【小説】衛生兵回顧録
※フィクション
今日は4月1日。
春の空気が、血なまぐさいテントを優しく撫でる。
テントの外にある古びた木の椅子に腰掛け、春の風邪に当たっていた。
その時、負傷兵がまた担架で運ばれて来た。
「またか」
戦場で傷付いた兵士たちが、項垂れながら、血を垂らして運ばれてくる。
重い腰を上げ、椅子から立ち上がり、野戦テントの中へと入った。
「こいつは機関銃の弾を受けちまったんだ」
そう言ったのは、仲間の衛生兵だ。
ベッドで項垂れる彼をまじまじと見てみると、彼はまだ来たばかりの新兵だった。
「可哀想に、今助けてやるぞ」
医療用のバッグから、道具を取り出し、体に埋まった弾丸を取り出した。
機関銃で撃たれた彼の足は引きちぎられ、体内では弾が暴れ回り、内臓を引き裂いた。
彼は命の紐が今にも切れそうな兵士だ。
そんな彼の体にベルビチンを打ち込み、体の痛みを騙し、ひとまず延命させた。
他の衛生兵に処置を任せ、他のベッドへと向かう。
ここにいる負傷兵は皆、前線を生き延びた兵士達だ。
手足の欠損はいつものことだ。
顔が抉れていようが、腹が裂け腸をさらけ出していようが、負傷兵の魂を地獄の底から引っ張り出さなければならない。
しかし、彼らは野戦病院に来れるだけ幸運だ。
きっと病院に来れず死ぬ兵士達は五万といる。
血腥い地獄から、我々は彼らを救い出さなければならない。
その時、とある軍医が私を呼んだ。
「君には前線で衛生兵として戦ってもらいたい」
「味方を地獄から助け出すのだ」
これは幸運なのか、運の尽きなのか。
私が前線で味方を助ける任務に就くのだ
きっと私は、前線で戦えると知った時は、微笑んでいたんだろう。
しかし現実は無情にも、飛ぶ鳥を叩き落とした。
前線での衛生任務は、病院とはまた違った過酷さだった。
「早く病院に戻りたい…」
そう小言を漏らした時、ふらふらと歩く兵士が何かを持って私の方に来た。
彼は虚ろな目で、持っているものを私に差し出した。
それは千切れた腕だった。
まだ生暖かさがあるその腕は、ピクリとも動きはしなかった。
とにかく私ができるのは、兵士の千切れた腕の部分に無理矢理包帯を巻き、止血して安静にさせることだけだった。
爆音と銃声が絶え間なく響き、戦場を走る戦車やトラックが地面を揺らした。
絶え間なく耳に入る戦場の音は、人間の精神を壊すには十分過ぎる効果があった。
その時、建物が大きく揺れた。
敵の榴弾が当たったのだ。
もはやこの建物も危ないのかもしれない。
そう考えた私は、周りの衛生兵や兵士達を集めて、別の建物に移すよう頼んだ。
一人一人担架に乗せられ、別の建物に運ばれる。
その時、また建物が大きく揺れた。
天井が大きな音を立てて崩れ始める。
まだ残っていた負傷兵を運ぼうとしていた兵士が、その崩落に巻き込まれた。
瓦礫の隙間からは、動かぬ腕が花のように突き出していた。
自分もまた、逃げ出すために出口へと走っていった。
建物が崩れる音が大きく聞こえる。
自分は出口の方を向いているのに、体は一つも動かない。
薄れゆく意識の中、無理矢理顔を動かし、空を見た。砂煙と爆煙が上がる中で、青い綺麗な空を見た。
今日は雨が降らないんだ。
その時、1羽の鳥が空を飛んだ。
きっと今日は、冬を越えた花や木が、春風に揺られているんだろう。
血も爆発もない、静かな丘の上で。
―完―
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