【小説】ランタンに照らされて 前編
後編→https://tohyotalk.com/question/846116
——————————————————
「わ、暗……」
部室を出てすぐ、坂口が息を呑む。
十月の初旬。十八時を迎えようとする桜花川高校は、早くも陽が沈もうとしていた。
先に部室を出ていた原田がこちらを向いて賛同する。
「な。もう十月なんだな」
「うわほんとだ……期末めんどくせ」
前田もため息交じりに呟いた。その隣では、前田が強引に肩を組んでいるせいか、原田が痛そうに顔を歪めていた。
「福山さんよ、今回は三個も赤点取っちゃ駄目ですぜ」
扉の施錠をしていた俺に、前田がからかうように話しかけてきた。部長としての威厳を保つためにも、誤解は解く必要があるな。俺は軽く咳払いをした。
「心配するな。今回は過去問を入手したからな。二個にまでは減らせる見込みだ」
「あんま変わんねえし、結局のところズルじゃねえかよ」
原田はそうツッコむと、再び関節の痛みに唸り声をあげた。
部室にしっかり鍵をかけて、俺は坂口と肩を並べて前田原田コンビに続いた。
「でもふっくん。今月末はハロウィンだし。落ち込む必要ないよ」
ふと坂口がつぶやく。ハロウィンと何の関係があるのか。彼女とは幼馴染の関係にある俺だが、さっぱり分からない。
とりあえず、彼女なりの慰めだと強引に納得することにした。
「そうか、ハロウィンか。果たして父さんや母さんは、俺のイタズラ点数を防ぐために、どれだけのお菓子を貢ぐことになるかな」
「冗談で済まなさそうだね……あ、そうだ」
何かを思い出した様子でスマホを取り出す坂口。白っぽい光が顔を照らしている。
「あ、これだ。見てよ」
差し出されたスマホには、『ジャック・オ・ランタン』の検索結果が表示されていた。
「これさ、みんなで作ったら楽しそうじゃない? 作ったら中庭とかに置いたりしてさ」
「ジャック・オ・ランタンを? あれって素人が作れるもんなのか?」
「なに、何の話?」
前を歩いていた前田が、興味を示してこちらを振り返った。原田も小さな悲鳴をあげながら方向転換する。
「みんなでジャック・オ・ランタンを作って、中庭に置こうって話」
「へー、面白そうじゃん」
前田と原田がスマホを覗き込みに来たので、自分のスマホを取り出して検索をかけた。有名ブロガーやらインフルエンサーの面々が検索結果に並ぶ。どうやら簡単なものなら、初心者にも易しいらしい。
「でも、設置とか勝手にやったら怒られるよな。福山、許可取りとかその辺、頼んだ!」
「ふっくんなら心配いらないね。よろしく」
そう言って、あれこれと話し合いを始める三人。「馬車が……」とか「匂いが……」とか微妙にズレたことが聞こえてくる気がするが、進行に支障は出ていない様子だ。
「許可、って簡単に言うけどな……」
ため息交じりのその声は、誰に聞こえるでもなく、領土を増す闇に吸い込まれていった。
**
十月も下旬に入る頃、生物部部室では、四人の生徒がジャック・オ・ランタン作りに励んでいた。普段は図鑑やファイル、書類に埋もれていて、開けた場所が三箇所くらいしかない長机だが、今回は協力して中央に広いスペースを確保することに成功した。代わりに隣の部長デスクに山が二つほどできたが、今回は目を瞑るとしよう。
「しっかし、ほんとに勝ち取ってくるとはなあ」
カボチャにナイフを差し込みながら、前田。隣では原田がそのカボチャを支えている。
作業は二人一組。前田と原田、福山と坂口に振り分けられた。
「な。福山って普段はあんなだけど、いざって時はシゴデキだよな」
「聞こえてるぞ」
即座に「サーセン」とだけ返し、作業に戻る二人。同級生とはいえ、部長がナメられているな……。
切れ込みを入れているカボチャは、昨日ホームセンターを数件巡って買ってきたものだ。部費の関係から、バスケットボールより一回り小さいくらいの物を二つ作る方針で固まった。
「……でも、結構すごいことだよ。岡田先生、こういう企画モノとかめちゃくちゃ厳しいし」
