紅剣物語第21話「それぞれの戦い前編」

8 2025/11/09 20:40

オーデッツ司教のもとに、ひとつの報が届いた。

“紅の剣”を携えた少年――ソラ一行が、ついにこの地へ迫っていると。

その報せを運んだのは、「六翼」と呼ばれる司教直属の精鋭たち。

地下の広間には、六つの影が集っていた。

筆頭、「傲慢の翼」バルド・レンファース。

金の髪を後ろで束ね、淡灰色の瞳がまっすぐ前を射抜く。

その黒銀の鎧は、かつての聖騎士団を模してはいるが、

装飾には禍々しい“荊棘”の意匠が刻まれていた。

二人目、「嫉妬の翼」リュシア・エイン。

かつての幼なじみ――聖女が“英雄”に選ばれたその日から、

彼女の心は静かに壊れた。

白金の髪を三つ編みにし、右顔を黒紗のヴェールで隠した姿は、

まるで祈るように美しい。

三人目、「暴食の翼」グラン・ヴェルガン。

飢えを逃れるために、かつて村人を喰らった男。

その罪を悔いず、今も血を欲して笑う。

四人目、「怠惰の翼」セリナ・ヴァルミナ。

長い黒髪を垂らし、半ば夢うつつのように椅子に凭れかかる。

白の修道服めいた衣装の裾は、闇のように霞んでいる。

五人目、「憤怒の翼」ゼノ・リード。

連合国軍の暴行によって家族を殺され、怒りに焼かれた男。

そして六人目、「色欲の翼」メルヴィナ・クロエ。

貴族社会で愛を利用され、快楽と支配に堕ちた女。

六人はそれぞれの罪を冠に、司教オーデッツの影として生きてきた。

---

「……“紅の剣”が来る、か。」

報を受けたオーデッツの声は静かだった。

「我こそが正義だ。誰が否定できよう。紅の剣など――叩き潰してやる!」

レンファースが机を拳で叩く。

その響きはまるで戦の号砲だった。

「暑苦しいわね、バルド。もう少し冷静になったら?」

怠惰のヴァルミナが、半眼のまま気怠そうに言う。

「暗闇に紛れてソラたちを分断しましょう。孤立した敵を各個撃破すればいい。」

そう言い残すと、彼女は立ち上がり、

「眠たいから、もう休むわ」と言って部屋を後にした。

オーデッツはその背を見送りながら、

「……なかなかの名案だ」と小さく呟く。

「戦いたい者は外へ出ろ。ただし油断はするな。インもニンもやられている」

その声に、レンファースが鼻で笑った。

「知るかよ。弱ぇ奴が勝手に死んだだけだろうが」

レンファースは扉を蹴り開け、燃えるような視線のまま部屋を出ていった。

続いてヴェルガン、クロエも立ち上がる。

「リード、エイン。お前たちは地下に残れ。」

オーデッツの目がふたりを捉える。

二人は無言で頷き、それぞれの部屋へと戻っていった。

やがて部屋には、オーデッツただ一人が残る。

燭台の火が、司教の顔を照らし出した。

「この戦いに勝てば、“紅の剣”は私のものだ。

 そうすれば、アヴィーデもセレナも……私を侮ることはできまい」

司教は唇の端を歪め、低く笑い声を上げた。

---

「ソラ、ニン……どこだ!」

ヒロトは濃霧の中を駆けながら叫ぶ。

霧が視界を奪い、気配が狂う。唯一の手がかりは、

どこかで流れる川の水音だった。

(……迷ったら、あの川に戻ればいい)

