「朱藍の婚約者」第六話「遅れた。」
「朱藍の婚約者」第六話 遅れた。
「...っ!!」
朱音は後ずさった。
階段の闇から自分を襲いに来た妖の影が自分に向かって伸びてくる。
その影は歪で形の定まっていない。まるで本能で襲ってくる動物のように。
逃げ場は、もうない。
近くにあった、キッチンのナイフを取り出し戦おうとする。だが――
(...心臓の音がうるさい。)
戦うという行為に集中ができてなかった。
影はまた一歩、一歩と迫ってくる。
「こっ来ないでっ!!」
咄嗟にナイフを突き出した。だが震えている手のせいだろうか、ナイフはポロッと自分の手から滑り落ちた。
影が朱音に向かって飛んだ。一切の慈悲もなく。
「――っやめて!!」
朱音は反射的に腕で頭をかばう。
――その瞬間。玄関のドアが爆音とともに響いた。
「......すまん、遅れた。」
低く冷たく、それでも凛とした声。
それまで暗かった空気が一気に変わった。
「...二高...?」
玄関に立っていたのは他の誰でもない、戦闘服姿のボロボロの青斗だった。
肩が上がっている。おそらく走って帰ってきたのだろう。
「...動くな、八王寺。」
その声は怒気を帯びていた。
妖は青斗の気配を察知しすぐさまそこの殺意のヘイトを変える。
「俺の家で――」
青斗が妖に向かって声を発した。その声にはたった一つの怒りのみが込められていた。
青斗が一歩を踏み出す。
「何してる。」
次の瞬間。青斗の腕が異様に歪んだ。
「...〈純混其の一〉」
人ならざる部位。その腕は蒼く凛とした妖気が、陽炎のように纏われていた。
「――消えろ。」
影に拳が叩き込まれる。妖の力を宿した一撃が妖の魂を貫く。
音はなかった。
妖は悲鳴をあげる間もなく貫かれた部位から霧散していった。
*
家には静寂の空間が流れた。
朱音は、その場に力なくへたり込んでいた。
(強…。)
青斗が強いのはなんとなく知っていた。でもこれはそれ以前に――
(次元が違うんだ。...私とは比べ物にならないほどに...。)
青斗はすぐに振り返った。
「怪我はないか。」
「...な、ない。」
朱音の声は震えていた。
青斗は一瞬、朱音を見て深く息を吐いた。
「すまない...。」
怒られると身構えしていた朱音は予想外の言葉にフリーズしてしまった。
「...え?」
「遅れた。」
その一言だけだった。その一言だけだったが、朱音の胸はキュッと締まった。
「...あんた。」
思わず声が漏れる。
「遅いんだよっ!!」
気づけば朱音は泣きじゃくっていた。
「きゅっ、急にっ、へっ変なのが襲ってきてっあたしっ、あたしっ!!」
声が止まらない。これ以上は言いたくないのに、気持ちとは裏腹に声がどんどん漏れる。
「こわかったよぉ...。」
「そうか、悪かったな。」
珍しく素直な謝り。朱音が疑問に思う暇もなく、青斗は続けた。
「俺が、結界を張っていたのに...。お前が結界を壊すことを想定していなかった。護衛失格だ。」
「...え?護衛?結界?え?どゆこと...?」
朱音が聞き慣れない言葉に困惑している様子を見た青斗は一瞬だけしまったと言う顔になった。
「...今さっきの言葉は忘れろ。さて、腹は空いたか?飯でも食おう。」
「いや、忘れられるわけ無いでしょ!!一体どういうことなの、護衛って!?」
誤魔化そうとした青斗に朱音は有無を云わさんという感じで迫ってくる。
「だから、忘れろ。今のお前には関係ない話だ。」
”忘れろ”、”お前には関係ない話”という言葉を聞き、朱音は頭の中で何かが切れた音がした。
「...ふっざけないで!!何が「お前には関係ない」だ!!関係ありありでしょうーが!!」
自分は関係ない、という突き放された言葉は朱音の対抗心を最大まで上げていた。
「なんなのよ!!みんなして!!私は信用できないっての!?コソコソ隠してんじゃないわよ!!」
気づけば朱音の目からは無数の涙がポロポロと落ちていた。ずっと騙されていた、そのことだけで頭がいっぱいだった。
「今から、この家でのルールを追加するわよ!!これからは隠し事禁止!!もしも破ったら、家を捨ててでも私はこの婚約から逃げる!!」
青斗は一瞬固まった。それもそうだ、家を捨ててでも逃げるということは自分の仇討ちが振り出しに戻るようなことだ。それだけは断じて嫌だった。
「...それは本気か?八王寺。」
「ええ、マジよ!!私は本気!!だから、あんたはどうすんのよ!!」
その目には確かな決意の光が満ちていた。
恐らく、今からいろんなことを言っても無駄だろう。青斗は決めた。
「...分かった。お前に本当のことを話そう。驚かずに聞いてくれ。」
*
俺は朱音に全てを話した。護衛のこと、朱音がぬらりひょんに狙われていること、そして、ぬらりひょんを倒すために今回の婚約、護衛の妖務を受注したこと、全部を嘘偽りなく伝えた。
「...そう、だったの。私が、ぬらりひょんに狙われているだなんて...。」
「...あぁ、そうだ。そして、すまない。お前を...いや、八王寺を俺の仇討ちに巻き込んでしまって。」
「それは本当にそうよ。いくら母親の仇と言っても、関係のない私を巻き込まないでほしいわね。」
「...意外と驚かないんだな。」
「まぁね。こんなことは慣れっこだから。表世界でも多かったしね。」
それもそうか。朱音は裏世界の話を抜きにしても銀財団の一人娘という特別な人間だ。表世界の奴らから狙われても無理はないだろう。
だがそれはそれで、あんまりじゃないか。表でも裏でも常に狙われ続ける人生。とてもじゃないがそんな人生は送りたくない。
「...なぁ、八王寺。」
「何よ。」
「改めてだが...俺がお前を守ってやるよ。もう危険な目に合わせはしない。約束だ。」
自分でもなんでこんな事を言ったのかはよく分からない。だが一つ言えるのは、こんな人生を送っているやつの支えに少しでもなりたいという気持ちがあるのも確かだ。
朱音は一瞬だけ驚いた表情になったが、すぐいつものツンとした表情に戻った。
「...いいわよ、約束してやっても。よろしくね護衛さん?」
「...あぁ、よろしくだ。」
この瞬間、少しだけ俺と朱音の距離が近くなった...気がした。こんなことあいつには言えないけどな。
*
その夜。朱音と青斗の同居している家に一通の手紙が届いた。
その手紙は一体、彼らにどんな縁を与えるのか。それはまだ誰にも知る由はない。
第6話「遅れた。」:終
次回予告:青斗に助けられた翌日、朱音の心境は変化していて...!?次回、新章突入!!お楽しみに!!
今回初めてデジタルに挑戦しました!!髪を結ってる朱音...可愛い!!
*プラスワンでもっと知ろう!!:実は朱音は辛いものが結構食べれるらしいです。この前は10辛のラーメンを完食したとか...?
前話はこちらから→「朱藍の婚約者」第五話「一人じゃ広い。」https://tohyotalk.com/question/817684
一話はこちらから→「朱藍の婚約者」第一話「邂逅」https://tohyotalk.com/question/813334
次回は3月5日に更新予定です!!
ありがとうございます!!いつもありがとうございます!!とっても嬉しいです!!

