【小説】同郷の一期一会 上

4 2023/03/31 16:07

再喝です

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◉◉同郷の一期一会 上◉◉

 

森から少し離れたある街。そこでは夜通し宴が行われていた。中世ヨーロッパを連想させるその街にはアスファルトや電柱などはなく、ほとんどの家が煉瓦造り。道には電気もないのに灯る街灯があり、その道を猫耳としっぽがついている少女や剣を持った人が歩いている。ここまででも十分非現実的だが、周囲の反応も異常だった。剣を抜いても銃刀法違反を叫ぶ者はおらず、ものが浮いても当たり前だというように誰も気にとめない光景___そう、ここは正真正銘の異世界であった。

普段は比較的静かな街だが、今は男も女も子供も年寄りも、身分さえ関係なく飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎである。理由はただ一つ、勇者によりこの地域__正確にいえばこの近くの森なのだが__の魔物のボス、つまりここ周辺の魔物による被害の原因を突き止め、倒したのだ。当然それにより今まであった被害は格段に減り、住民は歓喜。今回一番活躍した勇者を救世主だの神の使徒だのとはやし立て、街をあげての宴になった、というわけである。

が、私は人混みが嫌いなので街から少し離れた自分の店、個人経営のしがない食堂にいた。経験上宴の際、街の中心部では人々の勢いがそれはもう凄まじいのだ。半分無法地帯となるくらい。まあ法律なんて概念はこの国にはないのだが。とにかく、中心部にいくと必ず何かしら声をかけられて巻き込まれるのだ。見ず知らずの人に突然絡まれるとか本当に勘弁してほしい。

___なんて言葉がフラグだったと気付いたのは数分前のこと。

「あの」

「ん?」

午後十時。今、一人の青年が店に来ている。年は同い年くらい、おそらく20代前半。上着を脱ぎ、カウンター席の椅子にかけながらチャーハン一人前、と言うこの男にはすごく見覚えがある。

今客が来ているということには問題はない。宴が行われている時に、こんな店に来るなんてちょっと変わった人だな、と思うだけである。しかし、問題はこの男の素性にあった。

「ギルド、行かなくて良いんですか。貴方、今回の主役じゃないですか」

「あー、うん。まあなんとかなるんじゃねーの」

「えぇ…」

そう、この男は勇者なのである。かの有名な魔王戦で何千匹の魔物を1人で相手をしたという伝説の持ち主本人である。なぜこの店に来たのか問えば、宴に参加しない店があったため気になって抜け出してきたらしい。勇者がそれでいいのかよ、と心の中で突っ込んでしまった私は悪くない。

しかし、どんなに厄介な客でも一応大切なお客様。それなりの対応はする。例えそれが勇者だとしても例外ではない。かしこまりました、と注文を受け取り、おしぼりと水の入った木製のコップを渡す。

正直今夜は客が来るなんて思っていなかったため、作り置きはしていなかった。幸い余っていた魔物(オーク)の肉の仕込みがあったためそれで調理をしようと考える。野菜の方も何とか足りそうだ。ふう、息を吐きながら調理台に立つと、意外そうな声が聞こえてきた。

「へえ。あんたが調理するんだ」

「料理は他にできる者がいないので」

「そこの二人は」

「店の経営を任せています」

「ふーん」

自分から聞いたくせにあからさまに興味がなさそうな態度をとる。つくづく失礼なやつだな、と思いながらも手は止めない。

その後も調理中にも関わらず男は何回か話しかけてきた。どうやらかなり社交的な性格らしい。いつから店を始めたのか、最近の趣味は何かと次から次へと飛んでくる質問に短い答えを返していく。

何回か一問一答を繰り返していると、話のネタが尽きたのか、会話はぴたりと止まった。遠くで何かが爆発するような音が聞こえる。誰か火炎魔法でも打ったのだろうか。なんてことを考えながら、卵(鶏ではなく魔物の、である)を焼いたフライパンに釜で炊いた米を入れる。へらでほぐしていくとジュウっといい音が聞こえてきた。いい感じ、と心の中で呟く。

