【後編】プレゼントは恋愛調査
「まさか、こことはね…」
塩谷さんを追って俺たちが訪れたのは、またもや南久良坂駅。
「ここ、意外と遠いのよね。勘弁してほしいわ。」
「そうか、自転車通学だっけ。」
桜花川市駅と南久良坂の間は普通電車で6駅、特急電車では2駅離れている。もちろん八木沢は定期券など持っているはずもなく、交通費をモロにくらうというわけだ。
嘆く八木沢に浅い同情の念を抱きながら、広場で塩谷さんの姿を探す。
「それにしても、疲れたね。人も多いし、どこにいるんだろう。」
「普通に移動するだけじゃ、こんなに疲れなかったわ。……う、私、あそこのベンチに座っとくわね…」
八木沢はよろめきながらベンチに向かった。
俺達は、今日の八木沢の行き先をもちろん知らなかった。そのため、急いで駅に向かい、塩谷さんを見つける必要があった。
電車に乗っても油断はできない。少し離れたところから塩谷さんにひたすら目を光らせ、どこで降りるか確認する必要があったのだ。
人が間に来れば移動し、背の高い人がいれば少し背伸びもした。特に八木沢は、ほとんどの人より身長が低かったので、背伸びしっぱなしだったのだ。
「あっ、いた。」
しばらく探していると、富山くんの姿が目に入った。ベンチに座って話をしている。
人混みをかき分けて八木沢のベンチに近寄ると、死んだように座る八木沢と目が合う。
「いたよ。」
「それ、私も行かないとだめ?」
完全に充電切れだ。
「ダメじゃないけど、ここに座ってる方が嫌じゃないか?」
「なんで? 嫌なわけ——」
辺りには、数え切れないほどのカップルたち。
それを確認すると、先の言葉が嘘のように立ち上がる八木沢。実に単純だ。
「あそこのベンチ?」
八木沢の指す方のベンチに、富山くんの頭がチラリと見えた。見えるところまで近づいてみる。
「待って、あれ……」
八木沢が止めた理由は聞くまでもなかった。富山くんが話をしているのは、塩谷さんではない。
「あの人、遠山…なんとかじゃない?」
「遠野優佳里さんね。にしても、どうして富山くんと?」
俺は目を凝らして二人を観察した。
**
「優佳里、なんでここに?」
絆希は思わぬ来客に目を丸めた。
「なんでって、私もこの後ここで用事があって来たの。そしたらたまたま見かけたから。」
「用事? お前もここでデートってことか。さすがは南久良坂、人気だな。」
絆希は空を眺めると、ふと思い出したように呟く。
「——って、あぶない。俺もこれからデートなんだよ。お前がいたらややこしい、早く分散しようぜ。」
「たしかに、じゃあまたね、絆希。」
優佳里は絆希に手を振りながら踵を返した…が、遅かった。そこに立っていたのは、絆希の彼女、塩谷凛。
「遠野さん?」
「あ、えっと、塩谷さん。あは、偶然だね。私もこれからデートがあって…」
凛は浮かべた笑顔を崩さない。
「ええとね、こんなことを言うのもなんだけど…友達から、昨日あなた達が二人で会ってたって聞いたの。」
「昨日?」
絆希は少し考えて、慌てて口を開く。
「あぁ! 昨日は…確かに二人で会ったけど、やましいことじゃないよ。」
「そうなの? じゃあ何を?」
絆希は恥ずかしそうに鼻の頭を掻いた。
「ええと、実は前から優佳里に手伝って貰って、今日のデートに向けた演習を重ねてたんだ。昨日はその最後を飾る下見。エスコートの仕方とか、女子に聞いた方がわかりやすいと思って。」
「絆希、今まで塩谷さんとどうデートしてたの?ってくらいグダグダで…最初に聞いた時はぶっつけ本番で行くつもりだったから、ほっとけなくて。」
その言葉に嘘は無さそうだ。凛は胸を撫で下ろした。
「だとしても、ごめん。サプライズにするつもりだったとはいえ、言わなかったのは悪かったと思う。反省する。」
「私からも謝らせて。せめて、疑われない服装にすべきだった。上下ジャージとか、教える立場らしくスーツとか?」
「ははっ、どっちでも疑うよ。」
三人でひと思いに笑い合った後、優佳里はデートに参加するため、席を外した。
「……そうかー、良かった。最近、なんか距離ができた気がしてたからさ、こんな形とはいえ、心配してくれたのは嬉しい。」
絆希は噛み締めるように目を閉じた。凛はそんな絆希に更に距離を詰める。
「ほんと、不安になったんだから。それはそうと、早く行こう。何週間も構想されたデートを満喫する準備は、もうできてるよ。」
凛は絆希の前に立つと、手を伸ばした。絆希はその手を掴み、立ち上がる。そして出した手のひらを凛の頭にポンと当てた。
「ああ。見てろよ、一生の思い出に残してみせる。」
静かにはにかむ凛と共に、絆希はベンチを後にした。
**
「どうやら、和平は結ばれたようね。」
八木沢は缶コーヒーを一口飲むと、満足気に息を吐いた。ちなみにこのコーヒーが俺のお金で買われた事は、言ってはならないことになっている。
「なんとかなったみたいだな、ただの勘違いだったのか?」
「まあ、どうでもいいわね、破局も復縁も、私にとっては。」
そう言う八木沢の顔には、安堵の表情が浮かんでいる。そして、眼鏡は曇っている。おそらく、本当の答えは後日塩谷さんからもらえるだろう。
「八木沢は、復縁派だと思ったけど。」
「はぁ? 私が? ゴリゴリの破局派よ。クリスマスにはしゃぐカップルはみんな破局すればいいんだわ。」
と、カップルの独擅場の中心で嘆く八木沢。しかも声がでかい。
八木沢とは恋愛関係ではないし、今後そんな気配があるわけでもない。でも、クリスマスの夜に女子と外出なんて、どうしても浮き足立ちそうになるものだ。
カップルからの白い目を背中に感じて怯えていると、八木沢が俺の肩を叩く。
「さ、帰りましょ。」
淡白な発言。せっかくほんのちょっとだけ彼女持ちの気持ちが想像できそうだったのに。
「やっぱり寒いわ。どれだけ温かいものを飲んでも、温まるのは口と喉と胃だけね。」
「そんなわけないじゃん、そのうちあったまるって。」
「いえ、電車の暖房の方が効き目があるわ。早く行くわよ。」
八木沢は突然ニヤリと笑った。
「あんまり遅いと、帰宅ラッシュに巻き込まれちゃうかも、じゃない?」
「大袈裟だよ。」
俺は、ほとんど走っているような早歩きで駅に向かう八木沢を追いかけた。
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