だ。

「誰か知らないが、でたらめを言うな! この剣は父の形見、本物だ!」

「おっと、失礼。僕の名は“流血のアヴィーデ”。人造王に仕える三名臣の一人だ。――君がバグダートの宿で昏睡していた時に、すでにその剣は頂いている。君の手にあるのは、僕が作ったレプリカさ。君の父の魂に関する情報を抽出し、魂の模倣までしてね」

「魂を……コピー?」

ソラは、自分の手の中の剣を見つめた。

バグダートを出てから今まで、父のように信じてきた剣だった。剣の導きに従って、目的も道も決めてきた。

それが、偽物――?

アヴィーデはぞっとするような笑みを浮かべ、赤き剣に向かって呟いた。

「流血の上に立ちし紅の剣よ……今こそ、我が魂を受け入れよ!」

その声と共に、アヴィーデは剣を抜こうと力を込めた。

アヴィーデが剣を抜く。剣は幻想的な紅い色を帯びている。

彼はニヤリと笑った。

それを見たフリダケイは、呆れたように肩をすくめた。

「滑稽ですね。そんな茶番を見せるために、わざわざ現れたのですか?多少の実力があるものは、いくら伝説の剣といえど抜けますよ」

挑発的な言葉に、アヴィーデの口元が歪む。

「……この剣が抜ける意義をまるで理解していないみたいだな。さすがエセ学者だ。まぁいいだろう、力ってやつを見せてやる。――その異物の倅を処理すル」

アヴィーデは紅の剣を構え、、ソラに駆け寄った。ソラは反応が遅れ、剣を叩き折られてしまう。

「くっ……!」

倒れ込んだソラに、アヴィーデの蹴りが叩き込まれる。

脇腹を蹴られる。鈍い痛みが走る。

ソラは蹴られながらも立ち上がり、アヴィーデの斬撃をかわす。そのままソラは拳を突き出し、アヴィーデの顔面を殴る。

だがアヴィーデは痛みで反応が遅れることもなく、剣を振り上げる。ソラの頬が剣に掠った。

(危ねぇ…!)

ソラは、アヴィーデに突っ込んだ。

両手でアヴィーデの斬撃を止める。手が痛んだが、ソラは手を離さない。

「油断したなパクリ野郎。一応俺はこの剣をずっと使ってる。重くて扱いづらく、一瞬の隙をつかれやすいことも。ついでにこの剣は魔力攻撃にしか反応しないから、素手の殴り合いではその剣の特殊効果は発揮されない。つまりお前がこの戦闘で、この剣を使う意味がないってことだ。動きが遅くなるだけだ!」

そう言い放ち、ソラはアヴィーデの手から剣を奪い取った。

「テメェ、逃すかよ!」

アヴィーデの手がソラの顔面へと伸びる。

「待て」

森に響く、フリダケイの低く通る声。

アヴィーデは一瞬動きを止め、ソラから視線を逸らす。

「なんだ? エセ学者。命乞いか?」

ふてぶてしく笑うアヴィーデに、フリダケイは静かに応じた。

「その子供に、魔法陣を施してある。古代魔法書にも載る、極めて強力なものだ」

「ほう、それは面白い。ならば破壊してやる」

アヴィーデは再びソラへ視線を戻す。

「だが、その魔法陣には仕掛けがある。攻撃すれば、攻撃者が呪われ、最悪の死を迎える」

フリダケイはニヤリと笑った。

「……証拠は?」

「試してみればいいさ。お前が後悔するだけだ」

「……っ」

アヴィーデの手が止まる。剣を握りしめたまま、動けない。

「この世界は“流れ”でできている。物質も、力も、魂も。ぶつかり、離れ、融合し、消えていく。魔法陣を壊そうとすれば、そこにも“流れ”が生じる。そしてそれは、お前の命を流していくことにもなる」

フリダケイの声は、冷たいがどこか優しさも宿していた。

アヴィーデの足が一歩、後ずさる。

ソラは、彼をまっすぐ見据えた。

あれほど自信満々だった男が、今は焦りと動揺に支配されている。

アヴィーデの周囲に無数の光が集まり出した。

「終焉変換陣《オメガ・コンバージョン》!」

アヴィーデは、フリダケイが構築した魔法陣を模倣しようとしたのだ。

「さぁ、どうする? 僕を攻撃してみろ。お前らこそ、“最悪の死”を迎えることになるぞ!」

剣を拾い上げたソラが、一歩前に出る。

「……!」

フリダケイが手のひらを掲げ、呟いた。

「流転律。圧搾領域《サイレント・ボイド》」

風、水、重力――すべての“流れ”がその手に収束する。

自然現象を極限まで圧縮し、一点に叩き込む神速の一撃。

「自然の流れに、逆らうな。ただ、導け」

その言葉と同時に、フリダケイの掌から放たれた力がアヴィーデを貫いた。模倣された魔法陣が砕け、光とともに消える。

衝撃が森を突き抜け、アヴィーデの身体が吹き飛ばされる。

遥か彼方まで、彼の姿は消えていった。

静寂の戻った森で、ソラが口を開く。

「……フリダケイ」

男はソラに視線をやり、静かに言った。

「心配するな。呪いなどかかっていない。所詮、人真似に、呪いなど扱えるはずがない」

そう言って、彼はゆっくりと歩き出す。

「私は、西へ向かう。君も来るか?」

そう告げて、地面に落ちていた紅の剣を拾い上げ、ソラに差し出した。

ソラは黙って、それを受け取る。そして、力強く頷いた。

(……攻撃したのに、どうしてフリダケイは呪われなかったんだろう?)

そんな疑問すら、ソラの胸には湧いてこなかった。

“魔法を使うフリだけの学者”と揶揄されていた男は、

この瞬間から――ソラの人生を導く存在へと変わっていったのだった。

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