▶︎交差式ストーリー:移動魔獣園④
翌日の昼休み、図書館。
殆どの生徒はグラウンドにいる。
本棚の樹海の影から数十秒に一度ページをめくる音が聞こえるだけの、ドーム状の古い大きな建物の中の一秒は、外の世界より明らかに長く感じた。
昼休みの鐘が鳴ってから入って来た人数は、煙晶室員を除けば二人。
今日が当番の室員を除けば四人だ。
当番でもないのに来ている二人の内一人は、珍しく静かにグラウンドを眺めている活発そうな少女。六年モルガナイトの晴雨虹心。
あんな表情も出来たのか、と少し驚くが声は掛けないでおく。
少なくとも俺は、ああいう時は放っておいてくれた方が有難い。
それに、きっと彼女も普段から話すわけでもない異形に絡まれたくはない筈だ。
もう一人は、同じく六年だがアイドクレース寮。
カウンターの近くに椅子を持って来て、カウンターに頭を乗せ寝ている。
「…あの、室長くんちゃん…本当に良いの?副室長くんこのままで。」
「…このままで、良くはない。俺達が戻る時に起こす必要がある。」
「いやそうじゃなくて!」
明らかに酒呑に起きて欲しそうなのに、囁き声のまま声音を強めるあたり性格が出ている。
彼女は八年生で、アパタイト寮。俺と同じく今日が当番のポッキー・オイシイナだ。
俺は人の名前を記憶するのが得意な方ではないが、生徒の中で彼女と酒呑は真っ先に覚えた。
「…うぅ…わかったよ、もう新本『検閲』に漬けてくる。」
眉を下げ、色とりどりのバードテールをぴょこぴょこと揺らして奥の部屋へ行ってしまった。
『文書条件検閲魔法』がかかった空の水槽に本を入れる…一見簡単な仕事だが、本のページ数・文章密度・本自体の重さ・魔法陣/呪文の記載がどれだけかなどを把握して正確な時間だけ漬けなければ検閲が行き届かなかったり過剰検閲になる場合がある。
オイシイナは、この仕事を得意としていた。
「…脅威になりうる。」
ぼそりと呟いた声の主は、突っ伏すのに飽きたのか片手で頬杖をつく。
しゃらり、長い黒髪が重力に従って背中や肩から流れ落ちた。
「…体育祭の話か?」
酒呑はその性格上、人前で寝ない。
初めはしばしば起きたまま寝たようにしている酒呑を不思議に思っていたが、これなら話しかけられることもない上座高も目立たない。
しかも憑依系の固有魔法を持つ者はエネルギーの節約が大事だと聞いて、色々と納得した。
「ああ…今年こそ優勝し、最大の功労者とならなければ。」
「理由は?」
「予算」
「成程」
体育祭で優勝した寮の生徒は、その全員が菓子の詰め合わせをもらえる。
そして、全校投票で選ばれた最大の功労者は、校長が許可する範囲内であれば一つ願いを叶えて貰う事ができる。
酒呑が所属する家庭科クラブの予算は、切迫していた。
「…協力するか?」
「親しいとはいえ、貴様は甘すぎる。協力してもらうには、妾からの貸しというものが必要だ。」
外は、相変わらず賑わっている。
「…ならば、お前に借りを作ろう。俺はここに居なければならないから、外で軽音部の活動を手伝ってきて欲しい。」
「それだけか?」
「そちらの利となる状況を自ら指摘して手放すのも、また甘いというものだろう。」
「…そうか。感謝する。」
黒髪青目の歯車議員、アスラ・アシュフォードを探せと伝えて酒呑の後ろ姿を見送る。
「…あれ、副室長くん行っちゃったね。」
──────────────
「一輪車クラブ〜、一輪車クラブ入らねぇか? …めんどくせぇなこれ。」
放課後、糖度高めの缶コーヒーをちびちび飲みながら生徒にティッシュを押し付けていく。
だが、飽きた。
大体なんで俺が軽音部の宣伝までしなきゃなんねぇんだ、あそこは別に部員困ってねぇだろ。
「…日光、貴様は何をしてるんだ?」
そこの自販機で飲み物を買いに、教師の先輩が来た。