俺の隣、カボチャの蓋が切り開けられるのをスプーン片手に待っている坂口が、ふと口を開ける。
「俺、一緒に行ったけどさ、ガチで秒で許可取ってたわ。岡田のやつ、気味悪いくらいニコニコしてんの」
俺と同じくカボチャに蓋を開ける係の前田が、懸命に力を込めながら言った。
「あー、なんか気に入られてるからな」
「おかしくね? 俺授業休んだことないのに、毎回注意されるしさ。廊下ですれ違った時とか、睨みつけてくるし」
「そりゃ、居眠りしてたら注意もするだろ……」
原田がカボチャにスプーンを差し込むと、部屋中に青臭い匂いが広がる。中から種や綿をスプーンでかき出すと、更にその香りが広がった。
作業開始から数十分が経ったころ、机の隅に広げられた新聞紙の上には、二つのカボチャから取り出された果肉たちが積み上げられていた。
「ご苦労だ、坂口。次は顔を作ろう」
「了解、任せて――」
「あ、待て」
置いてあったナイフに手を伸ばそうとする坂口を、慌てて制する。
「さっきスプーンで中身すくっただろ、俺がやるよ。結構力要るし……」
それに、かなり不器用だし。マーカーで下書きはしてあるものの、坂口がその通りにナイフを入れられるとは、とても思えない。最悪カボチャが駄目になっても良いが、怪我をされては困る。
俺の配慮に、坂口はやけに得意げに答える。
「まだウチが不器用だと思ってるでしょ。昔よりは結構マシになったよ」
「そうは言ってもな……」
彼女が昨日、四人分のお茶を用意しようとして、見事にデスクを洪水にさせたことは記憶に新しい。当人の記憶には残っていないようだが、あの様子では器用とは言い難い。
「あ、ミスった」
「マジかよ、目と目が繋がっちゃったぞ」
向かい側の席では二人がまた騒がしくやっている。
存分にミスってくれて構わないが、カボチャだと分かる範疇に留めてくれることを祈ろう。そう思いながら、俺は再びカボチャにナイフを入れた。
**
「これでよし」
翌日の放課後、俺達は完成したジャック・オ・ランタンを中庭に設置した。ほとんど使う人は見かけないが、木製ベンチが以前からそこにあったので、その向かいの地面を設置場所に決めた。
ベンチから見て右には俺と坂口が作ったカボチャを、その反対側には前田と原田が作ったものを置いた。
前田達のカボチャは、目の穴を完全に繋げ、そのまま広げてサングラスのような形にしてあり、前田は『近未来のカボチャ』と命名した。一方俺達のは絵に描いたような完璧な出来だったが、前田には『普遍的なカボチャ』との蔑称を付けられてしまった。
坂口がスイッチを押すと、カボチャの中に入っていたLEDライトが一斉に光を放つ。
「うわ、明るっ! なんだこれ」
『近未来のカボチャ』の目元から、光の大半が漏れ出していた。照明としては良いものの、装飾としては顔のパーツが分かりづらい印象を受ける。が、これはこれで個性だろう。この学校の連中は案外そういうのが好きな人も多い。多分。
「いいね。いい雰囲気」
坂口がポツリとつぶやく。ランタンにほんのりと照らされたその横顔は、普段は見せない、どこか物憂げな表情で。俺は目が離せずに見つめていた。
それから何分経ったか、カボチャのライトが消え、いつもの表情に戻った坂口と目が合う。
「ふっくん。これ、いつまで置くんだっけ?」
「そうだな……たしか、十一月に入ったらすぐ片付けろって言われたから――あと一週間ってとこだな」
だが、防腐処理もろくにしていないし、何しろ野ざらしだ。下手したらもっと早くに撤収することになるかもしれない。
「でもさ、雨とか当たったらだめそうじゃない? てるてる坊主とか作ってよ」
「なんで俺が――ってか、わざわざ天候操作しなくても、雨なら屋内に移動させればいいだろ」
とは言っても、万が一夜中に降られたらどうしようもない。夜が雨予報なら避難させるようにするか……。
今後の天気模様を案じながら、俺達は下足に向かった。
このトピックは、名前 @IDを設定してる人のみコメントできます → 設定する(かんたんです)

