【小説】衛生兵回顧録

1 2025/03/31 02:23

※フィクション 

今日は4月1日。

春の空気が、血なまぐさいテントを優しく撫でる。

テントの外にある古びた木の椅子に腰掛け、春の風邪に当たっていた。

その時、負傷兵がまた担架で運ばれて来た。

「またか」

戦場で傷付いた兵士たちが、項垂れながら、血を垂らして運ばれてくる。

重い腰を上げ、椅子から立ち上がり、野戦テントの中へと入った。

「こいつは機関銃の弾を受けちまったんだ」

そう言ったのは、仲間の衛生兵だ。

ベッドで項垂れる彼をまじまじと見てみると、彼はまだ来たばかりの新兵だった。

「可哀想に、今助けてやるぞ」

医療用のバッグから、道具を取り出し、体に埋まった弾丸を取り出した。

機関銃で撃たれた彼の足は引きちぎられ、体内では弾が暴れ回り、内臓を引き裂いた。

彼は命の紐が今にも切れそうな兵士だ。

そんな彼の体にベルビチンを打ち込み、体の痛みを騙し、ひとまず延命させた。

他の衛生兵に処置を任せ、他のベッドへと向かう。

ここにいる負傷兵は皆、前線を生き延びた兵士達だ。

手足の欠損はいつものことだ。

顔が抉れていようが、腹が裂け腸をさらけ出していようが、負傷兵の魂を地獄の底から引っ張り出さなければならない。

しかし、彼らは野戦病院に来れるだけ幸運だ。

きっと病院に来れず死ぬ兵士達は五万といる。

血腥い地獄から、我々は彼らを救い出さなければならない。

その時、とある軍医が私を呼んだ。

「君には前線で衛生兵として戦ってもらいたい」

「味方を地獄から助け出すのだ」

これは幸運なのか、運の尽きなのか。

私が前線で味方を助ける任務に就くのだ

きっと私は、前線で戦えると知った時は、微笑んでいたんだろう。

しかし現実は無情にも、飛ぶ鳥を叩き落とした。

前線での衛生任務は、病院とはまた違った過酷さだった。

「早く病院に戻りたい…」

そう小言を漏らした時、ふらふらと歩く兵士が何かを持って私の方に来た。

彼は虚ろな目で、持っているものを私に差し出した。

それは千切れた腕だった。

まだ生暖かさがあるその腕は、ピクリとも動きはしなかった。

とにかく私ができるのは、兵士の千切れた腕の部分に無理矢理包帯を巻き、止血して安静にさせることだけだった。

爆音と銃声が絶え間なく響き、戦場を走る戦車やトラックが地面を揺らした。

絶え間なく耳に入る戦場の音は、人間の精神を壊すには十分過ぎる効果があった。

その時、建物が大きく揺れた。

敵の榴弾が当たったのだ。

もはやこの建物も危ないのかもしれない。

そう考えた私は、周りの衛生兵や兵士達を集めて、別の建物に移すよう頼んだ。

一人一人担架に乗せられ、別の建物に運ばれる。

その時、また建物が大きく揺れた。

天井が大きな音を立てて崩れ始める。

まだ残っていた負傷兵を運ぼうとしていた兵士が、その崩落に巻き込まれた。

瓦礫の隙間からは、動かぬ腕が花のように突き出していた。

自分もまた、逃げ出すために出口へと走っていった。

建物が崩れる音が大きく聞こえる。

自分は出口の方を向いているのに、体は一つも動かない。

薄れゆく意識の中、無理矢理顔を動かし、空を見た。砂煙と爆煙が上がる中で、青い綺麗な空を見た。

今日は雨が降らないんだ。

その時、1羽の鳥が空を飛んだ。

きっと今日は、冬を越えた花や木が、春風に揺られているんだろう。

血も爆発もない、静かな丘の上で。

―完―

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