星が落ちた日、君を想う
『星が落ちた日、君を想う』
夏の終わりの夕暮れ、秋湯晴は校舎裏の古い石段を上って、丘の上へ向かっていた。そこは人がほとんど来ない場所で、晴の秘密の逃げ場だった。部活をやめ、人付き合いが苦手になってからは、ここで空を眺める時間だけが心を落ち着かせてくれる。だがその日は、丘の上に人影があった。夕陽に染まりながら、空に向かって手を伸ばしている少女がいた。
「……触れそうで触れないなぁ」
晴が足を止めた瞬間、少女は振り向いた。柔らかな茶色の瞳が、驚いたように晴を見つめる。
「ごめんね、場所とっちゃった?」
「いや……別に」
そう答えたものの、晴は少し戸惑っていた。彼は誰かがいる場所が苦手だったのに、その少女の存在はなぜか重く感じなかった。
「夕凪ほのかって言います。二年A組」
ほのかは自分から名乗り、晴に笑いかけた。無邪気な笑顔だった。
「秋湯晴……二年C組」
「晴くんっていうんだ。なんか、名前だけで優しそうだね」
「別に優しくないし」
そう言い返した晴だが、心のどこかがくすぐったくなる。名前を褒められたのは初めてだった。
その日から、晴とほのかは放課後になると、自然と丘で会うようになった。夕暮れの色が変わるまで話したり、黙って空を眺めたりした。ほのかは明るい子だったが、少しだけ儚さを感じさせる瞬間があった。晴が何気なく尋ねた。
「いつからここ、来てたの?」
「最近だよ。なんでか分からないけど、ここに来ると落ち着くの。……晴くんがいると、もっとね」
晴はその言葉に返す言葉を失った。胸の奥に小さな光が灯ったような気がした。
—
秋が深まり、冬が近づくにつれ、ほのかの顔色が少しずつ悪くなっていった。晴が気にして尋ねても、ほのかは「ちょっと疲れてるだけ」と笑うだけだった。しかし、その笑顔がふいに曇る瞬間が増えていった。
そして冬が来たある日、ほのかは突然学校に来なくなった。
胸騒ぎが晴の頭から離れなかった。翌日、晴は勇気を振り絞ってほのかの家を訪れた。出てきたのは、目の下に深い影を落としたほのかの母親だった。
「ほのかの病気……ずっと隠していて、ごめんなさいね」
静かな、でも胸に刺さる声だった。
「重い心臓の病気なの。ずっと治療してたけど、最近悪化して……」
頭の中で何かが崩れ落ちた。手が震えた。ほのかの笑顔、夕暮れの横顔、星を見上げる仕草が脳裏に蘇る。
「そんな……なんで……」
「あなたの話、よくしてたのよ。晴くんは優しい、って。だから……ありがとう」
晴はかすかに首をふった。ありがとうを言われる資格なんてなかった。もっと早く気づけばよかった。もっと話を聞けばよかった。冬の夜、雪が舞う丘で、晴は声を押し殺して泣いた。
—
数日後、覚悟を決めて病院に向かった。病室の扉を開けると、ほのかは窓辺に座っていた。細くなった肩、色を失った頬。それでもほのかは笑った。
「晴くん……来てくれたんだ」
「……当たり前だろ」
ほのかは弱々しく笑いながら、外の空を指さした。
「星……見えるよ」
「見える」
「私ね、晴くんと見た星がいちばん好きだった。なんでだろうね……不思議だね」
晴は言葉を飲み込み、ほのかの手を握った。体温は驚くほど冷たかった。
「ほのか……俺、お前のこと……」
「うん」
「……好きだ」
ほのかは目を細めて、涙を浮かべながら微笑んだ。
「私も……晴くんが好き」
その瞬間、一筋の流れ星がゆっくり夜空を走った。二人が初めて出会った日のように、静かで、優しい光だった。
ほのかはその光を見届けるように天井を仰ぎ、穏やかに目を閉じた。
「……ほのか?」
返事はなかった。
ほのかは星のように、静かに消えていった。
—
春。丘には薄い桜の花びらが舞っていた。晴は空を見上げ、そっとつぶやく。
「ほのか……今日も星、見えてるぞ」
ポケットには、ほのかが残した小さなメモ。震える字で、こう書かれていた。
──「晴くん、生きて。私の分まで、ちゃんと笑って。」
晴は涙をこらえ、前を向いた。桜の花びらが風に揺れ、ほのかの笑顔が隣にあるような気がした。
彼は静かに歩き出す。
星を見上げながら、生きることを選んだ。
ほのかが願った未来へ向かって。
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ストーリーは良い。短編としての読みやすさも十分。
しかし、晴が死のうとしてないのに「私の分まで生きて」という手紙は些か違和感が残る。「部活をやめ、人付き合いが苦手になってから」の文章は『え?部活をやってる間は人付き合いできてたの?それとも元から人付き合い苦手だったの?』という疑問を抱かせる。フィクションにこういう事を言うのも野暮だが、入院して数日後に死ぬような心臓病の進行状況で丘を登ることはおろか登校すらも容易ではないだろう。よって入院してから数月程経過させるとより良いと感じた。星のように静かに消えていったという文章は命の儚さを想起させるが、流れ星が落ちているため、星のように、と比喩するより流れ星のように、と比喩したほうが良いのではないかと個人的に感じた。

