【小説】謙譲の恋 #1 入学式でお会いした
春のある日。今日は、新たな学校生活の幕開けであり、記念すべき日なのだが——。
1人の少年、藍原 英揮(あいはら ひでき)は、教室で机に突っ伏していた。
『想像以上に陽キャで溢れかえってる…!!』
英揮は、極度の陰キャだった。
教室のどこを見ても、陽キャ陽キャ陽キャ…。
ほら見ろ、あそこのツンツン頭なんてもう連絡先交換してる!あっちは仲良く話してる!あああ肩まで組んでる!何者だお前らは!!
心の中で理不尽に罵倒し続けていると、担任の先生が若干息を切らして教室に駆け込んできた。
20〜30代くらいの、いかにも体育教師ですといった体型と身長の男性だ。確か新任のはず。
「よぉし、座れぇ!初日のホームルームを始めるぞ!」
教室に入るなり、気合が入っているのか、手に持っていた生徒名簿みたいなものを教卓に叩きつけた。
その反動で辺りのものがみんな吹き飛んだが——最前列の生徒の前髪も少しなびいたように見えた——先生は気にも留めず、生徒達を熱のこもった目で撫でるように見つめた。
あぁ…いるんだな、こういう先生って。
「まずは自己紹介だ! 最初先生がやるから、そのあとは自由に隣の席同士とかで自己紹介してもらうぞ!」
先生は、時々話に合いの手を入れるように教卓を叩きながら言った。(一度メキッと音がして、最前列の女子が軽く身を引いた。)
…なんとなく、「ゴリラ」ってあだ名付きそうだな。
というか、『自由に隣と自己紹介』…っとか言ってたよな?
マズイ、かなりマズイ。全然自由じゃない、束縛だ、一種の。
クラスのみんなに、とかじゃないから全然ありがたいんだけれども…。
その時突然、拍手が巻き起こり、英揮はハッとして辺りを見回した。クラスメイトの視線はすべて前方に注ぎ込まれていた。
その目線を追って前を見ると、先生が照れ臭そうに頭を掻いて立っていた。
あぁあれか、先生の自己紹介が終わったんだな。あれ? じゃ、てことは…次は…。
「よし! 次は隣同士とかで自由に自己紹介!」
ぐはっ…来てしまった…。この瞬間が…。
というか制限時間も決めずに自由に自己紹介とか…陽キャ専攻コースとかだっけこれ。
「ねぇ」
「えっ!? あっ、はい、はい」
突然、隣から話しかけられた。声を聞く限り、女子…?
そういえば、隣の席なんて全然見てなかったな。
そう思って、英揮は声の主の方を振り返った。
そこには、1人の女子生徒が座っていた。それも、僕の2倍はありそうな長いまつ毛に、ぱっちりした大きな目、圧倒的な小顔、肩くらいの丈のふわふわとした栗色の毛を持ち合わせた——。
え、かわいい。え、え、あれ、かわいい。あれ、え、あ、え、あ、あ、かわ、かわいい。
「えっと、自己紹介、して、いいかな?」
女子は、英揮の目の前で軽く手を振りながらそう言った。
「あっ! いや、はい、ど、どうぞ…」
どうやらボーッとしていたらしい。
英揮は、慌てて女子の手から顔を遠ざけてそう言った。
「初めまして、私、『姿 初夏(すがた はつか)』。初夏って書いて『はつか』って読むの。よろしくね!」
チラリと生徒一覧表を見、名前を探した。初夏…夏の初めと書いて『はつか』…。たしかに…。
え、かわいっ。というかなんだそれ!? いい名前過ぎやしないか?? 最っ高におしゃれだ!!
この後に僕の名前を紹介するのは…ちょっと、なんというか…。ほら、カラオケとかで(僕とは無縁だけど)、歌上手いやつの次に歌うの嫌だよね的なあれと似たようなものを感じる。
いや、別に、『ひでき』という名が嫌なわけではない。ただ英揮には、過去に何度も『渋い』と言われてきた経験があるので、他人に言うのは少し戸惑ってしまう。『渋い』と言われないか、と。
「あ…と、じゃあ、ツギボク…? デスカ…?」
「うん! よろしく」
「あー…じゃあ…」
英揮は大きな咳払いを1つした。
「どうも、藍原…です。あんまり、社交的じゃありません。陰キャってやつです。よろしくお願いします…」
ギリギリで思いついたのだ。名前を教えたくなければ、言わなければいい。
強引に省略したけど、ヘンじゃ…ないよな、別に。短かすぎたかもだけど…。
「おー!」
初夏は顔の前で小さく拍手をした。こんな自己紹介で拍手してくれるの聖人すぎるだろ。この人。
少なくともこれなら、相手に言われるまで名前の読み方は教えなくても大丈——。
「ねぇ藍原くん、名前なんて読むの?」
「ハッ」
ずいぶん素っ頓狂な声を出してしまった。
というか、秒で聞かれたな…。
「えと…、名前…。なま…えー…と…」
「もしかして、藍原くんも読めないの??」
…いや読めるだろ。読めるけど…!
「や、読めます…。『ひでき』って読みます…」
『渋い』って言われるかな…。そうなったら、どうすればいいだろう…。
「なるほど、ひでき…ひでき…」
初夏は小声でブツブツと呟いた。
そんなに連呼されると、こちらにとってあまりよろしくない。やめていただきたい。いや、やめなくてもいいけど…。
「なんか…」
初夏がそこまで言った時、英揮は反射的に初夏の方を見た。(目が合ってすぐに逸らした。)
なんて言われるだろう…。
「かっこいいね!」
「…えっ?」
「なんか、大人って感じがして、かっこいい!」
人によっては、これを皮肉だと捉えるかもしれない。
『渋い』をオブラートに包んだだけなのかもしれない。
実際皮肉を込めて言っているかもしれない。
ただ、『渋い』とさえ言われなければ、『人参みたい』とか『めっちゃグレートバリアリーフじゃん』みたいなことを言われても僕にとっては嬉しいのだ。
なんというか——
「…好き」
「? ごめんなんか言った?」
「いえ、何も…」
君の名前もかわいいよって言ってやりたい…。いやいや、『かっこいい』の反対は『かわいい』であるのは周知の事実であって、相手が言ってきた事に対してお礼という形でお返しするのは別におかしいことではないのだ。だから言ったところでおかしいわけではない。キモいけど。
どっちにしろ、そんなキザなこと言えないですがね!
こ、これが恋…なのだろうか。
こんなあっさりしてるもんか普通…?
でも、僕なんかが馴れ馴れしくしてはいけない。
姿さんを好き?
いいや——
勝手に『好きにならせて頂いている』だけなのだ。
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