紅剣物語第31話「末路」
ベータの動きは、まるで人間のそれではなかった。
四肢が異常に柔軟に、そして鋭く曲がり、紅剣の光に吸い寄せられるように突進してくる。
「くっ……こいつ……!」
ソラは咄嗟に紅剣を構えた。
刀身が月光を受けて赤く煌めく。
ベータは一歩で間合いを詰め、爪にも似た指先で斬りかかる。
「止まれ……!」
だが、紅剣はベータの攻撃を弾き返すだけではない。
一振りでその動きを封じ、光の残滓がベータの肩をかすめた。
「うぉっ……速い……!」
フリダケイは戦闘を興味深く眺めながら、机の端にあった試験管や装置を手早く漁る。
「おいおい、赤鋼剣の研究者、これが“実戦”ってやつだぜ」
表面上は冗談めかしているが、指先がほんの僅かに震える。
フリダケイは試験管を奥のレヴォルトに向かって投げつける。丸腰のレヴォルトは近くの椅子に隠れ、投げつけられる試験管から身を守る。
ソラは、紅剣を握る手に力がこもる。
ベータは感情がないはずなのに、どこか憧憬のようなものを抱えているかのように、紅剣に執着してくる。
「……俺はお前を倒すしかない」
ソラは呼吸を整え、紅剣を振るった。
斬撃がベータの体を切り裂く。
機械音のような叫びと共に、ベータは後方へ倒れ込む。
それでも、完全に動きを止めることはできなかった。
「だめだ、こいつ……普通の剣では……!」
フリダケイは机に手をつき、冷静に観察する。
「……でも、力の入れどころは読める。紅剣の威力に頼ればいけるかもしれないな」
ソラは一瞬の隙を突き、紅剣を振り下ろした。
刹那、ベータの瞳が砕けるように閃き、そして動きが止まった。
「やはり……失敗か」
レヴォルト博士は悔しそうに眉をひそめた。
しかし、すぐに冷静さを取り戻すと、βを抱きかかえ、秘密通路から逃げようとした。
「ちょっと待て!」
ソラは振り返るが、博士はもう姿が見えない。
ソラは紅剣を鞘に戻し、深く息をついた。
「……まだ終わってない。あの狂信者が残ってる」
ソラたちは建物から出ると、森の奥から笑い声が響く。
「ははははははは! 不老不死は実現できる! 科学は神の救済だ!!」
カイが姿を消し、森の奥深くへと消えていった。
その狂気じみた笑い声は、島全体に響き渡っていった。
ーーーーーーー
ソラとフリダケイは来た道を戻り、船の甲板が見える浜辺へと戻っていた。
「ふぅ……やっと船まで戻れるな」
フリダケイは肩をすくめ、タバコに火をつけた。
「いやー、島観光のつもりがまさかこんな修羅場になるとは……」
その時、森の奥から人影が見えた。
「……あれは?」
ソラが紅剣を握り直すと、視界にチュウニが出てきた。
「お前たち、戻ってきたか」
チュウニが甲板から飛び降り、二人の前に現れる。
その眼差しは冷たく、軍人らしい硬さを帯びていた。
「実は、この島は軍が極秘で調査していた場所だ」
チュウニはゆっくりと説明する。
「狂信者がいる以上、全部焼き尽くせ、って命令が下っている」
言い終えるや否や、チュウニは両手を掲げ、炎の魔法を森にむかって解き放った。
森も民家も一瞬で火に包まれ、煙と熱気が島全体を覆う。
その炎の中、レヴォルト博士は森の奥で逃げ惑っていた。
「くっ……くそっ……!」
逃げ道を求めても、焼け盛る炎がすぐそこまで迫る。
研究所を離れ、少しでも距離を稼ごうと必死に走るが、逃げ場はなかった。
「――っ!」
炎が森を走り、博士はそのまま焼け尽くされる。
狂信者カイは遠くで狂った笑いを上げていたが、炎の迫力に声も消されていく。
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ソラとフリダケイは、静かに炎を見つめる。
「……ああ、終わったな」
ソラが紅剣を握り直す。
フリダケイは小さく舌打ちしながらも、船に向かって歩き出した。
チュウニも後ろから追いかけるように船へと戻る。
「さあ、これでこの島の問題はすべて片付いた」
カルメッサ島は灰と煙だけを残し、紅剣の争奪も科学の野望もすべて消え去った。
しかし、旅はまだ終わらない。船は静かに地中海の海原を進み、ローマへの航路を切り開く。
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