【小説】2色ボール。
七月のすがすがしい朝、私は一つのことわざを復習した。
「痛っ……。」
_犬も歩けば棒に当たる。
いや、葵も歩けば棒にあたる……。
ひりひりと痛みが増す頬をおさえる。
ああ嫌だな、運が悪すぎる。
地面に転がったボールを拾い上げた。ボールが飛んできた公園を見ると、小柄な女の子がいた。バットを振り切った姿勢で、石像のように固まっている。
……え?生きてる?
「うわぁぁ、ごめんなさいぃぃぃ!」
やっと動いたと思うと、どこかへ駆けて行ってしまった。ボールを置いたまま。
変な子…とりあえず、警察署にボールを届けるか。
……はっ、学校に遅れる……!
ボールを拾い上げて、私は家に向かってダッシュした。
□葵side□
その話に続きがあるなんて、思いもしなかった。
しかし、学校帰りの放課後……やってきたのだ。
「ひがしぐもセンパイ……うちに、野球を教えてください!」
目の前で、あの小柄な女の子が地面に手をついている。せっかくのサラサラなロングヘアーをアスファルトにくっつけて。
土下座をされているのだ。
通行人の視線が痛い。
「えっと、立とうか」
「ひゃ、ひゃい」
涙目の女の子を立たせる。近くで見てみると、垂れ下がった目も、形のいい唇も、すごく可愛らしい。
この子には、聞きたいことがたくさんあるのだけど……。
結局、私の口からついて出たのは、
「私は、しののめ」
「そ、そうなのですか!?」
結構どうでも良いことだった。というか、この子はどうして、私の名前と家を知っているの……?
「ひっ……東雲センパイ、バッファクスのエースでしたよね。私、センパイに憧れて野球を始めて。今はドリームズのキャッチャーです!」
心の中の問いに答えるように女の子がまくし立てた。
「あ……そう、なんだ。すごいね」
「なのに今朝はボールを当ててしまって……!」
「いや、気にしないで」
バッファクス……、か。少年野球チームだ。私はエースとして活躍もできた上に、全国大会にも出場できた。あの頃が私の頂点……だったのかもしれない。
__女子が強豪チームに入ったって、足引っ張るだけだろ。
冷たく突き放された、あの春。
思い出して、胸がきゅっと痛くなった。気づかれないように、女の子に向かってに笑顔を作る。
「名前は?」
「うちは、桃瀬結芽……です。」
「ユメちゃん」
ごめんね、ユメちゃん。
「私はもう野球はやめたの。野球なら、光瑠……向かいの家の男子に聞いて」
「えっ」
そう言い残して、家の中へ入る。玄関に置いてある、昨日のボールが目に入った。
ハァァァ……と、冷たいため息がもれる。それが嫌悪感なのか、後悔なのか、それとも嫉妬か……今の私には、まだ分からない。
□結芽side□
呆然と東雲センパイの後ろ姿を見送る。
知っていたのに。東雲センパイが、光瑠センパイに言われて、野球を続けられなかった。
光瑠センパイの家に行って、問い詰めようか……と一瞬思う。でも、東雲センパイはそんなこと、望んでいないはずだ。
「どうやったら助けられるのかなぁ」
三年前、助けてくれた人だから。
__野球は、友達いればできるじゃん!新聞紙で道具作ってさ……あっ、新聞紙も必要か!
キャッチボールしよう、って、初心者のうちになぜか変化球を投げてきたセンパイ。
数分だったし、覚えていてほしいだなんて思いません。
だけど……うちに、希望をくれた人だから。もう一回、チャンスをください。
うちを野球の世界に引きずり込んだのは、そっちですよ?
「絶対に来るって思っていました」
うちとセンパイの頭上には、雲一つない、青空が広がっていた。東雲センパイが困ったように笑う。
「今日はボールを届けに来ただけで、」
「キャッチボールやりましょうよ」
東雲センパイの言葉をさえぎって、グローブを渡す。反射的に、かもしれないけれどセンパイはグローブを受け取ってくれた。
恩返し……いや、うちの自己満足かもしれないけれど。
東雲センパイは、野球で輝いていないと!
