【小説】真夏の追憶《六話》
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そのとき、ドンドンと家の扉を強く叩かれる音がした。
バキッという破壊音とともに、扉が壊された。
「貴様ら!連続詐欺罪犯で間違いないな。…って、お前…脱獄した人間?!それと、伊与??!」
いきなり扉を破壊し家に乗り込んできた数人の男。いわゆる「侍所」。室町時代に警察のような役割を担っていたらしい。やはりこの「龍の都」は室町時代からそれほど進歩していないのだろう。
そんなことを考えているうちに、両手を縄で縛られ俺たち4人は連行されてしまった。
その際、日髙の母は近所の人と別れの挨拶かなにかを話していた。
「うん。ありがとうさん、おかげで思い通りだべ。待ってろ、夜に狼煙あげっから。」
詐欺師であることを除けば、彼女は人柄も性格も良い。それなのになぜ詐欺をはたらいてしまったのだろうか。
日髙とその母親は、足が不自由で貧しいふりをして相手の同情心に漬け込み金銭を置いていかせる、巷でかなりの噂になっていた詐欺師であった。日髙の母は足が不自由なんてことはなく、日髙も日髙という名ではないし、ふたりは血縁もなにも無いらしい。
日髙の母と自称していた彼女は、こちらを向かずにぽつりと言った。
「…だども、一揆のことは嘘じゃあねべさ。それだけは信じてもらいてえな。」
俺は再び牢屋に入れられた。しかし前とは違い隣の牢屋には伊与と日髙たちがいるし、明かりは蝋燭一本だけ、しかも若干狭い。窓もない。この牢屋は、城の外へ逃げないようにと城の高い位置にあるらしい
昼は畳まれていた布団が綺麗に敷いてあり、下働きの女らに混じって洗濯作業をした際に着替えさせられてからどこかへ行っていた俺の服も部屋の隅に置いてあった。こういうところは丁寧なのだな、と思った。
もとの服に着替えていると、誰かがやってくる足音が聞こえた。
「元気かい、囚人諸君。」
若い男の声。俺をこんなところまで連れてきた、目の細いあの青年の声だ。
「おかげさまでなぁ、元気なんかねえべ。」
日髙が言った。
「あはは、元気そうだね。」
彼は日髙を挑発するように言ったが、相手にすると面倒だと感じたのか日髙はなにも答えなかった。それが不服だったのか、彼はさらに日髙を煽った。
「きみの顔だちは整っているから、姫様の籠愛を受けられるかもね。」
「国を玩具だとしか思ってねえやつのお気に入りになんかな、死んでもなりとうねえわ。」
彼は一瞬「?」の顔をした。
「なにか勘違いをしているようだね。」
そういうと、彼は俺の牢屋の格子にもたれかかって話し出した。
「姫様は国を玩具だと思ってなんかいないし、処刑が好きなわけでもない。ただ、人を信じることができなくなってしまっているだけさ。」
その昔──乙姫がまだ城主ではなかった頃、龍の都に「浦島の太郎」という人間の男がやってきた。迷い込んだのではなく招待されたものなので、龍たちは皆精一杯もてなした。乙姫も例外ではなく、むしろ人一倍彼を接待した。
太郎は、一生この都にいると乙姫に告げ、乙姫と結婚するとも誓った。太郎が正式に龍の都の住人となる手続きも、既に準備がされていた。結婚の儀式もそろそろ日程を決めよう、というとき。
やっぱり地上に戻りたい。
太郎はそう言った。いきなりの帰りたい宣言だった。
都は大混乱。手続きは全部取り消し、結婚の話もなかったことに。しかも、太郎は他の女性とも交際をしていたようだった。
誰よりも太郎を愛し、彼との将来設計も考えていた乙姫が受けた衝撃はかなり大きかった。心を閉ざし、部屋から出てこなくなった。
それから乙姫は、誰のことも信じられなくなってしまった。
太郎が地上に戻る日。
乙姫が部屋から出てきて、太郎に小さな“箱”を手渡した。『絶対に開けてはいけません。』と、何度も念を押した。
この“箱”はいわゆる“玉手箱”で、中には太郎の“時間”が閉じ込められていた。「海底」と「地上」の時間の進み方には大きなズレが生じているため、「海底」で過ごした時間を「地上」の時間に換算し“玉手箱”に入れているのである。開けると、持ち主の身体は「地上」で過ごした時間と同じだけ歳をとる。太郎の場合、海底で数年過ごしているので地上では300年近くが経っている。そのため開けてしまうと身体が急激に老化し死んでしまう。
普通はこの“玉手箱”の仕組みを丁寧に説明するのだが、乙姫はそれをしなかった。太郎への復讐である。カリギュラ効果を利用し「絶対に開けるな」と逆に開けたくなるようなことを言い、間接的に太郎を殺害しようと目論んだのである。
案の定、太郎は”玉手箱”を開け、灰となって消えた。
人間不信に陥った乙姫は即位してからというもの、謀反や汚職などが疑わしい者を次々と処刑をしていった。それがエスカレートし、乙姫個人が気に食わない者やちょっとした反論を言った者までもが処刑されていく自体となり、誰も乙姫に逆らえない恐怖政治国家が誕生してしまったのである。
「だから、人間が迷い込んできたらすぐ処刑だし、『浦島太郎』という名前も禁句なんだ」
なるほど。
と一瞬思ったが、いや違う、と俺は首を振る。これはよくある『実は重い過去があったから同情心に漬け込んで許してもらおう系ボス』のテンプレートではないか。その手には乗らない。漫画でもアニメでも、ゲームでだって何度も見たのだから。
「…『過去』がどうしただ、重要なのは『今』だろが。」
日髙が言った。
「アハハ、かっこつけちゃって。『過去』があったから『今』があるんでしょ。」
余裕の笑みで煽り散らかす彼と、冷静にイラつく日髙。このふたりの相性は最悪なようだ。場の空気まで最悪になる。
「…ま、姫様がどんな過去を持っていてどんな人物だとしても、僕は最期まで姫様を御守りしたいね。多分相方もそう思ってる。」
「そんな強がらねえでさぁ。処刑されるのが怖えと素直に言やあいいんになぁ。見苦しい。」
彼は言い返してこなかった。
それはそうと、さっきから眠気を感じる。あまり寝なくても平気なタイプなのだが、今日は動き回ったからであろうか、あくびが止まらない。伊与も、日髙の母親を名乗っていた彼女も、声が聞こえない。恐らく既に寝ているのであろう。
「ま、もう夜遅いし。また明日話そうね。」
「二度と顔も合わせたかねえわ。」
最期まで空気は険悪なまま会話を終えた。彼はアハハと笑いながら牢屋を後にした。男にしては高く若々しい声が、牢屋に響き渡っていた。
ようやく眠れる、と思い寝ようとしたとき、日髙の母が何かボソボソと呟いている気がした。所々しか聞き取ることはできなかったが、こんなことを言っている気がする。
「龍の民は、革命を起こす。」
眠気に負けた俺は最後まで聞き取れず、意識は夢の中へと消えていった。
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こんにちは、どこもです。
乙姫さんの過去話でだいぶ文字数くわれて、結構長くなってしまいました…(笑)。次からは物語の雰囲気が少し変わります。
トピ画は…なんだか良い感じのフリー画像です。
読んでいただきありがとうございます!
おもれぇ…!!今日もおもろかったぜ…。考察失礼、日高さんが浦島太郎の孫なのでは…!?なんかめちゃくちゃ姫恨んでたし()