【小説】ランタンに照らされて 後編
前編→https://tohyotalk.com/question/846115
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ハロウィン当日。ここ数日は晴れ間が続き、長らく生徒の目に触れていたジャック・オ・ランタンも、今日で終わりを迎える。惜しいことだが、カボチャが変色しかけているのが見て取れる以上、どのみち撤去される運命だっただろう。
この日も休み時間に写真を撮る生徒を何人も見かけた。SNSで告知した時の反響の無さは背筋が凍るレベルのものだったが、最終的には確かな人気を得られたようで安心だ。
「……ん?」
時刻は夕方の五時半を回った頃。委員会の仕事で残っていた俺は、中庭のベンチに座る人影を見つけた。闇の広がる中、揺らめく光で様々な影を作り出しながら、ランタンを見つめている。
不思議に思って見ているうちに、その人物の正体に気が付いた。
「……坂口?」
坂口は驚いたように体を震わせると、こちらを振り返って微笑んだ。
「ふっくんじゃん。何してたの?」
「委員会。そっちこそ何やってたんだ?」
傍らに鞄が置かれているものの、手には何も持っていない。特段何かをしていたわけでもなく、本当にただランタンを眺めていただけのようだ。
「今日で見納めだから。夜のは。最後まで見とこうと思って」
そう言って、隣に置いていた鞄を膝に乗せると、右手でベンチの空いたスペースを叩く。こんなロマンチックな場で隣に座るとはいかがなものか、いつも以上に緊張してしまいそうだ。
しかし、だからといって断るのも不自然だ。俺は片時躊躇した後、ぎこちなく着席した。
「……」
特に話題もなく、静寂が訪れる。
少し変色したカボチャの上には、蟻が数匹歩いているのが見えた。側面のほうに行って消えたり、また現れたり。それも、『普遍的なカボチャ』の方だけに、だ。蟻は未来より今を好むのだろう。
ふと視線をやると、坂口は依然としてランタンを見つめていた。微かに細められた瞳はランタンの光を受け、静かにきらめいている。その横顔から受ける、ミスマッチなまでの悲しげな印象は、カボチャを設置したあの日のそれを想起させた。カボチャ、その中ランタン本体、ましてやその奥、未来まで見つめるような、そんな視線をしていた。
「……楽しかった」
坂口が口を開く。
「嬉しくもあったかな。みんなとランタンを作って、設置して。SNSでも割と人気だったし」
「そうか? 最初に告知した時なんか、七人くらいしか見てなかったぞ」
「ふっくんそういうのあんまり見ないもんね。何日かしたら急に人気が出て……特に『近未来のカボチャ』とか」
そっちが人気なのか、蟻には愛されないのに。人間という生き物は、常に未来を見据えて生活しているということだろうか……。
バカバカしい仮説を振り払って、再びランタンに意識を戻す。確かにこれが最後の機会だ、俺もしっかりと見納めをしておこう。
「えと、あのさ……」
気が遠くなり始めたところで、再び発せられた坂口の声に意識が引き戻される。
「……何だ?」
「ウチ、もう部活行けないかも」
表情とは裏腹に、まるで他人事かのように淡々と言う坂口に、俺は耳を疑った。
「は……辞めるってことか?」
「……そんな感じ」
坂口はため息を吐くと、細めた目のまま空を見上げる。浮かぶのは、またしてもあの表情。真意はこれだったのか。
「……なんで、辞めたいんだ?」
今までそんな素振りを見せなかっただけに、まだ現実を受け止めきれずにいる。
確かに、我が生物部は男子部員三人に対して、女子部員は一人のみだ。普段も女子の友達と一緒にいるところをよく見かけるし、いくら良好な関係だとしても、異性の壁は少なからずあったのだろう。
「ううん、辞めたいんじゃないよ。ウチだって続けたい――」
『続けたい』という言葉こそ前向きだが、その声色は不安げで、か弱くも感じた。それでも、そうか、と返して、少しホッとする自分がいる。
実際の心境は未だ分からないし、どちらかといえば社交辞令的な発言だった可能性の方が高いこの状況。それでも、一筋の光と自分の理想とをくくりつけておきたかったのだ。
「――今から」
幼い頃から一緒にいて、それが当たり前にもなってきていた。ただ、今はクラスも違うし、部活外で会うことなんて滅多に無い。それなのに、その部活までも同じで無くなったら……?