□葵side□
「キャッチボールやりましょうよ!」
青いグローブが目の前に飛んできて、気づいたら私は受け取っていた。戸惑いながらも、ユメちゃんの胸元めがけてボールを投げる。
ユメちゃんが私に投げかえす。真っ直ぐなボール。
「ナイスボール……」
「えへへ」
ユメちゃんが嬉しそうにはにかむ。
「少年野球は、楽しい?」
無意識に、私は、そう聞いていた。
「楽しいです!うち、東中学校に入っても続けます。」
「でも、女子は入れないよ?」
あっ……。言ってしまって、すぐに失言に気づく。春、私がその言葉で傷ついたことを忘れていた。
「ごめん」
「いえ!東雲センパイ、だから野球やってなかったんですね」
「うん、そう」
ボールと一緒に、私たちの言葉も投げ合う。不思議と口が軽くなるのは……気のせいかな。
「東雲センパイは、野球をやりたいですか?」
「えっ……!?ど、どうだろ」
ピクッと指先が動いたのを、見られてないといいけど。動揺してしまった。私は、野球をやりたいのだろうか。
……分からない。あんなに男女差別をする、野球部になんか……じゃあ、野球はしたいってこと?
考えれば考えるほど、頭が痛くなってくる。
「それでは、野球は好きですか?」
……。今日は、ユメちゃんがグイグイ来る。あまりにはっきり聞いてくるので、うん、とすんなり答えてしまった。
「野球は、仲間と、新聞紙でできるし。やっぱり楽しいよ」
ユメちゃんの顔が分かりやすく笑顔になる。
……と、ボールを投げようとしたところで、ハッとした。
後ろに、いる。ユメちゃんの後ろに……。
「危ないッッ!」
自分でもびっくりするくらいの大声が出た。地面を蹴って、走り出す。ユメちゃんの前に、手を伸ばして……。
__まにあっ、たぁ……。
ボールを間一髪でキャッチ。このボールの持ち主は……もう、そこにはいなかった。
「ユメちゃん、ごめん」
「え」
「野球部の顧問で……。私に色々突っかかってくるの。巻き込んじゃって、」
「謝らないでくださいっ」
言葉をさえぎって、ユメちゃんは両手をギュッと握ってきた。
「東雲センパイ、格好よかったです!ありがとうございます」
そのまま、誰もいない路上に向かって叫ぶ。
「来年、入学したら絶対に野球部、入ってやるからーー!!うちとセンパイのバッテリーで、勝負だーーっ!」
「わ、私?」
「だって、野球好きなのでしょう?」
そのとき、ことわざを思い出した。
__犬も歩けば棒に当たる。
もう一つ、意味があるんだよね。
『出歩けば、思わぬ幸運に合うことがある』って……。
■10ヶ月後■
一人にでも打たれたら、脱落。
マウンドを整えたり、ロージンバッグをさわって緊張をほぐす。サインを確認した。親指、人さし指、中指。
ユメ、なかなか勝負強いじゃん。
スゥゥッ、と大きく息を吸い込む。大きく振りかぶる。空を蹴り上げるように右足を上げて、軸足を意識。そして、体重移動。
指先に力がこもった。ボールを……
__投げるっ!!
パァァァァンッ!!
全身全霊を込めて投げた、渾身の縦スライダーが桃色のミットに吸い込まれる。キャッチャーマスク越しに、ユメと笑い合う。バッター……光瑠が目を丸くした。私たちなら、いける!
___このボールに、想いを込めて。
【あとがき】
下手なうえに長いですね笑
感想、アドバイスお待ちしております。ただ、メンタルがヨーグルトなので……優しめなアドバイスがほしいです。
https://tohyotalk.com/question/490710
小説大会「Universe」に出させていただきました。追記.間違えて表紙を削除してしまいました。
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