しばらくして、いい感じに解れたら刻んだ野菜を入れて一緒に炒めていく。途端、店中にいい匂いが広がった。

 

黙々と手を動かしていると、不意に声をかけられた。

「なあ」

「はい?」

「ここの領主、密売人と繋がってるらしいよ。ちなみに奴隷虐待の前科持ちだってさ」

「…そうですか」

「驚かないんだ?」

「興味ないので」

「へー。案外バッサリ切るんだな」

数秒の沈黙。視線を感じて顔を上げると、勇者がこちらの方をじっと見つめていた。一瞬目が合いどきりとする。スッと目を離しフライパンの方へ向けると、聞こえてきたのは若干控えめな声。

「あんたはさ、俺がこの街の住人が無事なんてどうでもよかった、って言ったら怒るか?」

真っ直ぐな眼差しが向けられる。

「…勇者サマがそんなこと言っていいんですか」

あえて質問で返すと、彼はあからさまに顔を顰めた。

「じゃあ告げ口でもするのか?」

「………」

「だろ?」

無言は肯定と受け止められる。勇者は満足気に笑った。

◆◆◆

ことり、とチャーハンが乗った皿をテーブルに置く。木製ならではの音がした。お待たせしました、と声をかければ、うまそーと陽気な声が帰ってくる。お前は男子高校生か。

彼はスプーンを手に取った。ふと目をやると裾から大きな傷が見える。つい気になってしまって目で追った。

「気になるか」

「いえ。すいません」

傷を見られるのは気分が悪いだろう。そう思って謝れば、いーよ、気にしてないし、との声。しかし一度見てしまうと気になってしまうもの。そんな雰囲気を察したのか、勇者はニヤリと笑って言った。

「聞きたいか?勇者の武勇伝」

好奇心がふつふつと湧き上がってくる。少し迷いながらも小さく頷くと男はクツクツと可笑しそうに笑った。

 

 

勇者は話上手であった。上手く情報を隠したり、わざと勘違いさせるようなことを言ってこちらをハラハラさせる。性格が悪さを感じられたが、それ以上に話は面白かった。さらにはその場にいたせいなのか、とてつもなく臨場感がある。

いつの間にか敬語は外れていた。

「ってことがあって、できたのがこの傷」

どうやら腕の傷は少女を守ってできたものらしい。回復役だったその子は勇者にベタ惚れだったらしく、勇者もまた絆されていたんだとか。

「で?今くっついてんの」

今の話を聞くと両思いだとしか思えなかった。こんなところで私と話してないで早くその子のところに行ってやれよ、と視線を送る。

「___死んだよ。その一ヶ月後に」

彼の表情は変わらない。

「…そっか。大変だったんだね」

「それだけ?」

「何か言ってほしかったの」

「いーや」

「知ったように口を聞かれるよりマシじゃない」

「確かに」

ケラケラと男は笑った。

少女一人が退場しても英雄譚は何事もなかったように続く。王都での格闘技大会で前回優勝者の鼻を折ってやった話。鳥型の魔物に乗ったら上空100mから落とされた話。長い付き合いの商人が実は“人に化けたナニカ”だったという話には肝が冷えた。

クライマックスの魔王戦の直前で一旦話が途切れる。どれも凄まじい話だった。こういうのってなんて言うんだっけ。脳裏に歳の離れた姉が言っていた言葉が思い浮かび、口に出す。