ぎこちなく紡いだ言葉が、口をついて出てくる。
「今から俺の言うことは、独り言だから、無視してくれ」
「……うん」
面倒見がよくて、落ち着いていて、話しやすくて。お互い成長してからも、こうして仲が良いまま過ごせてきた。
「俺は、坂口がいない生物部が想像できない」
目を合わせられず、ひたすらランタンを見つめていたが、気づけば視線はゆっくりと坂口に向かって行っていた。
「俺だけにとって、というわけじゃないが――必要不可欠なんだ。いつも、あのデスクに座っていてほしいんだ」
坂口は未だ目を細めたまま、呆気にとられたようにこちらを見つめている。ほどよい切れ長で、どこか上品な印象を受ける目元。昔からそれを意識する度、俺は気恥ずかしくてひっそりと目を逸らしていた。でも、今は違う。まっすぐに坂口と向き合うと、いつも以上に緊張する。
好きだ。そう口を滑らしそうになるのを我慢して、なんとか誤魔化そうと必死に言葉を探す。
「坂口の抜けた後の穴は、言わば……森林で倒木とかが起こってできるギャップ、小規模攪乱のようなものだと思うかもしれないが、実際は違う」
俺が捻り出した文章は、なんとも幼稚な例え話となった。見切り発車した以上、どうにかして風呂敷を畳まなければ。
「そこにいるのが当たり前だとも思っていたのに、いなくなる。俺は――俺達は、それが倒木なんかが要因とは思えない。その土壌ごと掻っ攫われた、大規模攪乱のように感じるんだ。一般的なギャップ更新は二次遷移だが、この場合は一次遷移、リカバリーに時間がかかる」
坂口の表情は変わらない。
続けるうちに、不安が募っていく。誰にも伝わらない、意味のない例え話を、ただひたすらに呟いて。しかもそれは、坂口の意向もろくに聞かず、『辞めないでほしい』という願望だけがただ先走った、回りくどいだけの文章なのだ。
「だから、もし、考え直してくれたら……嬉しい」
強引に、雑に締めくくった話は、結び口の隙間から言葉の端々として漏れ出して、最後にはそのほとんどが秋の闇に消えていった。
帰路につくのか、校舎の奥の辺りから、生徒たちの話し声が聞こえだした。
「……なんだか、難しい話だね。でも、よく分かった」
沈黙を裂いて、坂口は柔らかな笑みを浮かべる。そして再び、星の一つも見えない夜空に目をやった。
「簡単に諦めてたらだめだね。ウチ、『会計』だし」
「――ん? 会計?」
そういえば春先にそんなことを決めたような気がする。確か生徒会主催の会議に出るためだけの役職同然で、仕事内容はほぼ部長で賄えるものだったはず。おまけに、その会議すら代役はいくらでも立てられる。
「うん。皆にとって必要不可欠な存在は、欠けるべきじゃないから」
「いや、強制するような言い方で申し訳ない。この言い方もおかしいが……もし何か事情があるんだったら、そっちを優先してくれ。大事なのは坂口の気持ちだからな」
環境が合わないのなら、無理をさせるべきではない。生物飼育においての俺なりの鉄則だが、もちろん人間にも言うことができる。
俺の言葉に、坂口は静かに首を振る。
「ううん。それに、あんなにアツく語られちゃったら、ウチとしても、やすやすと辞めさせられる訳にはいかないからね」
辞めさせられる? 退部は自分の意思ではない、というのは本当だったのか。
「あー、その……差し支えなければ、詳細を教えてほしい」
「えーと、実は昨日、お父さんに『部活を辞めて勉強に集中しろ』って言われちゃって、ずっと落ち込んでた。成績が悪いのはほんとだし、来年は二年生で、もっと真剣に過ごさなきゃだし、反論もできなくてさ」
なるほど。確かに、ここ最近で赤点以外の報告を受けた記憶がまるでない。俺が聞いていないだけで、流石にずっと赤点を取り続けていたわけではないと思うが、両親から見て気持ちのいいものではなかったのだろう。
「でも、センイ――はよく分からなかったけど……ふっくんが、他の皆が、ウチを大事に思ってくれてるのが伝わって、嬉しかった。さっきはああ言ったけど、多分会計の仕事なんてやったことないし、部活でも皆に迷惑かけたりするし……辞めたくないって理由が浮かびづらくなっちゃってたから。また見つけられてよかった」
伝わらなかった部分もあるが、全体的に俺の説得は無駄ではなかったらしい。ホッとして、ベンチの背もたれに背中を預けた。
「ウチが成績上げさえすれば、余裕で残留だからね。ちゃんと頑張るよ」
「あぁ、楽しみにしてる」
俺の返事に、坂口は、任せてと言わんばかりの明るい笑顔を向けた。
一悶着あった会話も無事に終わり、二人並んで余韻に浸りながら、最終下校までの短い時間を過ごす。
この時間が永遠に続いてほしい――なんて言葉はよく聞くが、その多くにおいて共通点がある。それは、結局終わりがやってくる、ということだ。
中庭に吹き抜けた風が冷気を運んできたところで、予鈴が鳴り響く。
「……もう、帰る時間だね」
チャイムの音が聞こえなくなったところで、坂口は大きな伸びをして立ち上がった。
「このランタンも今日で終わりだね。だめになってるし、もう捨てられちゃうんだろうな」
「だな」
心無しか『普遍的なカボチャ』が悲しい顔をしているように見える。『近未来のカボチャ』は――残念ながら、サングラスのせいで分からない。
タイミングを見計らったように、ランタンの灯りが消え、辺りの暗闇が張り付いてきた。スイッチは遠隔だから、管理している生徒会が消したのだろう。
「来年も、できたらいいね」
「これからは、テストで退部の危機なんてやめてくれよな」
坂口からどこか頼りない唸り声が聞こえたところで、遠くから怒号が響いてきた。下校時間が迫っているからだろう。
俺たちは一瞬顔を見合わせると、下足に向かって駆け出した。
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