小説(笑)
第一話 襲撃
「絶対にあいつらを許さない...」強く握りしめた手から血が垂れた。
あの日、何気なかった日常が一気に崩れた。キッチンから声がした。
「翔(かける)ー、ご飯の準備を手伝っておくれー」
「分かったー。」
翔は階段を降り、手を洗った。そしてすぐに慣れた手つきでご飯を準備した。
「今日はあの事故からちょうど5年じゃな。」
「うん、あとでお母さんとお父さんに手を合わせておかなくちゃ。」
事故で両親をなくした子供,翔(14)と敏子(としこ)(87)。一年前の事故の後、預かってくれる身内がいなかった翔をよくお世話になっていた敏子が引き取った。引き取った直後は心を閉ざしていた翔だが、敏子の懸命なケアにより、立ち直ることができた。今では完全におばあちゃんっ子として敏子と暮らしていた。昼食を食べ終わり、くつろいでいた翔に急に敏子が言った。
「翔、危ないから取り乱しちゃいかんよ。」
「え、何?おばあちゃ..」
その瞬間、地面が大きく揺れた。
「うわっ!」
翔は突然の揺れでバランスを崩しかけるが、敏子は揺れる椅子に座ったまま落ち着いて言った。
「翔、家を出る準備をするんじゃ。今のは余震じゃ。この後もっと大きな地震が起こるかもしれん。」
「えっ」
翔は動揺する。しかし、敏子の落ち着いた姿ですぐに冷静になった。翔はすぐに敏子の指示通りに準備をし、敏子といっしょに家を出ようとした。冷静な敏子の対応に翔の緊張も少し緩んでいた。家を出る直前、翔は敏子に聞いた。
「おばあちゃん、地震が起きる前、地震が起きるのを知ってたようなことを言ってたけど地震が起こるの、分かってたの?」
「......何、こんな歳になると嫌な予感が当たりやすいんじゃよ。」
するとその時、先程の地震とは比較にならないほどの巨大な地震が起こった。
「ミシッ」
家から不穏な音が鳴った。
「翔!」
敏子が翔を突き飛ばす。
「痛、何?おばあちゃ...!」
翔は後ろを振り向いた瞬間、固まった。敏子の下半身が家の瓦礫の下敷きになっていた。
「おばあちゃん!」
翔はあわてて駆け寄り瓦礫をどかそうとするが、瓦礫同士で引っかかってびくともしなかった。翔が涙目で必死で持ち上げようとしていた時、敏子が言った。
「翔や、ばあちゃんはもう無理のようじゃ。わしを置いて行くんじゃ。」
「嫌だ!おばあちゃんを置いて行くなんて...」
翔は泣きながら瓦礫を持ち上げようとするが、やはり動かない。少しして、敏子の血が地面を伝って翔の足元まで流れた。
「早く逃げるんじゃ、翔。もうじきここも駄目になる。」
「だ、だめだよ。僕は今までおばあちゃんからもらってばっかりで、まだ何も恩返しできてないのに...僕もここに残..」
「駄目じゃ!」
いつも優しく話しかけていた敏子の聞いたこともない荒々しい声に、翔はビクッと体を震わせすこし怯えたような目で敏子を見る。そんな翔を少し悲しそうに見つめて、敏子は言った。
「.....翔、お前はまだわしに恩返しできてないと言ったな...それは違う。ばあちゃんにとっての恩返しはな、お前が元気に育ってくれたことじゃ。早くに夫が病気で死に、娘も義理の息子もなくし、生きる意味を失っとったわしじゃがな..お前がいてくれたおかげで今まで生きて来れたのじゃ。ありがとう。翔...元気でな。....ほれっ、早く行きなさい」翔は泣きながらも、しっかりと荷物を持った。そして涙でぐしゃぐしゃの顔で...笑顔で言った。
「おばあちゃん、ありがとう。今まで育ててくれて...さようなら」
敏子はにっこりと笑った。翔は走った。泣きながら必死で走った。その後ろ姿を見ながら敏子は言った。
「強く生きるんじゃ、翔。この先、何があろうと.......いつか、知られてしまうんじゃろうな。すまんな、酷な運命に巻き込んでしまって。」
翔が見えなくなってしばらく経った後、瓦礫の下に敏子の姿は無かった。

