紅剣物語第21話「それぞれの戦い前編」
オーデッツ司教のもとに、ひとつの報が届いた。
“紅の剣”を携えた少年――ソラ一行が、ついにこの地へ迫っていると。
その報せを運んだのは、「六翼」と呼ばれる司教直属の精鋭たち。
地下の広間には、六つの影が集っていた。
筆頭、「傲慢の翼」バルド・レンファース。
金の髪を後ろで束ね、淡灰色の瞳がまっすぐ前を射抜く。
その黒銀の鎧は、かつての聖騎士団を模してはいるが、
装飾には禍々しい“荊棘”の意匠が刻まれていた。
二人目、「嫉妬の翼」リュシア・エイン。
かつての幼なじみ――聖女が“英雄”に選ばれたその日から、
彼女の心は静かに壊れた。
白金の髪を三つ編みにし、右顔を黒紗のヴェールで隠した姿は、
まるで祈るように美しい。
三人目、「暴食の翼」グラン・ヴェルガン。
飢えを逃れるために、かつて村人を喰らった男。
その罪を悔いず、今も血を欲して笑う。
四人目、「怠惰の翼」セリナ・ヴァルミナ。
長い黒髪を垂らし、半ば夢うつつのように椅子に凭れかかる。
白の修道服めいた衣装の裾は、闇のように霞んでいる。
五人目、「憤怒の翼」ゼノ・リード。
連合国軍の暴行によって家族を殺され、怒りに焼かれた男。
そして六人目、「色欲の翼」メルヴィナ・クロエ。
貴族社会で愛を利用され、快楽と支配に堕ちた女。
六人はそれぞれの罪を冠に、司教オーデッツの影として生きてきた。
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「……“紅の剣”が来る、か。」
報を受けたオーデッツの声は静かだった。
「我こそが正義だ。誰が否定できよう。紅の剣など――叩き潰してやる!」
レンファースが机を拳で叩く。
その響きはまるで戦の号砲だった。
「暑苦しいわね、バルド。もう少し冷静になったら?」
怠惰のヴァルミナが、半眼のまま気怠そうに言う。
「暗闇に紛れてソラたちを分断しましょう。孤立した敵を各個撃破すればいい。」
そう言い残すと、彼女は立ち上がり、
「眠たいから、もう休むわ」と言って部屋を後にした。
オーデッツはその背を見送りながら、
「……なかなかの名案だ」と小さく呟く。
「戦いたい者は外へ出ろ。ただし油断はするな。インもニンもやられている」
その声に、レンファースが鼻で笑った。
「知るかよ。弱ぇ奴が勝手に死んだだけだろうが」
レンファースは扉を蹴り開け、燃えるような視線のまま部屋を出ていった。
続いてヴェルガン、クロエも立ち上がる。
「リード、エイン。お前たちは地下に残れ。」
オーデッツの目がふたりを捉える。
二人は無言で頷き、それぞれの部屋へと戻っていった。
やがて部屋には、オーデッツただ一人が残る。
燭台の火が、司教の顔を照らし出した。
「この戦いに勝てば、“紅の剣”は私のものだ。
そうすれば、アヴィーデもセレナも……私を侮ることはできまい」
司教は唇の端を歪め、低く笑い声を上げた。
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「ソラ、ニン……どこだ!」
ヒロトは濃霧の中を駆けながら叫ぶ。
霧が視界を奪い、気配が狂う。唯一の手がかりは、
どこかで流れる川の水音だった。
(……迷ったら、あの川に戻ればいい)
そう心で呟きながらも、胸の奥では不安が膨らむ。
そのとき――
「貴様、何者だ!」
霧の中から兵が飛び出し、槍を突き出してきた。
「槍戦なら、負けねぇ!」
ヒロトは素早く槍を捌き、敵の武器を叩き落とす。
次の瞬間、胸を貫かれた兵が崩れ落ちた。
だが――空気が変わった。
圧がある。まるで目に見えぬ炎が、肌を焦がすような気配。
「……出てこい。隠れてないでな」