あれだ、美術室のバケモノ…じゃなくて菅原先生だ。
「見ての通り、クラブの宣伝っすけど。」
「そうじゃない、それが教師のする事か?という意味だ。」
「生徒にやらせるよかぁ良くないっすか?」
「貴様なぁ…」
ブラックを買って近くのベンチの端に座り、こちらに視線をよこす。
「お邪魔しまーす」
おっ、熱くない。さすが亜空間校舎。
「…見たか?ここに来てる、一昨年の新種」
「あー、あの羊の角生えたペガサスっすよね。」
「雑だな」
「だって俺、魔法生物とか知りませんし。」
「そうか…で、見たのか?」
「もうとっくに見てるっすよ、ニュースサイトで。」
「若人め」
「おー、さすがジジイは実物を?」
「粘膜を全て酸に変えてやろうかこのチビ」
「すんません、でもチビは禁句っす」
マジでそういう魔法あるからな、笑えねぇ。
「…まぁ、そんな事をしている暇があるなら一緒に来い。面白いぞ。」
「いやぁ、俺はいいっす…ぐぇ」
馬鹿力め、大体あんな人混みに入って何が楽し…
「すっげえええ!!」
なんかゲーミングちょうちょの大群がモザイクかかった巨大ノミに捕食されてやがる、魔獣っておもしれぇな!
「え、どうなってんすかこれ。特にノミ。」
「ああ、それはな…」
コカトリスやマンティコアの檻も通ったあたりから、人混みの密度が上がってくる。
どうやら例の新種に近づいているらしい。
「…いや檻デカッ、十メートルはあるんじゃないすかあの新種?」
「相当デカかったぞ、目も三つある。」
「夜道で会いたくねー」
だがせっかくここまで来たので、まあ見ていくしかないだろう。
心を決めてまた近づいていくと、すやすや眠っている真っ黒な巨体が見えてき…いや、起き上がった。
まるで、俺が近付いたのに反応したように。
ヤギの頭がウマのそれの形に無理やり伸ばされたような、気味の悪い頭部がこっちを向く。
インクで綺麗に塗り潰したような一対の横長の瞳孔から、なぜか目が離せない。
逃げた方が、逃げなきゃ、行けないのに。
「…貴様ら、逃げろ。逃げろ!今のうちだ!!!」
菅原先生が生徒達に警告し、ウマヤギの注意を引こうと杖を抜いた瞬間。
額についている三つめの目が開いた。
眼窩の中から人間が覗いているような、まん丸い瞳孔をしていた。
《勧告:既に生徒一名の重傷が確定しています。ルート開拓によって辿り着く可能性のある最悪のシナリオでは、死亡十七名・重傷四十六名・軽症百二十六名が想定されます。》
《登場したキャラクターの原作様》
《ちょびっと(広義)登場したキャラクターの原作様》
《登場しないけど後半のストーリーを把握しておいてほしい原作様》
・今回はルート分岐ナシです。
①体育祭イベントでのアイドクレースの勝率が70%まで上がったよ(これから他の寮も上下してくよ)ってのと
②途中で切ることによってルート:double“S”組さんの心の準備、ついでにルート:blackの方もこれから勧告でるかもっての
をしたくて本筋ではあるけどちょっと分けさせていただきました(^ν^)
それと、初のルートイベントなのでもう一つ。
ちょびっと登場したお三方にも、ちょびっと登場した意味がございます。メタも含んだヒントとして…
①ポッキーちゃんは、重い本も検閲につけやすいようカウンターから奥の部屋に入ったすぐそこに水槽を置いていた。
②虹心ちゃんもモルガナイト。ポッキーちゃんと同じ寮。
③アスラちゃんに関しては普通に伏線、明言されるタイプの伏線(アスラちゃんはアパタイト寮)。
では、これからも健闘を祈ります‼︎
>>2
ちなみにモブが5人以上重症にならなかった場合、今回は簡単だったなと判断して9月の魔道具展に呪いのクソデカオルゴールシュレッダーが持ち込まれます。
バランスが大事ですね(*´꒳`*)