そう心で呟きながらも、胸の奥では不安が膨らむ。

そのとき――

「貴様、何者だ!」

霧の中から兵が飛び出し、槍を突き出してきた。

「槍戦なら、負けねぇ!」

ヒロトは素早く槍を捌き、敵の武器を叩き落とす。

次の瞬間、胸を貫かれた兵が崩れ落ちた。

だが――空気が変わった。

圧がある。まるで目に見えぬ炎が、肌を焦がすような気配。

「……出てこい。隠れてないでな」

霧が揺れ、重い足音が響く。

灰色の瞳が、霧の奥から射抜くように現れる。

「俺は“傲慢”。炎の王に選ばれし者――バルド・レンファースだ。」

彼が一歩踏み出すごとに、地面の湿った苔が“ジュッ”と音を立てて蒸発した。

気温が上昇していく。霧が熱で裂け、

やがて彼の体から立ち上るのは――炎ではなく、熱の威圧だった。

ヒロトは舌打ちし、槍を構える。

「威圧だけで燃えるとか……本格的に厄介だな。まるで数年前の俺だ」

「怯えたか? なら焼き捨ててやる」

レンファースが拳を握る。

空気が軋むような音。瞬間、爆炎が地面を貫いた。

ヒロトは反射的に回避。

炎弾は背後の木に命中し、爆発的に燃え広がる。

「攻撃の的を絞りすぎだな。そんなの、必ず外す」

ヒロトは槍を突き出す。鋭い一撃がレンファースを襲うが、

男は軽く身をずらし、後方に跳んだ。

瞬間、ヒロトの視界から姿が消える。

「なっ……!」

見上げると、レンファースは木々の間を跳び、空へと舞い上がっていた。

「終わりだ、デミゴッド・ブレイズ!」

両手から無数の火玉が放たれる。

まるで流星群。

ヒロトは駆け、転がり、火の雨を避ける。

地面が爆ぜ、炎が咆哮する。

ヒロトが跳ぶと同時に、地面が赤く溶けた。

「ちっ、足元ごと焼くかよ!」

槍の石突きを地面に突き、宙へと飛び上がる。

「逃がすかよ!」

レンファースの右手が閃光のように振られる。

「フレイム・バインド!」

蛇のようにうねる火線が、ヒロトの足首を狙った。

ギリギリでかわす。

だが次の瞬間、鎖が爆ぜ、火花が弾ける。

爆風でヒロトの体が弾き飛ばされた。

「炎を……鎖にしたのか!?」

「当然だ。俺の炎は“形”を持つ。

 神が与えた力――いや、“俺が神そのもの”だ」

レンファースが広げた掌の中で、

炎が剣へ、槍へ、鞭へと自在に変化する。

ヒロトは槍を構え直し、地面を蹴った。

「神? あいにく、信仰心はねぇ!」

槍と炎剣が衝突する。

光が爆ぜ、火花が二人を包む。

空気が熱で震え、森が赤く染まった。

ヒロトは地面に着地する。

(……このままじゃ埒があかねぇ!)

レンファースはヒロトの進行方向を読み、火玉を撃ち込む。

目の前に炎が降り注ぎ、ヒロトは反射的に足を止めた。

その隙を逃さず、レンファースは笑う。

「逃げ場はねぇぞ!」

炎の弾が地面を囲み、火の輪が生まれる。

ヒロトは四方を炎に閉ざされた。

「フン、若いくせに大したもんだ。

 だが――十代で死ぬには、早すぎるな」

レンファースが掌を掲げる。

周囲の火が吸い寄せられ、彼の手の中でひとつの巨大な火球へと変わる。

ヒロトは地面に膝をついた。

周囲は火の海。酸素が薄く、息が苦しい。

「まだ、終わってはいない…」

「デミゴッド・ブレイズ――!」

轟音とともに放たれた炎が、ヒロトを呑み込もうと迫る。

爆風がヒロトを飲み込む。熱い。体が焼けそうだ。だが…

爆風を利用して――飛ぶ!

次の瞬間、ヒロトは炎の反動を背に、空中へと跳躍した。

焦げた空気を突き破り、一直線にレンファースの眼前へ。

「なっ……!? 馬鹿な!」

「俺は――お前より強い炎使いを知っている」

チュウニ・ビョウカンジャ.今は生死さえも不明な男。

槍に力が宿る。

「三槍奥義――穿星ッ!!」

閃光。

槍が空を裂き、レンファースの頭蓋を貫いた。

灰色の瞳が驚愕のまま揺れ、やがて光を失う。

レンファースの体が崩れ落ち、

森の中にただ、炎の音だけが残った。

ヒロトは無言で立ち尽くし、

ゆっくりと槍の先についた血を振り払った。

「……行くぞ。まだ、終わってない」

燃え落ちる木々の向こう、夜はなお深かった。

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その他2025/11/09 20:40:45 [通報] [非表示] フォローする
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2: oda @ujiharu2025/11/11 19:32:37通報 非表示

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