霧が揺れ、重い足音が響く。
灰色の瞳が、霧の奥から射抜くように現れる。
「俺は“傲慢”。炎の王に選ばれし者――バルド・レンファースだ。」
彼が一歩踏み出すごとに、地面の湿った苔が“ジュッ”と音を立てて蒸発した。
気温が上昇していく。霧が熱で裂け、
やがて彼の体から立ち上るのは――炎ではなく、熱の威圧だった。
ヒロトは舌打ちし、槍を構える。
「威圧だけで燃えるとか……本格的に厄介だな。まるで数年前の俺だ」
「怯えたか? なら焼き捨ててやる」
レンファースが拳を握る。
空気が軋むような音。瞬間、爆炎が地面を貫いた。
ヒロトは反射的に回避。
炎弾は背後の木に命中し、爆発的に燃え広がる。
「攻撃の的を絞りすぎだな。そんなの、必ず外す」
ヒロトは槍を突き出す。鋭い一撃がレンファースを襲うが、
男は軽く身をずらし、後方に跳んだ。
瞬間、ヒロトの視界から姿が消える。
「なっ……!」
見上げると、レンファースは木々の間を跳び、空へと舞い上がっていた。
「終わりだ、デミゴッド・ブレイズ!」
両手から無数の火玉が放たれる。
まるで流星群。
ヒロトは駆け、転がり、火の雨を避ける。
地面が爆ぜ、炎が咆哮する。
ヒロトが跳ぶと同時に、地面が赤く溶けた。
「ちっ、足元ごと焼くかよ!」
槍の石突きを地面に突き、宙へと飛び上がる。
「逃がすかよ!」
レンファースの右手が閃光のように振られる。
「フレイム・バインド!」
蛇のようにうねる火線が、ヒロトの足首を狙った。
ギリギリでかわす。
だが次の瞬間、鎖が爆ぜ、火花が弾ける。
爆風でヒロトの体が弾き飛ばされた。
「炎を……鎖にしたのか!?」
「当然だ。俺の炎は“形”を持つ。
神が与えた力――いや、“俺が神そのもの”だ」
レンファースが広げた掌の中で、
炎が剣へ、槍へ、鞭へと自在に変化する。
ヒロトは槍を構え直し、地面を蹴った。
「神? あいにく、信仰心はねぇ!」
槍と炎剣が衝突する。
光が爆ぜ、火花が二人を包む。
空気が熱で震え、森が赤く染まった。
ヒロトは地面に着地する。
(……このままじゃ埒があかねぇ!)
レンファースはヒロトの進行方向を読み、火玉を撃ち込む。
目の前に炎が降り注ぎ、ヒロトは反射的に足を止めた。
その隙を逃さず、レンファースは笑う。
「逃げ場はねぇぞ!」
炎の弾が地面を囲み、火の輪が生まれる。
ヒロトは四方を炎に閉ざされた。
「フン、若いくせに大したもんだ。
だが――十代で死ぬには、早すぎるな」
レンファースが掌を掲げる。
周囲の火が吸い寄せられ、彼の手の中でひとつの巨大な火球へと変わる。
ヒロトは地面に膝をついた。
周囲は火の海。酸素が薄く、息が苦しい。
「まだ、終わってはいない…」
「デミゴッド・ブレイズ――!」
轟音とともに放たれた炎が、ヒロトを呑み込もうと迫る。
爆風がヒロトを飲み込む。熱い。体が焼けそうだ。だが…
爆風を利用して――飛ぶ!
次の瞬間、ヒロトは炎の反動を背に、空中へと跳躍した。
焦げた空気を突き破り、一直線にレンファースの眼前へ。
「なっ……!? 馬鹿な!」
「俺は――お前より強い炎使いを知っている」
チュウニ・ビョウカンジャ.今は生死さえも不明な男。
槍に力が宿る。
「三槍奥義――穿星ッ!!」
閃光。
槍が空を裂き、レンファースの頭蓋を貫いた。
灰色の瞳が驚愕のまま揺れ、やがて光を失う。
レンファースの体が崩れ落ち、
森の中にただ、炎の音だけが残った。
ヒロトは無言で立ち尽くし、
ゆっくりと槍の先についた血を振り払った。
「……行くぞ。まだ、終わってない」
燃え落ちる木々の向こう、夜はなお深かった。
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