▶︎桜空ここち:ストーリー01 固有魔法

8 2025/05/13 18:10

 

 コンコンコン。

 傷だらけの鉄の扉をノックし、「失礼します」とドアノブを下げる。両手で体重をかけて押すとやっと開き、意外に温もりのある…というよりごちゃごちゃとした部屋に入った。

「10年モルガナイト、桜空ここちです。」

「おぉ、桜空も今年で10年か。寂しくなるな。」

「気が早いですよ…あと先生、そういうのあんまり思わない人でしょ?」

「ははっ、そう見えるか。」

「そういうわけじゃないですけど…」

 菅原ペペロン、別名美術室のバケモノ。体力・集中力共に凄まじく、フルマラソンを平気で30周したりドワーフの背丈同等の厚みの本13冊を片手で持ち歩いたりしていたとの噂が立つほどだ。まぁ嘘だろうが。きっと嘘だろうが。

 更に怪しげなクラブの顧問をしているあたり、魔法史の先生が言っていた『一級古代禁呪魔法取扱免許』を持っているなかなかすごい人なのだろう。学園の先生なのだから、流石に免許は持っていると信じたい。…信じたい。

 そんな先生に固有魔法の指導をしてもらうのも、10年目となれば流石に慣れる。

「それじゃあ始めるぞ。」

「はい、よろしくお願いします!」

 先生は、堆積した本をどかして机の魔法陣が彫られた部分を見つけ出した。呪文学×魔道具学の特別授業を受けた時の記憶を辿らなくても、空間転移と遠隔物質操作、遠隔条件反応魔法を組み合わせた高度なものであると分かる…いや、高度なだけではない。

「…先生、高等魔法3つを1つの魔法陣に『乖爆』なく収められたってことは使いましたよね…?『順応』で『身代の呪い』。」

「あ〜、見抜かれたか。」

「見抜かれたか。じゃないですよ!確か四肢の1つランダムで持っていかれますよねそれ⁈痛みには『順応』できないんじゃ…」

「まぁ古代禁呪魔法あるあるというものだな、四肢もぎがち。」

「あるあるなんだ‼︎」

 しっかし桜空も大したもんだな、と先生は眉頭を上げる。

 高等魔法のわけがわからん魔法陣の併用型を三つも瞬時に解読した上固有魔法と禁呪魔法の介在に気が付くなんて、『研究員』2年目がしても褒められることだ。…そういえばテスト結果上位10名のデカい紙には、いつも桜空の名前が入っていたような気もする。

 魔法陣を杖で叩くと、たちまちフェアリーの背丈ほどの厚みを持つ黒い本が出現した。春休み中に刻んだ図書館の本を手っ取り早く持ってくるシステムである。

 …司書には内緒だ。

「えぇっと…ここだったな。桜空、少し目を瞑っていろ。」

 黒い本の1962ページを開き、発音と杖の動作を確認する。高等魔法に限らず、何事も使い慣れて油断してきた頃が一番危ない。

 奥に埋もれていた姿見にはきちんと黒い布をかけ、念のため少し離れて袖を捲った。

 目を閉じ、顔の輪郭を利き手の反対側から杖でなぞり、額のド真ん中に当てる。1mmズレるごとに失敗の確率は5%高くなる。

 そのまま杖を上に向け、前に倒し、杖先から魔力を注ぐ。

 

「Hic latens valde angustus fuit. Egredere.」

 するり。

 世界の皮を一枚剥いで、まるで初めからそこにいたかのようにもう1人の菅原先生が出現した。

 ポトッ。

 菅原先生の右目が抜け落ち、

「Accommodare」

 その状況に身体を『順応』させる。

 右目が抜け落ちた時、最も迅速にそれまでの生命活動を再開する方法は、右目を修復すること。

 菅原先生の右目は即時に治った。

 徹夜続きでやや充血している眼球をゴミ箱に捨てる。

「もう開けて良いぞ。」

 細い指の隙間からちらりと瞳を覗かせ、2人の先生を確認して手を下ろした。

「…今度は何が消えたんですか?」

「右目だな。」

「………。」

「何だ?」

「……いいえ何でもっ。」

 杖を机に置き、もう1人の先生と向き合う。

「Factus es sicut arundo ─」

 なるべく口を動かさず、最低限の声量で、相手に悟られないように詠唱する。

「─ Ah quam iocum!」

 爆笑。

 もう1人の菅原先生の、凄まじい爆笑が響く。

「おぉ、春休みを挟んでも完璧だな。モルガナイトに20点!」

「えへへ…」

「ただやはり恥ずかしいな。出来れば、俺以外の姿で出来れば良いのだが…」

「確か、他人の姿に自分の魂を入れてやましいことする人があまりにも多いから46年前に法律で禁止されたんですよね。」

「あぁ…魔法史の授業ならモルガナイトに10点の解答だな。」

「今は入れてくれないんですか?」

「入れると魔法史の先生が怒るだろ」

「ケチぃ…」

 そう頬を膨れさせながらも、菅原先生に操心術をかけようとする素振りは全く見られない。

 それはごく当たり前の事かもしれないが、めきめきと強大な力を手に入れてその当たり前を守れる若者は意外に多くない。

「…まぁ、その半分ぐらいなら先生も怒らないだろ。モルガナイトに5点!」

「やったっ、ありがとうございます!」

 小さく両手を握り、桃色の髪を揺らす。

 もう1人の菅原先生の喜怒哀楽、オリジナル菅原先生の羞恥と共に午後は過ぎていった。

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暮らし2025/05/13 18:10:55 [通報] [非表示] フォローする
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>>2
 えっへへ、操心が活躍する行事も予定しておりますのでお楽しみに(*´꒳`*)


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