私が「 」を失ったとき
私が「夢」を失ったとき。それは十年前に遡る。
「お前の夢なんなん?w」
登校班で夢を言えと言われ、正直に言ったら班の全員、約二十人に笑われた。そのときの夢はよく覚えていない。母にも夢を全て否定されるようになり、次第に「夢」を失い、虚無に包まれた日々の中で過ごすことになった。
私が「希望」を失ったとき。それは九年前に遡る。
「やっと、やっと先生に言えた!」
小学一年生から執拗ないじめを受けていた私は小学二年生の頃やっと先生にそれを訴えることができた。しかし、それは無駄であった。先生が何度加害者側を叱っても私のことをいじめてくるのである。「これはいつまで続くのだろう」そうして私は次第に「希望」を失い、心を閉ざした。
私が「友達」を失ったとき。それは九年前に遡る。
「みんなが怖い」
小学一年生から続く登校班、下校班の執拗ないじめに加えて学校にいるときも他の人からいじめられだした。その内容は事実無根の噂を流されたり、通せんぼをしたり、名札を捨てられたりもした。そうして私は「友達」を失い、他人が怖くなった。
私が「正常な状態」を失ったとき。それは三年前に遡る。
「何かがおかしい」
中学二年生の春、明らかな精神の異常を感じ始めた。極端に気分が昇降し、ヒステリックになり、恋人にも依存するようになった。
親を説得してメンタルクリニックに行けたのは一年と半年後、受験期だった。もう少し早く行けていたならいい学校に通うことが出来たかもしれないし、早期治療で完治していたかもしれない。そうして私は「正常な状態」を失い、完治が難しい精神病の仮診断がつくことになった。
私が「純粋」を失ったとき。それはたったの半年ほど前に遡る。
「やだ。」
インターネットで出会った金髪の男に車の中に連れ込まれ、ほぼ無理やりされた。気分はもちろん良くはない。むしろ最悪だった。その男はその後も酒に酔った勢いで私以外の女とやったりしていた。あとはもう覚えていない。母にも訴えたが警察にも連れて行ってくれなかった。
そうして私は「純粋」を失い、相手にも逃げられた。
私はこれ以外にも数多くの物を失った。
だが、それは君もだ。
私たちは神経やそれ以外にも色々なものをすり減らして生きている。
ストレス発散の手段が欲しい。そう思ったことはないか?
誰でもそう思っているのかもしれない。大抵の人は趣味がストレス発散の手段である。人によっては仕事などがその手段の人もいるだろう。趣味や、ストレス発散の手段がないという人にはここをオススメしておこう。
https://kakurega.lifelink.or.jp/
ここは隠れ家。疲れたときやネガティブな感情で苛まれているときに行く場所。他の人と直接話すことはできないが、ネガティブな感情から心を遠ざけたりする色々な手段がここにはある。ぜひ行ってみてくれ。
最後に、お互い無理はしないでおこう。
何かあったらDMにでも来ておくれ。話聞くからな。一応、カウンセラー目指してた時期があったもんだから心理学の知識は少しある。だから、頼ってくれ。
>>25
出来ないね
復讐したらこっちも悪くなるし
人の事いじめた奴って大抵後で苦労するから(。-∀-)ニヤリ
>>26
苦労しないよぉ!逆!いじめられっ子が苦労する
下痢犬と担任の先生が言ってたけど、いじめてこなかったらいじめられっ子はやり返さなかったし、いじめられっ子が我慢するのはおかしいっつってた
>>27
いや?私をいじめてきたヤツら私よりバカばっかりなんだよ
1人はヤンキーのパシリにされてもう1人は孤立してる。
私をいじめたやつはその後大体は苦労してる
>>37
多分私立ち直りだけは早いタイプでね……9年間のいじめも数ヶ月で、レ○プも半年で何とか立ち直ったから( ̄▽ ̄;)