「ヤバ谷園」

「ウワふっる」

「あ゛?」

拝啓姉さん。この言葉はもう古いようです。敬具。

「もうそれ死語じゃん言ってるやついねーよ__って、お前…」

「ん?」

「なんでその言葉知ってんの」

「アッ」

やらかした。首筋に冷や汗が伝う。『やばたにえん』なんて言葉は、この世界にはない。ちら、と勇者の様子を伺えば明らかに疑っている表情。

「名探偵どこなん、仮免ライダー、マッチョ売りの少女…」

「…」

何とも微妙なチョイス。

「死ぬ間際ファミリー」

「ぶはっ」

「なあ。日本って国、知ってる?」

「さア、知らないネ」

わざとらしく肩を竦めば冷たい視線を向けられた。

「……『スマートフォン』という言葉に聞き覚えは?」

「なあにソレ。王都で流行ってる食べ物?」

「お前それで誤魔化せると思ってん「思ってるわけないじゃん」ウワすっごい食い気味」

はぁ、と思わず大きなため息をついてしまう。バレてしまったことはもう取り返しがつかない。そこは切り替えて最善の方法を考えなければ。勇者がこれからどうするのかは予想がついていた。

「国王にでも突き出す?」

「まあそうすべきだな」

「だろうね」

「でも」

勇者はあたりを目だけで見渡した後、声を落として言った。

「今回は『勇者が宴の最中、ふと気になった店で“一般人”の店主と会話を交わした』だけだ」

「……それはどうして?」

勇者の発言に対して純粋に驚く。それでは都合が良すぎる。もし、『勇者が脱走した異邦人を見逃した』なんて国王の耳に入ったら。向こうにはメリットがないどころか大きなデメリットになるはずだ。

「逃げてきたんだろ。そこの執事二人も一緒に」

そういって勇者は店の奥にいる、いかにも真面目そうな男二人にちらりと目を向ける。彼らからの反応はない。このくらいで動じないのは流石といったところか。

「あちゃ。バレてたか」

「勇者を舐めるなよ?」

ニヒルな笑みを浮かべて彼は続ける。

「見たところあんたは特殊スキルも持っていないし、かといって戦闘力があるわけでもない。さらに誰かに気に入られているわけでも、何か要注意人物に目をつけられているわけでもない。要するに、戦場じゃ役に立たないひよっこってわけだ。それに商売もできなけりゃこの国の情勢にも疎い。どうせ王都で勝手に召喚され、期待はずれやら穀潰しやら言われた挙句。虐げられたのに耐えられなくなって、マトモな従者数人と逃げだしたんじゃねーの」

「うわスットレートォ…。もうちょっとオブラートに包んでよ。まあ大体は当たってるけどね?」

「だろ。俺も鬼じゃない。今更戻すような真似はしねーよ」

「ほえー。国王の忠犬と噂される勇者サマもそんなことできるんだ」

「あ?喧嘩売ってんのか?」

「事実を言っただけですけどぉ?それに勇者サマ、そのような言葉遣いをされては聖女サマに嫌われてしまいますわぁ」

「ウッッザ」

そう言いながら勇者はコップを掴み、一気に仰る。

__ああ、優しいなあ。

ぷは、と水を飲み干し息を吐いた彼を見ながら私は思った。

「ねえ」

「ん?」

「ありがとう」

「何が?」

「なんでも」

礼を言えばキョトンとした顔。やっぱり、この男は優しい。

「何それ意味わかんねー」

「分かんなくてもいいよ」

「なんか調子狂う」

「あはは、いいね。狂っちゃえ」

「勇者が狂ったらこの国滅びるぞ?」

「いいよ。別にこの国に情とか湧いてないし」

「正気か?仮にもあんた今この国の国民なんだぞ」

「うん、それが何?」

「お前なあ…」

 あはは、という私の乾いた笑い声と勇者のため息。馬鹿な話をしているという自覚はある。後ろの二人も顔にこそ出さないが呆れた雰囲気をあからさまに出していた。けれどもそれはどういうわけか、今まで自分が閉じ込めていた記憶を思い出させる。

なんだかんだ愛してくれていた家族との思い出。学校で友達とやんちゃしたこと。それで先生に見つかって、こっぴどく怒られて__。あの時間をもう一度、なんて願ってもどうにもならなくて。どれもとうに辛いだけの記憶になっていたはず、だったのに。

なぜか今はこの時間が、空間が、酷く心地良かった。

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